第19話

 銃弾が飛び交う中で、冬馬と恵は現場を駆け巡る。

 海辺の倉庫、物が雑多に置かれた暗闇の中で、銃口から飛び出す火花が、まるで花びらのように散っていく。

 冬馬と恵が新しく所属したのは、タイガーだった。タイガーは、危険な仕事を請け負う組織である。メンバーそれぞれ一人暮らしをしながら、仕事の連絡が入った時にだけ集合するというスタイルを取っている。

 時には違法とされる銃を所持する相手と戦うこともあり、むろん、銃を所持することは動物アニマルであっても許可されていないため、そういう時はナイフで応戦するしかなかった。

 今回の仕事が、まさにそれだ。相手は銃を所持している。隙を見て近づくか、弾が切れるまで待つかの二択しかない。

 冬馬が相手の隙を見て近づこうと、物陰から物陰へと移ろうとしたその時、相手が動く冬馬に気づき、銃弾を放った。

 銃弾は冬馬の右腕をかすめ、後方へと飛んでいく。

「冬馬!」

 相手の隙を伺っていた恵が物陰で腕を押さえて蹲る冬馬に気づき、物陰を伝って隣に腰を下ろした。

「冬馬、大丈夫?」

「……大丈夫」

 銃弾はかすめただけで、深い傷にはなっていないようだった。それでも痛みは鋭く、冬馬は顔を歪める。

「冬馬負傷、離脱します」

 恵がトランシーバーに連絡を入れると、『了解』とリーダーから返事が返って来た。

「冬馬、とりあえず外行くよ」

 右腕を押さえた冬馬を先導しながら、恵は物陰を駆使し、外へ出た。

 夜だというのに、外は温かかった。海は静かで、波の音はしない。

「大丈夫か」

 乗り込んできた車には、控えのメンバーが数人乗っている。

「腕を負傷したみたい。そこまで深い傷ではなさそう」

「車に乗るか」

「……外でいい」

「これ使え」

 恵は応急手当てセットを受け取り、冬馬と一緒に車の影に身を潜めた。

「上着脱いで」

 消毒をするために上着を脱ぐ冬馬。戦闘に次ぐ戦闘で、前回受けた肩への裂傷も治りきっていない。

「……こんなに大変じゃなかったのにね」

 恵は応急手当セットの中から消毒液を取り出しながら言った。

「佑、何してるかな」

 恵が冬馬の傷に消毒をかけると、冬馬は苦痛に耐えるような表情を浮かべた。

 キャットにいた時とは比較にならないくらいに危険な現場をいくつも経験した冬馬と恵。キャットにいた時にはついたことのない傷が、いくつもついた。

 時には、仲間が死んでいくのも見届けた。孤児が多いこの組織では、ほとんどの場合、自分達で葬儀屋を呼び、葬儀をする。小さくなった仲間を見ているうちに、次はこうなるのが自分ではないかと恐怖する。その恐怖を払拭するために、強くなれなければと思う毎日。

「あの背中の傷、どれだけ痛かったんだろうね。きっと、私たちよりももっと痛くて、ちっちゃいのにそれに耐えて、それを一人で背負って大人になって……」

 最後の方は、震えて声にならなかった。

 もっと佑たちと一緒に仕事をしたかった。

 キャットが解散してから、恵には常に喪失感がつきまとっている。

「ごめん、冬馬……」

 俯く恵を見て、冬馬は何かしてやりたいと思う。

 そっと手を伸ばしてみるが、その手をどうしたらいいのか分からない。

 ふいに、佑がよく南奈の頭を撫でていたことを思い出した。撫でられた南奈は、いつも笑顔になる。

 空中を漂っていた手を、恵の頭に乗せてみた。驚いたのか、肩が跳ねる恵。前後に手を動かすようにして頭を撫でると、ゆっくりと恵は顔を上げた。

「何、してるの……?」

「……佑、南奈によくこうしてたから」

 恵はふっと身体から力を抜いて、車に身を預けた。

「佑、本当に、何してるんだろ」

「……分からないけど、生きててほしい」

「物騒なこと言わないでよ。あいつが死ぬわけないじゃん。死んだら私が殺す」

「……死んでるから殺せないんじゃない?」

「いや、私も殺す」

 静かな海を見つめながら、二人は仕事が終わるまで、ずっと思い出話に花を咲かせていた。


   ×   ×   ×


 夕飯の時間になった。

「あれ、南奈は?」

 リーダーがリビングを見回すが、南奈の姿はない。

「見てきます」

 添華がリーダーにそう言って、南奈の部屋に向かう。

「南奈」

 扉をノックしても、反応がない。扉を開けると、中には人の姿がなかった。

 またか、と小さくため息をつき、リビングに向かう。

「すみません、また出て行ったのかもしれないので、探してきます。先にご飯は食べていてください」

「分かった。大変だと思うけど、よろしくな」

 すみません、ともう一度謝って、添華は拠点を出た。

 南奈と添華が所属したのはアウルだった。キャットに非常によく似た組織で、九人で共同生活を送っている。朝、昼、晩は全員で食事をするというのが一つのルールとなっているが、南奈がそれに参加したことはほとんどない。

 アウルも事情を知っているため、一緒に食事をすることを強制することはなかった。それどころか、皆、優しい言葉を掛けてくれる。しかし、その言葉が南奈に届くことはなく、南奈は何度も家出を繰り返している。

 家出をした南奈が向かう先は、必ず同じ場所だった。

「……南奈」

 全焼したキャットの拠点前で、南奈はぼうっと佇んでいた。黒く焼け焦げた柱が転がっているのを、じっと見つめている。

「帰りますよ」

 添華が手を取ると、南奈は毎回、何も言わずに後をついてくる。魂を抜かれたような南奈に、添華はかける言葉が見つからず、いつも無言のまま、夜道を歩く。

 街灯が照らす夜道は、少しだけ明るい。舗装がはがれてガタガタになった道を、ただひたすらアウルの拠点を目指して歩く。

 南奈の手は冷たかった。ぎゅっと握っても握り返してくれるわけでもないが、それでも冷たいのはつらいだろうと、添華は力を込めて握る。

 温かい夜風に吹かれながら歩いていると、ふと、南奈の声が聞こえた。

「何ですか?」

 振り返ると、南奈がじっと添華を見つめていた。

「帰りたい」

 南奈は言った。

「帰るって、今から帰るでしょう?」

 帰りたい、と南奈はなおも言う。

「……キャットは解散したんです。もう帰れません」

 添華は南奈の両手を握って、しっかりと目を見て伝える。

「私たちの家は、アウルの拠点です。もう、戻れないの」

 南奈は「帰る」と言って聞かなかった。

「南奈!」

 添華が声を荒げた。

「もう戻れないの。私たちの家はアウルなの。佑さんも、もう、どこにいるか分からないし、もう、みんなとは……」

「帰る!」

 子供のように駄々をこねる南奈を抱き締めて、添華は長い間、「戻れないの」と繰り返し続けた。

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