第17話

 またあの夢を見た。

 今度は夢だとはっきり分かっている。

 でも、同じ道を辿ってしまう。

 ぬちゃぬちゃ……

 リビングに響き渡る音。

 横たわる家族の姿。

 ぬちゃぬちゃ……

 足音が遠ざかると、出たくもないのに、身体は勝手に納戸から出てしまう。

 靴下が重くなる。

 母の頬に触れる。

 冷たくて、温めたいと思う。

 気配を感じて振り返ると、男の姿。

 前よりも笑っている気がする。

 ナイフが振り下ろされて、目を覚ます。

 汗だくで、呼吸が整わない。

 夢だと分かっているのにこのざま。

 まだ誰も目を覚ましていない静まり返った仮拠点。窓の外は、やっと明るくなり始めている。

 起こさないように静かに呼吸を整える。

 最近になって、同じ夢を何度も見るようになった。そして、それと同時に背中が痛むことも多くなっていた。

 医者にはストレスのせいだと言われた。身体に異常はないから、落ち着ける環境にいろと指示が出た。

 落ち着ける場所ってどこだ。

 どこにいればいいんだ。

 六人というメンバーの人生を背負った佑に、休める場所などなかった。


   ×   ×   ×


 ブラウン管ではないテレビが荷物として運び込まれた。

「邪魔になると思いますが、ご容赦ください」

 荷物を運びこんだ来流亜は、冬馬とは目を合わさずに言った。

「ねー、このテレビ、ゲームできるんじゃない?」

 何も知らない恵が、残されたテレビをまじまじと見ながら言った。

「ほら、後ろ、繋ぐところあるよ。画面の大きいし、試してみたら?」

「……ゲーム機とソフトがない」

「買って来ればいいじゃん」

 ほらほら、いってらっしゃい、と冬馬は背中を押されて仮拠点を出た。

 室内には恵と夜雲が残っている。

「夜雲。佑どこ行ったか知らない?」

「知らないわよ」

「最近、よく姿くらますよね」

「散歩にでも行ってるんじゃない?」

「それならいいんだけど」

 恵はぼすっとソファに横になる。

「仕事ないから退屈」

「仕事ないのはいいことだけど、仕事できないのは少し退屈ね」

「夜雲もゲームやる?」

「私はいい。人を手にかけるのはリアルでもやっていることだから」

「リアルとはまた違うじゃん。こう……なんていうんだろ、対戦してるっていうのが楽しいんだよ」

「見てるだけでいいわ。私、不器用だし」

「ふうん」

 恵は乗ってこない夜雲に興味を失い、窓の外を眺めた。目の前には灰色のビルが建っていて見晴らしはよくない。見ていても何も変わらない景色に、段々と飽きてくる。

「……寝る」

「おやすみなさい」

 身体を動かすことが好きな恵にとって、何もない日々は退屈そのものだった。仮拠点にはキッチンも洗濯する場所もないため、家事で家の中をうろうろすることもできず、仕事もない。街に出ても、何もない。

 うとうとと微睡みの中に落ちていきながら、また売春をしてみようかなという選択肢が横切った。


   ×   ×   ×


 佑はドッグの応接室にいた。広くはないが、人が暮らすには十分な広さをした応接室には、大きな老人の肖像画が飾ってある。

 深く沈み込むようなソファに腰を掛けて待っていると、扉をノックする音が響いた。

「お待たせして悪かったね」

 現れたのは、肖像画の人物だった。ドッグの長である。

「すみません、こちらこそ、急に連絡してしまって」

 佑が立ち上がって言うと、「何、長ともなるとやることもない。老人の暇つぶしには助かるよ」と老人は答えた。

 座るように促されてソファに腰を下ろすと、目の前に座ったドッグの長が話を切り出した。

「大変な目に遭ったようだね。家が放火されたとか」

「我々の落ち度です」

「たまには失敗することもある。メンバーが七人しかいないとなれば、なおのこと。死者が出なかっただけましだ」

「お願いがありまして」

 今度は佑が切り出した。

「メンバーのことなんですが」

「なんだ。できることならなんでもしよう。昔は手伝いでよく来てくれた礼もしたい」

 佑は、あることを切り出した。

「……本当に、それでいいのかね」

「ええ、他には連絡済みです」

「そうか、分かった。準備をしておこう」

「ありがとうございます」

 三十分もかからず、佑は応接室から出てきた。

 これでいい。

 みんなの幸せを考えたら、これが正解。

 言い聞かせるようにして繰り返し心の中で唱え、佑は帰路についた。

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