第15話

 火事に遭った拠点からほど近い雑居ビルに、ドッグの倉庫はあった。

「ここになります」

 仮の拠点として与えられたその倉庫は二階にあり、拷問で使用する器具や、不要になった家具などが運び込まれていた。

 壁の色や窓の位置などが野上の拠点と重なる。

 しかし、そんなことは知らないドッグのメンバーは、淡々と案内をした。

「狭いと思いますが、少しの間、我慢していただければと思います」

 七人を案内したのは、来流亜きるあと名乗る少年だった。まだ高校生くらいに見える。

「ありがと」

 佑が言うと、小さく会釈を返した。

 少しの間、来流亜の長い前髪の向こうから、鋭い視線が七人を行き来した。

「では、一時間後に服を運び込みますので、それまでお待ちください」

 品定めのような時間が終わって、来流亜は頭を下げると、倉庫を後にした。

 残された七人は、ソファや椅子などに思い思いに腰かけた。

 誰も何も喋らない。

 居心地の悪い沈黙の中、古いソファで眠る南奈の寝息だけが聞こえてくる。

 佑は窓際のパイプ椅子に腰を掛けながら、ぼんやりと窓の外に目を向けた。拠点は、まだ鎮火していないようだった。拠点のある方角が、ほの明るくなっている。家を友人から借りるからと言って抜け出した佑は、明日、また警察に行かなければいけない。

 ぼーっとしたまま、一時間が過ぎた。ビルの一階に車が停まる気配がした。

 ギィと耳障りな音がして扉が開き、来流亜を含めたドッグのメンバーが数人、衣装ケースを手に入って来た。

「一通り、人数分の服は用意できました。他に必要な服がありましたら、各々で購入していただければと思います。金銭面での援助は必要でしょうか」

「いや、大丈夫。ありがとう」

「何かありましたらお申し付けください」

 では、と言って、ドッグは去って行った。

 衣装ケースは、部屋の中心に置かれた。けれど、誰も動こうとはしなかった。

 誰もが戸惑い、動揺し、不安に襲われていた。

 キャットとして活動を始めて以来、初めての出来事だった。今まで相手にしてきた敵とは、明らかに違った。

 一般人と動物アニマルの違い。

 それを、痛感させられていた。

「……どうしてばれたんだろう」

 佑が独り言のように言った。

 察知能力が高いとしても、今日が襲撃の日だとピンポイントに分かるなんてことがありえるのか。

 誰もがそれぞれの頭の中で考えていたその時。

「私が悪いのかも知れません」

 何の前触れもなく、添華が言った。

「私、水道業者さんを、みなさんがいない時に家に上げたんです。水道の老朽化がこのあたり一帯で頻発しているから見てくれるって言っていたので、お願いして、見てもらったんです。もしかしたら、その時に──」

「なんでそんなことをした」

 話しを遮るようにして航が言った。

「だって……親切で言ってくれていたので……」

「危機管理がなってなさ過ぎる。そんなんだから道端で倒れるんだ」

「航。言い過ぎ」

 佑が止めに入った。

「言い過ぎなくらいがちょうどいいんだ。大体、お前が一人で勝手に決めてメンバー増やしたんだろ。しっかりと見てろよ」

「俺は添華の能力の高さを評価したんだ。それは航も知ってるでしょ」

「仕事の能力があるからって、メンバーになる素質があるかは別だ」

「そこはちゃんと見てなかった俺も悪い。けど、添華の優しさは、みんなを助けていたはずだ。買い物だってついてきてくれるし、遊び相手だってしてくれる。そんな人、いなかっただろ」

「その優しさが仇となったんだろ」

「誰にだって失敗はある」

「その失敗がこんな損失を産んだんだ。だから──」

「……リーダー」

 南奈が目を覚ました。まだ熱は引いていないらしく、目は虚ろで顔が赤い。

「ごめんなさい」

「南奈……?」

「私が、添華を拾って来たのがいけなかったんだよね。ごめんなさい。添華のせいじゃない。私がいけないの。ごめんなさい」

 ソファの上で正座をして、南奈は頭を下げた。

「南奈、南奈のせいじゃ──」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 押し付けるようにして、南奈は頭を下げ続ける。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 泣き声まじりの謝罪の声に耐えられなくなって、恵が隣に座り、その上半身を起こした。

「南奈、南奈のせいじゃないから。大丈夫、大丈夫」

 恵は南奈を抱きかかえるようにして抱きしめる。

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 悲痛な叫び声が、倉庫の中に響く。

「……しばらく休みにしよう。体制を整えないと、仕事にならない」

 佑が言った。

 反対する者は、誰もいなかった。

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