第14話

 金曜日。夜のとばりが下り、空に星が瞬き始めた頃、七人は野上の拠点へと向かった。

 人通りの多い大通りから外れた細い道を歩いて行くと、放置されたような雑居ビルが姿を現す。風化したコンクリートの小さな雑居ビルは五階建てで、エレベーターと階段で行き来できるようになっている。外には非常階段も付けられているが、錆びてボロボロになっている。

 中間の窓に、明かりがともっていた。一階と二階、四階と五階は明かりどころか窓もひび割れており、誰も使っていないのが一目見て分かった。

「……じゃあ、行ってくる」

 七人は、先攻部隊と後攻部隊に分かれた。先攻部隊は恵、冬馬、南奈、添華、後攻部隊は佑、航、夜雲である。

 先攻部隊は冬馬を先頭に階段を上がっていく。元から使う予定はなかったが、エレベーターは電源の供給がなく、使用できない状態になっていた。

 二階を素通りして、三階へと足を向ける。幽霊の出そうな雰囲気に、南奈はびくびくしながら恵の後ろを歩き、その後を、添華が見守るようにしてついていった。

 階段を上がってすぐ、スチールの扉が姿を現した。扉についている曇りガラスからも、明かりは煌々と漏れている。

 後ろを振り返った冬馬が、小さく頷きかけた。

 突入の合図だ。

 三人はそれに頷き返す。

 冬馬は太ももにベルトで巻かれていたナイフを手に取ると、ドアノブに手を掛け、捻った。

 そのままナイフを前に構え、体当たりをするように室内に滑り込む。

 三人も隠していたナイフを取り出して冬馬の後に続く。

「……どういうこと」

 冬馬が、呆然と呟いた。

 もぬけの殻だった。窓際にスチールの机があるだけで、あとは何もない。

 この奇襲を予測されていたのか、人の気配もない。添華は引き返して廊下を見渡したが、人の姿はなかった。

「誰もいないみたいですね」

 添華が気味悪そうに言う。

 冬馬はどこからか襲ってくるのではないかと身構えたまま、机に向かった。三人はそれぞれ部屋を見渡すが、隠れる場所もなければ何かを仕組めるようなからくりもなさそうだった。

 冬馬は机の上に一枚のメモを見つけた。

「……これ」

 三人が集まると、冬馬はメモを見せた。

『遅かったね。拠点に戻った方がいいんじゃない?』

「何、これ……」

 怪訝そうに眉根を寄せる四人。

 その時、どたばたと階段を駆け上がる音が聞こえた。

 咄嗟に身構える四人の前に現れたのは、佑だった。

「やられたッ!」

 佑が叫んだ。

「火事だッ!」

 動揺する四人の耳に、遠くから消防車のサイレンの音が聞こえてきた。


   ×   ×   ×


 急いで引き返した七人が目にしたのは、炎に包まれる自宅だった。出火から少し時間が立っているのか、野次馬がぞろぞろと集まっている。

 凶暴なオレンジ色をした炎は、外壁を崩して鉄骨を剥き出しにしていく。

 天高く舞い上がる火の粉は、野次馬の頭上でぱちぱちと弾ける。

「危ないですから下がってください!」

 警察が野次馬を誘導し、それに押されるようにして七人も道の端に追いやられた。

 真っ暗な空の下で、激しく燃える炎。

 七人は途方に暮れて、その光景を見つめていた。

 そのうち、佑が警察に呼ばれた。この家の住人だと判明したのだ。

「お一人でいいので、お話を聞かせてもらうことはできますか」

 警察はそう言うが、目は佑に向いている。

「……分かりました」

 佑が行こうとするのを、南奈が袖を引いて止めた。

「……」

 無言で助けを乞うように見つめる南奈に、「ちょっとだけだから、すぐ戻ってくるよ」と力なく笑みを向け、佑はその手を離した。

「……とりあえず、ドッグに連絡する」

 佑を見送ってから、航が言った。

「拠点の確保と、その他、必要なものの支援を頼んでみる」

 航はスマートフォンを取り出すと、人混みを離れた。

 しばらくして、突然、南奈が膝から崩れ落ちた。

「南奈!?」

 地面に激突する寸前で恵が抱きかかえた。

「南奈!」

 呼びかけても、反応は無かった。身体が熱く、震えているように感じる。

 額に手をやると、尋常ではない熱が伝わって来た。

「熱出してる」

 その様子に気づいた救急隊員が駆け寄って来た。

「どうされました」

「熱出しちゃったみたいで」

 隊員は火事の負傷者ではないと分かると、「救急車に乗りますか」と聞いてきた。

「いえ、安静にしてれば治ると思うので、大丈夫です」

 恵が断ると、隊員は去って行った。

「南奈」

 恵の背中に乗せられた南奈は、ぐったりと身体を預けている。

「大丈夫。大丈夫だからね」

 恵の呼びかけに、南奈の反応は無かった。

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