第13話

 翌日、恵が目を覚ましてリビングへ降りると、すでに佑の姿があった。ダイニングテーブルに上半身を預けてぼんやりとしている。

「あれ、佑、どうしたの?」

「あ~、恵、おはよぉ」

「おはよ。クマひどくない? 大丈夫?」

 佑の目の下には、見たことのないほど濃いクマが見て取れた。

「大丈夫、大丈夫~」

 ふわふわと返す返事も、いつもより力がない。顔色も悪いように見える。

 佑はそのままぐったりとテーブルに伏せると、腕で顔を覆い隠してしまった。

「おはようございます、恵さん」

 佑を心配していると、リビングの扉が開いて夜雲が入って来た。ごみを捨てに行っていたらしい。

「おはよ。ねえ、佑、どうしたの?」

「昨日の夜の、聞いてなかったの?」

「昨日の夜?」

「俺、航と喧嘩しちゃってさぁ」

 くぐもった声で、佑が答えた。

「頼られる方の身にもなれって言われちゃったから、航に頼らないで頑張ろうと思ったら、寝れなかったぁ……」

 顔を上げた佑は、「ふわぁ~……」と大きなあくびをする。

「なるほどね。それで寝不足と」

「どうしよぉ、恵ぃ……」

 佑はぐずるように言った。

「航がいないと生きていけないよぉ……」

「生きていけないって、なんで怒らせたか知らないけど、航が落ち着くまで少しくらい頑張ったらどうなの?」

 呆れたように恵は言うが、「頑張りすぎて死んじゃうよぉ……」と情けない声を上げる佑。

「大丈夫。どんなに危険な仕事でも生きて帰ってきてるんだから、そんなことじゃ死なないよ」

「恵ぃ……」

「でも、リーダーが体調崩しちゃ困るから、少し寝な。ソファで横になってなよ」

「はぁい……」

 佑は亀のようにのろのろと立ち上がると、よろよろしながらソファに倒れ込んだ。そのまま背もたれに掛かっていた膝掛けを頭からかぶって丸くなる。丈の足りない膝掛けからは、脚が丸見えだ。

「喧嘩なんかしたことなかったのにね」

「航も疲れてるんだと思う。ここ最近、忙しかったから」

 もぞもぞと動いていた膝掛けは、やがて静かになった。佑の呼吸に合わせて、膝掛けもわずかに上下する。

「で、なんで航と佑は喧嘩したの?」

 恵は朝食を食べながら聞いた。

「それは分からないけど、いつも甘えてばかりだって怒っていたのは聞こえたわね」

「甘えてばっかねぇ……たしかに甘えてはいるけど、それだけじゃなさそうだなぁ」

「まあ、佑もあの様子だから、二人の仲が戻ってから聞いた方が良さそうね」

「そうだね」

 恵はコーヒーを飲みながら、小さく寝息を立てるリーダーを見つめた。


   ×   ×   ×


 航が起きてきた。

「おはよ、航」

「……」

 リビングに入って来た航は佑の挨拶を綺麗に無視し、キッチンに向かった。

「航」

 咎めるように夜雲が言うが、航は「なんだ」と一瞥して、水を手に出て行く。

 ソファの上で珍しく静かに落ち込む佑を見て、南奈はその隣に腰かけた。

「……ありがと、南奈」

 南奈は佑の弱々しい姿を見ていたくなくて、その丸くなった背中を擦った。

「……ありがと」

 佑はそう言ってから、「ごめん、ちょっと寝る」と横になった。

 しばらくの間南奈は佑を見下ろしていたが、ダイニングテーブルに座っていた恵の手を取って、ベランダへと連れ出した。

「何、どうしたの?」

「どうしよぉ……リーダー落ち込んでる……」

 南奈は、助けを求めるように恵に言った。

「どうしようって……もどかしいのは分かるけど、私たちがどうにかできる問題じゃないから、見てるしかできないよ」

「でもぉ……」

「南奈は佑のこと好きなんでしょ? だったら、佑と航が仲直りするのを信じて待つしかないんじゃない? 下手に口出しして、またこじれたら嫌でしょ?」

「……嫌だ」

「じゃあ、佑のことを信じて待つ。それが私たちに出来ること」

「……でも、今の雰囲気も嫌だ」

「それは……ちょっと我慢するしかないね。自分の部屋に行くのも、外に出かけるのも、南奈の好きにしていいと思うよ」

「うぅ……」

「大丈夫」

 恵は南奈の手を取った。

「佑も航も、何年も一緒に暮らしてきたから、きっと大丈夫。お互いのことをよく知ってるし、ずっとこのままでいたいって、二人も思ってないと思う。そのうち、どっちかから謝るか何かして、また元に戻るよ」

 だから信じて待とう、と恵は言った。

 南奈は不満そうな顔をしていたが、「分かった」と渋々頷いた。

 しかし、二人の予想に反して、決行の金曜日までに二人の仲が戻ることはなかった。

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