第12話

 念には念を入れ、情報収集に一か月を費やした。同業者に話を聞くのはもちろん、エレファントに依頼をしたことのある人物を探し出して話を聞いたり、野上本人に依頼をした人から情報を引き出したりもした。

「狂ってる」

 十四時のミーティング、開始早々、夜雲が口を開いた。

「依頼の真偽も確かめず、ただただ人を殺してる」

 呆れと怒りがないまぜになったようなため息を吐き出す。

「信じられない。本当に、人間じゃないみたい」

 航がさらに重ねて言う。

エレファント内部でも、野上は危険視されているらしい。動物アニマルとして仕事をしている理由も、こう言っちゃなんだが、頭がおかしい」

「理由って?」

 佑が聞くと、航は言いにくそうに口を開いた。

「人を殺したいから、らしい」

 沈黙が舞い降りた。

「……動物アニマルって、治安を守るためにあるんですよね?」

「そうだ」

「なのに、人を殺したいから……」

 危険な人物とは聞いていたが、想像のはるか上を行く人物像に、誰もが口を閉ざした。

「はあ……こんな奴の相手をするのかぁ」

 佑ですらも、そう呟いた。

「……とりあえず、やると決めたなら、やりきらないといけない。野上に大切な人を奪われた依頼者にもしっかりと報告できるように、必ず奴の息の根を止める。それが仕事だ」

 他にも、航と夜雲は、野上が個人的に拠点として使用しているビルの一室を突き止めていた。

「野上は基本的に、仕事以外で外出をすることが少ないらしい。ほとんどの場合、拠点でだらだらしているというのをエレファントのメンバーから聞いた」

エレファントのハッカーに手伝ってもらって、野上のパソコンの情報を見せてもらったわ。今のところ、一週間後の金曜日は仕事がないみたい」

「狙うとしたらそこかなぁ……」

「佑、どうする」

「うーん……これ以上情報収集に時間をかけても仕事に必要なものは出てきそうにもないし、金曜日に直接拠点を狙うのがいいのかなぁ……」

 佑はうんうんと唸る。

「何かあるのか?」

「いや……どうも、嫌な予感がすると言うか……ガードが緩すぎる気がするんだよねぇ……」

エレファントとはいえ、野上はほとんど個人でやってるようなものだから、仕方がないんじゃないか?」

「そうかなぁ……」

 佑は納得がいかないような顔で首を傾げている。

「佑、どうするんだ。金曜日に狙うのか、それとも違う日にするのか」

「うーん……金曜日にしようか。悪者は早くやっつけた方が良いし」

「そうだな」

「じゃあ、また木曜日にミーティングを開くから、それまでに準備しといて」

 どこか引っかかりを感じながらも、佑はミーティングを終了させた。


   ×   ×   ×


 その日の夜、航と佑だけがリビングに残っていた。

「航ぅ……」

 ソファに横になっている佑は、ダイニングテーブルの上でパソコンと睨めっこをしている航に話しかけた。

「他に何か情報はなかったの?」

「なかった」

「ほんとに?」

「ほんとだ」

 うーん、と佑は身体を揺らす。

「なんか、ガード緩くない?」

「それは聞いた。個人でやってるんだから仕方ないんじゃないか?」

「それにしたってさぁ、パソコン覗かれるようなへまする?」

「野上はパソコンの知識がほとんどないとも言っていた」

「誰から聞いたの?」

エレファントのメンバーからだ」

「それは確かな情報筋?」

「同じ組織の人間だぞ。確かに決まってるだろ」

「おっきい組織だから、同じ組織って言ったって、ほぼ赤の他人だよ?」

「そいつは野上と一緒に仕事をしたことがあると言っていた。それに、そいつ自身、かなり仕事ができるやつだ。周りの評価も高い」

「そっかぁ……」

「何が不満なんだ」

 航はイラつきながら言った。

「不満って……不満というか、不安かなぁ……」

「はっきりしろ」

「はっきりしろって言われても、こう、もやもや~ってしてるだけだから、はっきりしないんだよぉ……」

 航はため息をついた。南奈のことから始まり、連日の情報収集によって疲労がたまっていた航は、佑と真正面から向き合う気力がなくなっていた。

「じゃあ、この依頼、やめるか?」

「え、なんで?」

「不安なんだろ? ならやめた方が賢明だろ」

「いや……そうかもしれないけどさぁ……でもさぁ……」

「はっきりしろよ!」

 画面を叩きつけるようにしてパソコンを閉じた。

「やらないならやらない、やるならやる。はっきりしてくれなきゃ動けねえんだよ、リーダー!」

 航の剣幕に、佑は目を丸くして呆然とした。十年以上の付き合いがあるが、ここまで怒りを露わにした航を見たことがない。

「お前はいつもそうだ! 人に甘えて頼って、それが普通だと思ってる! 頼られる方の身にもなれ!」

 佑はパソコンをダイニングテーブルに残したまま、リビングを出て行った。

「リーダー……?」

 怒鳴り声が聞こえたのか、南奈が起きてきた。

「……南奈。なんでもない。ごめんな、起こして」

 ソファから立ち上がった佑は、入り口でぼーっとしている南奈の頭に手をやった。

「ほら、遅いから寝な」

 佑は南奈の背中を押して廊下に出ると、手だけ伸ばしてリビングの灯りを消し、そのまま自室へと上がっていった。

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