第11話

 夜も遅くなり、リビングに残っているのは佑と航だけになった。今日は、昼間、南奈の両親のことがあり、みんなそれぞれ疲れていたため、いつもより早く自室へ引き上げていた。

「じゃ、おやすみ~」

 佑が眠ろうとリビングを出ようとした時──

「ちょっとこれ見てくれないか」

 ダイニングテーブルでノートパソコンを見ていた航が引きとめた。

「ん~? 明日じゃダメ?」

 眠そうに目を擦りながら佑は言うが、「今見てほしい」と航は真剣な表情で言った。

 佑はとぼとぼ航の隣に座ると、パソコンの画面を覗き込んだ。

 そこにあったのは、ドッグからの依頼だった。

 しかし、様子がおかしい。

 いつもなら依頼者のメールの添付だけなのだが、今日に限っては『この依頼を受けるかどうかは、しっかりと、全員で判断してほしい』と本文がついている。

 読み進めていくにしたがって、佑の眉間にしわが寄る。

「……どうする、佑」

 最後まで読み切ったのを見届けてから、航は聞いた。

 佑は無言のまま、画面を見つめ続けた。


   ×   ×   ×


 全員で食事をしたいという佑の要望で、夕飯はダイニングテーブルに全員が集まった。

「久しぶりね、この感じ」

「前にもあったんですか?」

「昔はよく一緒に食べてたのよ。情報収集とかで出かけることが多くなってからは、自分の好きな時間に食べるようになったけど」

 添華と夜雲が話しているうちに、唐揚げとサラダが大皿で用意された。

「今日は航が作ってくれたから、全部食べてね~!」

「お前の当番のはずだけどな」

 暢気に言う佑を航はぎろりと睨んだ。

「細かいことは気にしな~い。いただきまーす!」

 各々「いただきます」と言って、箸を進めていく。

「急にどうしたの? みんなで食べたいなんて」

 南奈が唐揚げを頬張りながら言った。

「ん? いや、添華が来てから、こうやって全員で食べてないなと思って」

 航はちらりと佑を見た。佑は気にもせずもぐもぐと唐揚げを食べていく。

「たしかに、久しぶりのメンバー増員だからね。やっと七人になったけど、まだまだ人員不足」

「少数精鋭だから仕方ないだろ」

 恵の不満げな言い方に、佑が笑いながら答える。

「ていうか、逆にここまで精鋭が揃ってるところ、ここしかないんじゃないの? このメンバー集めた俺って天才?」

「リーダーがここまで自信満々なところも、ここだけかもしれないわね」

 夜雲がサラダを食べながら答えた。

「マヨネーズ取って~」

 南奈が言うと、マヨネーズに一番近いところに座ってた冬馬がすっと取り上げて渡した。

「ありがと~」

 そんなやり取りを見ながら、航は佑の様子を伺った。

 昨日の夜、あのメールが届いてから、佑はいつもより少しだけ落ち着きがなかった。いつもならダイニングテーブルかソファの上でだらだらしているのだが、自室へ行ったり、キッチンに用もなく入ったりして、いつも以上に動き回っていた。

 しかし、それに他のメンバーが気づいている様子もなかった。動き回る時は動き回るのが佑だ。何も不審には思わなかったのだろう。

 いつ切り出すのかと思っているうちに、唐揚げとサラダの皿は空になった。

「ごちそ~さまでした」

 佑が言うと、みんなも口々に「ごちそうさまでした」と言って、引き上げようとする。

「ちょっと待った」

 みんなが立ち上がりかけるのを、航が引きとめた。

「佑、言うことがあるんじゃないのか」

 佑は露骨に嫌そうな顔をした。

「……あれ、言うの?」

「無視するつもりか?」

「いや……無視はしないけど……」

 いつも以上に歯切れが悪い佑は、「うーんと……みんな、ちょっと、いい?」と控えめに聞いた。

 どこか空気が重くなったのを察して、みんな、無言で椅子に戻った。

「ちょっと聞きたいんだけど、新しい依頼のことで……」

 佑は航に「パソコン、持ってきて」と言った。航は素直に立ち上がって、自室にあるパソコンを持ちに行く。

「昨日の夜、新しい依頼が来たんだけど、その内容が……ちょっとね」

 航が持ってきたパソコンを受け取ると、メールを開いてみんなに見せた。

「この依頼なんだけど……目標人物ターゲットが、同業他社の人みたいなんだ」

 メールには『犯人は分かりませんが、恐らく、エレファント所属の野上のがみ筑紫つくしだと思います』と、書かれていた。

「これがもし本当なら、同業者を手にかけることになる。慎重な情報収集と、慎重な計画が必要になるし、かなり危険な仕事になることは間違いない。しかも、野上筑紫だというのが本当だとしたら……」

 佑はそこまで言って口を噤んだ。

 代わりに航が言う。

「かなり危険な人物だ」

「危険、なんですか?」

 添華が聞く。

「まだこの世界に入ったばかりの添華は知らないかもしれないが、野上筑紫は、一言で言えば異端児だ。組織に属していながらも、個人的に依頼を受けている。エレファントはただでさえ百人を超える大きな組織だ。末端の人間まで支配が行き届いていない。それをいいことに、満足な情報収集もせず、個人的な気分で依頼を受けているのが野上筑紫だ」

「依頼人も、罪なき大切な人を殺されたって言ってる。動物アニマルに依頼してくるってことは、多分、本当に何もしていない人を殺されたんだと思う」

 佑はみんなを見て、「どうする?」と意見を求めた。

 誰も何も言わなかった。

 外から、車の走る音が聞こえてきた。

 どれだけ危険な仕事なのかは、添華を除いたメンバーは、それぞれが理解していた。長い間、この世界の仕事をしてきたメンバーたちは、ドッグと一緒に仕事をすることもある。ドッグは丁寧に仕事をこなす組織で、全てリーダーからの指示で動いていた。

 しかし他の組織では、乱雑に、場を荒らすように仕事を終わらせる組織があるとも聞いている。辺り一帯を血の海に沈めて、関係のないものまで巻き込むところもあると。

 その中でも、エレファントは、闇鍋状態となっている組織だ。巨大になりすぎた組織の中で、個人的に活動する者も多く、丁寧な仕事が評価されている人物もいれば、野上筑紫のように、危険だとして有名な人物もいる。

 だからこそ、恐怖心を感じていた。秩序の保たれた動物アニマルとしか仕事をしてこなかったために、危険人物と呼ばれる野上筑紫がどれほどまでに危険なのか、想像がつかないのだ。暗闇の中にいるものが蛇なのか蛙なのか、近づいてみないと分からない。

「……誰も悲しまない世界を作るために、この組織を作ったんだよね」

 南奈が言った。

「リーダー、言ったよね。誰も悲しまない世界を作るために、組織を作ったんだって」

 昔、怯えて仕事に参加しようとしない南奈に、佑は「誰も悲しまない世界を作るために俺たちは頑張るんだ」と言ったことがあった。

 南奈は、その時の佑の決意に満ちた瞳をよく覚えている。

「野上筑紫を倒せば、誰も悲しまない世界に近づくよね」

「……うん、近づく」

「じゃあ、やる。リーダーが望む世界を、私は作りたい」

 いつもより力強く南奈は言った。

 いつもより大人びて見える。

「……みんなは?」

 そう聞くと、恵が「佑はどう思ってるの?」と聞いた。

「私は佑の意見も聞きたい」

「俺は……」

 南奈を見てから言った。

「正直、みんなが危険にさらされるならやりたくないと思ってる。でも、南奈の言う通り、誰も悲しまない世界を作るためには、依頼を受けるべきだとも思ってる」

「じゃあ、受ければいいじゃん」

 恵が言った。

「ここまで精鋭が揃ってるところ、ここしかないんでしょ? なら、私たちにしかできない仕事だよ、これは」

「私は佑さんに従う」

 夜雲が言った。

「……俺も」

 冬馬が言った。

「私は、佑さんに拾われたので、佑さんに従います」

 添華が言った。

「……どうする、佑」

 佑に視線が集中する。

「……依頼を、受けようと思う。ただ、くれぐれも、怪我なんかしないように、細心の注意を払ってほしい」

 はい、と各々が答えた。

「じゃあ、とりあえず、終わり。またあとでミーティング開くから、その時はよろしく」

 キャットは、やる気に満ち溢れていた。

 今なら、何にでも勝てると思っていた。

 これから先に、地獄が待っているとも知らずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る