第10話
泣き疲れた南奈は、早いうちに自室で眠りについた。リビングには南奈以外の六人が集まって、思い思いにくつろいでいる。
「南奈さんって」
キッチンにやって来た添華が、洗い物をしている航に聞いた。
「何があったんですか?」
「……今日のことか」
「はい」
航は少し悩んでから「佑に聞いた方がいいと思うぞ」と言った。
「佑が拾って来たんだ。俺も、あまり詳しくは知らない」
そうですか、と添華は言って、佑を見た。佑はこちらの様子に気づくこともなく、強いだなんだと言いながらコントローラーをかちゃかちゃと鳴らしている。対戦相手は冬馬だ。それを眺めるように、夜雲と恵はソファで談笑しながらくつろいでいる。
「……まあ、簡単に言えば虐待ってやつだな」
佑を見つめる添華に気づいた航は言った。
「細かいことまでは本当に知らん。ただ、南奈の腕──特に左腕には煙草の火を押し付けられた痕が残っている。だから、あまり袖の短い服は着たがらない」
「……虐待、ですか」
「ああ、ここに来た時はひどかった。ずっと怯えて、俺らのことも怖がっていた」
洗い物を終えた航は、手をタオルで拭いた。
「南奈のいないところで話すのも憚られるが、一緒に暮らしていく以上、知っておいた方がいいことはあるよな」
まるで言い訳をするように航は言う。
「まあ、なんだ。添華のおかげで吹っ切れそうになっている。そこは、よくやったんじゃないか。ありがとな」
航はそう言って、リビングへと出て行った。
添華は不思議な気持ちになっていた。
人に迷惑をかけて生きてきたと思っていた添華にとって、誰かから感謝されるという経験は初めてに等しかった。
人に迷惑を掛けないために我慢をする。
人に悲しい思いをさせないために断らない。
だから、熱が出ても病院に行かなかった。
お金がなくても診てくれる優しい医者が近所にいることは知っていたけれど、迷惑がかかるから。
だから、誘われたら断らなかった。
外へ出たい気分ではない時に買い物に誘われても、もしかしたら自分が断ったことで相手が悲しむのではないかと思ったから。
今日も、迷惑をかけたと思った。
自分勝手な行動で、皆を困らせたと思った。
でも、航からありがとうと言われた。
不思議な気持ちだ。
「添華~」
佑が添華を呼んだ。
「冬馬倒してくれない? 一度痛い目に遭わせたい」
「佑が強くなればいいじゃん」
「無理!」
恵の言葉にきっぱりと言い切る佑。
「添華~、助けて~」
今なら、誰かの役に立てるかも。
「はい、今行きます」
添華は胸に広がる温かい感情をしっかりと抱き締めながら、リビングへと出て行った。
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