第6話

 佑、航、冬馬の三人は、ドッグの地下で解体作業をしていた。これが彼らの言う後片づけである。

 ドッグの拠点の地下には、他にも拷問部屋や牢獄まである。キャットの拠点にはこういった施設がないため、たびたび使用させてもらっている。

 洞窟のような解体室で、高瀬望を細かく解体し、生ごみとして処理をする。ゴミ処理業者とドッグは繋がっているため、事件が発覚したとしても行方不明人の姿を見つけることはできない。事件が発覚した時には、すでに小さく切り刻まれている。

 いつも通り、三人は無言で作業を進めていった。慣れた手つきで胴体から手足と頭部を切り離し、細かく刻み、半透明の袋に入れてから、指定のゴミ袋に詰める。

 解体作業をしているうちに、佑の脳裏に、あの夜のことが蘇った。

 ぬちゃぬちゃ……

 目の前に広がる血液があの夜の血の海と重なり、あの足音がこだまする。

 ぬちゃぬちゃ……

 背筋がぞわぞわして、今、後ろで誰かがナイフを振り上げているのではないかという錯覚にとらわれる。

 決して振り返らないように、目の前の作業に集中する。

 怖い、逃げたい、助けて、死にたい。

 ふと思う。

 今目の前にあるこの身体は、誰のものだろう。

 お母さん?

 お父さん?

 お姉ちゃん?

 どうしよう、大切な家族を壊しちゃってる。

「……く」

 やめなきゃ、やめなきゃ。

「……すく」

 僕が犯人になっちゃう。

「佑!」

 はっとして顔を上げると、心配そうに眉をひそめた航が、覗き込むようにこちらを見ていた。

「大丈夫か、佑」

「あ……う、うん、大丈夫」

「大丈夫じゃないだろ。汗かきすぎだ。ちょっと休め」

「大丈夫だから」

「佑」

 ビニール手袋を外した航に、肩を掴まれる。

 ひっと、声にならない悲鳴が喉から漏れた。

「大丈夫じゃないだろ。今の悲鳴はなんだ。目も虚ろだし、ちょっと休め」

 じっと目を覗き込まれる。航の目には、ただただ心配の色が浮かんでいた。

「……う、ん、休む」

「そうしろ」

 航に支えられて、佑は壁際の椅子に腰を下ろした。

 ビニール手袋を外した手は震えている。

 あの日、あの夜の夢を見た時と同じだ。

 いつまでも振り切ることのできない悪夢に、いつか終止符を打ちたい。

 佑は膝に顔を埋めながら、長いため息をついた。


   ×   ×   ×


 ソファで眠ってしまった南奈に、恵はひざ掛けを掛けた。

「恵さんも、何か飲む?」

 キッチンにいる夜雲が声をかけた。

「ココア飲もうかな」

「作るわね」

 恵は南奈の頭を撫でると、南奈が少し身じろぎした。それを見て、恵は小さく笑う。

 ローテーブルの上に残された南奈のマグカップの中には、少しだけ減ったミルクが残っている。まだほんのり温かい。

 恵はそのカップを手に、キッチンへと入った。

「夜雲、もったいないから、ココア、これ使って」

 夜雲は南奈のマグカップを受け取ると、中のミルクを恵のマグカップに移した。

「恵さんも疲れたでしょう。ゆっくり休んで」

「うん、ありがとう」

 夜雲の作ったココアを受け取ると、恵はダイニングテーブルの椅子を静かに引いて腰をかけた。その向かい側に、コーヒーを手にした夜雲が腰を掛ける。

「南奈さん、まだ二十歳にならないのに、こんな大変な仕事をして、疲れるわよね」

「本当にね。こんなに責任の重い仕事を背負わせちゃって、申し訳ないな」

 ソファで眠る南奈を見つめながら、恵はココアを一口すすった。

「ねえ、恵さんは、ここに来る前は何をしていたの?」

「え、何、急に」

「そういえば、聞いたことないなと思って」

「聞いても面白くないよ」

「気になるのよ。教えてくれない?」

 夜雲に見つめられると、不思議と断れなくなる。

「……いいけど、本当に面白くないよ」

「面白いかどうかは私が決めることよ」

 恵はふっと息を吐きだしてから、話し始めた。

「私、小さい頃から売春させられててさ。私が稼いだ金で、お母さんもお父さんも生活してた。で、そのうち私を残して二人とも、ぽっくり逝っちゃって。稼ぎ方なんて売春しかしらないから、生きるために売春して。でも、別に嫌じゃなかったよ。生きていくための仕事だと思えば。むしろ、こんなことで金が稼げるなら楽だと思った。ってことで、ずっと売春してたな」

「……ごめんなさい、私、変なこと聞いちゃった」

「いいの、いいの、嫌な思い出ではないし。もしここから追い出されれば、多分、同じことをすると思うし」

「じゃあ、恵さんは、どうしてここに?」

「声をかけようと思って道端に立ってた時に、逆に佑に声をかけられたんだ。『素質があるから一緒に暮らさないか』って。最初はなんのこっちゃ分かんなかったけど、売春の誘いかと思って来てみたら、この仕事やってるって言われてさ。まあ、身体も動かせるし、売春にも飽きてたし、気分転換にやってみようと思って」

「気分転換に?」

「そう、気分転換に。でも、やってるうちに、こっちの方が性に合ってる気がして、ずっと続けてるってわけ」

 恵はココアを一口飲んだ。少し温くなっている。

「夜雲は? なんでここに来たの?」

「私、ですか。私は……佑さんに助けられたんです」

「助けられた?」

「小さな機械の部品工場で働いていたんだけど、人員削減のためという名目で、クビになって。次の仕事も見つからなくて、家もなくなって。ホームレスの方たちと一緒に暮らしていたら、ある時、熱を出してしまって。病院に行くお金もなく、道端で倒れていたら、佑さんに拾われたの。そのままここに連れてこられて、目が覚めた時に『一緒に働いてくれないか』って言われたのよ」

「……なんか、一歩間違ったら変態だよね、佑って。誘い方がちょっとずれてる」

「たしかに、そうかもしれないわね」

「佑、見る目だけはあるんだけどな。ここに来る人、全員、動物(アニマル)としての素質あるじゃん。外れがいない」

「見る目だけはあるのに、甘えん坊で、残念な人」

「かわいそう」

 そう言いながらも、恵と夜雲は笑っている。

 キャットのリーダーは、甘えん坊で残念だが、メンバーには好かれているようだった。

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