第4話

 情報収集は滞りなく進んだ。航は大学の教授や親類を中心に、夜雲は目標人物ターゲットの友人を中心に情報を集めた。

「どうだった?」

「最低な方々ばかりね」

 午後のティータイム中だというような雰囲気の航と夜雲だが、実際には情報の交換をしている。ベランダの日当たりのよい場所に設置されたテーブルにそれぞれコーヒーと紅茶を用意し、お互いがどこまで情報収集をしたか確かめ合っているのだ。

「どのご友人方も、レイプを娯楽のようにとらえてる」

「そうか」

「ご友人ごと抹殺というのは……」

「依頼内容から離れるからできないな」

「そうよね……」

 歯がゆいように夜雲は息をついた。

高瀬たかせのぞむ、二十二歳、医学生。政治家の息子。短気で、友人とのトラブルも多く起こしているというのは、大学の教授もよく知っていた。大学入試は裏金を使い、試験は受けていない。講義もほとんど出ておらず、教授に直接金を渡し、出席していることにしてもらっているらしい」

「本当に、どこまでも最低ね。ご友人の話によると、それに反対する教授は、解雇されたという噂もあるみたいよ。救いようがない」

「終わってるな」

「ええ、終わってる。ある方は、いつも数人で遊び歩いていて、女子大学生を誘っては、レイプか、それに近しいことをしているとも」

「……同情の余地もないな。死んだほうがましだ」

「私たちが手にかけるから大丈夫よ。この世から消えてもらうから」

 それと、と夜雲は一枚の紙きれを差し出した。そこには日時が書かれている。

「今度、パーティーがあるそうよ。医学生の中でもお金持ちの息子だけを集めた、婚活パーティー。主催は目標人物ターゲットのお父様。女性は学内学外問わず、年齢も不問。綺麗な女性なら誰でもオッケー」

「なんで夜雲がこんなものを持ってるんだ?」

「誘われたのよ」

「……口説かれたんじゃないのか?」

「そうとも言うわね」

 航は紙きれを拾い上げた。一週間後の日付が書かれている。

「決行はこの日が一番いいかもな」

「そうね。人通りの少ない廊下で始末すればいいと思う」

「まだ時間があるから、余罪だけ調べよう。殺すに値する人間だということはよく分かった」

「護衛がつくような身分でもないし、すぐに終わるでしょう」

「じゃあ、決行までは余罪を調べる時間にしよう」

「そうしましょう」

 二人はコーヒーと紅茶を飲み干すと、リビングへと引き上げた。


   ×   ×   ×


 結構前日のミーティングは、いつも通り十四時から行われた。六人はいつも通りにダイニングテーブルを囲む。

「ミーティングを始めます!」

「子供か」

「まあ、みんなにはなんとなく話してあるけど、航と夜雲から情報のまとめを発表してもらおうかな」

 佑は航と夜雲に目配せをした。

目標人物ターゲットは高瀬望、二十二歳、医学生。こいつだ」

 航がパソコンの画面を五人に向けた。そこには、甘いマスクの若者が写っている。

「短気で、主に金銭がらみの友人とのトラブルも多く起こしている。裏金を使って大学に入学した後も、裏金を使って単位を取得。それをなんとか止めようとした教授たちは解雇され、彼らは新しい大学も見つけられず、路頭に迷っている。夜な夜な遊び歩いては、女子大生、OL、果ては高校生まで手を出し、レイプかそれに近しいことをしている。被害者は、ざっと調べただけでも二十二人」

「二十二人……」

 思わず南奈が呟いた。

「ただ、覚えていないと発言する者も多く、実際はそれ以上の被害人数が出ていると思われる。明日は父親が主催する婚活パーティーが行われ、大学生を中心に、さまざまな人間がホテルの宴会場に訪れる。そこで、人気のない廊下に目標人物ターゲットをおびき出し、息の根を止めるという計画を考えている。何か質問は?」

「その役割って……」

 南奈が嫌な予感がするとでも言いたげな顔で言った。

「一番年齢が近い南奈にやってもらおうと思う」

「ですよねぇ……」

 南奈は大きなため息をついてテーブルに突っ伏した。

「やりたくないよぉ……」

「できるのは南奈しかいない」

「でもぉ……」

「もし本当に嫌なら恵にやってもらう」

「代わりいるじゃん……」

「どうする?」

 南奈はのそっと顔を上げた。

「……リーダーもいる?」

 じっと佑の顔を見つめる。

「俺もいるよ」

「……先攻部隊?」

「そう、先攻──」

「後攻部隊だ」

 航が割って入った。

「……後攻部隊だって」

 佑は不貞腐れたように口を尖らせる。

「……リーダーと一緒がいい」

「それは無理だ。南奈は先攻部隊だろ」

「でもぉ……」

 南奈は佑のことを心の底から好いている。地獄のような家庭環境で育った南奈を助けたのは佑だった。

「南奈」

 佑が声をかける。

「南奈は、今回の作戦、参加したい?」

「……」

 南奈は口を閉ざした。悩んでいるようだった。

「レイプ犯なんて、誰も近寄りたくはないよな。気持ち悪いし、怖い。でも、俺たちは被害に遭うために行くんじゃない。被害を食い止めるために行くんだ。復讐しに行くと捉えることもできるけど、俺はそうは考えてない。これから被害に遭うだろう人を助けに行くんだ」

 南奈はどうしたい、ともう一度聞いた。

「……リーダーは参加するんでしょ?」

「もちろん、参加する」

「……じゃあ、私も参加する」

「本当に無理だったら、ここで待っててもいいんだぞ?」

「やだ、参加する。参加して、みんなを助ける」

 まだ少し嫌そうにしているが、南奈は参加する決意を固めたようだった。

「いい子だ、南奈」

 佑はそう言うと、南奈の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「ちょっと、リーダー……! ぼさぼさになっちゃう!」

「ぼさぼさでも南奈はかわいいよ~! もっとかわいくしてやる!」

「やめて!」

 まるで兄妹のようにじゃれ合う二人を、「……ミーティングはどうするんだ」と航は呆れた目で見た。

「あ、まあ、そういうことで。いつも通り準備してくれればいいから。終わりっ!」

「そんな適当な締め方があるか!」

「いでっ!」

 ぺちっと頭を叩かれて、佑はテーブルの上に撃沈した。

「だってぇ、他に何かある?」

 佑が聞くが、誰も手を挙げない。

「ほら、何もないって」

「だからって、決行前日なんだから、もう少しきちんとだな……」

「航さん」

 夜雲が見かねて声をかけた。

「佑さんに節度を求めても意味ないわよ。甘やかされて育ったんだから」

「あ、夜雲、それはひどいよ!」

「……たしかに、そうだな」

「航も!」

「じゃあ、解散で」

「みんなあああ!」

 喚き散らかす佑をよそに、五人は明日の準備に取り掛かった。

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