第2話

 着替えを終えた佑は、顔を洗ってリビングへと赴いた。

「おはよ」

 あくびをかみ殺しながらリビングに足を踏み入れると、「あ、おはよ、リーダー」と南奈ななが振り向いて挨拶をした。あどけない顔立ちの南奈の手にはゲームのコントローラーが握られており、テレビ画面には格闘ゲームのポーズ画面が映っている。

 南奈の隣には冬馬とうまが座っていた。南奈の相手をしているらしく、細く長い指でコントローラーを握っている。

 冬馬は佑に軽く会釈をすると、画面に向き直った。同じタイミングで南奈も画面に向き直る。

 ポーズ画面が解除され、格闘ゲームが再開された。

 佑はそれを眺めながら、ダイニングテーブルの椅子を引く。

「あ、ちょっと、冬馬……!」

 冬馬は素早い動きで寸分の狂いもなく指先を動かし、攻撃を繰り出していた。ゲームが得意な冬馬からしたらそれが普通なんだろうが、素人には目で追うことすら難しい。

「冬馬、私が負けたらどうなるか分かってるんでしょうね!」

「え……」

 冬馬の手元が狂う。

「今だっ!」

 南奈がコマンドを入力し、必殺技を繰り出した。冬馬のキャラクターが遠くに飛んでいく。

「やったー!」

 南奈が両手を上に突き上げた瞬間、ベランダに通じる窓が開いて、めぐみが入って来た。

「こら、南奈!」

「いてっ!」

 恵はリビングに入ってくるや否や、南奈の頭頂部にチョップをかました。南奈は上げた手で頭を抑える。

「どうして冬馬をいじめるの。そして冬馬、びびりすぎ。あんたも手加減しなさいよ」

 冬馬はというと、リビングの角で丸くなっている。南奈からの報復を恐れているのだ。

「おはよ~、恵」

「おはよう、佑。もうお昼だよ」

 壁掛け時計は十二時を少し過ぎたあたりを指していた。

「起きたらその時が朝だもん」

 ぷくっと頬を膨らませる佑に、「いい歳した大人がそんな顔したってかわいくないから」と笑いながら恵は言った。

 洗濯物籠を手にリビングを出て行った恵と入れ替わるようにして、夜雲よぐもがやって来た。

「あら、おはようございます。佑さん」

「おはよ」

 じょうろを手にした夜雲は、リビングの観葉植物に水をやると、窓際の小さな鉢の隣にじょうろを置いた。水やりが済んだのだろう。そのままキッチンへと入っていく。

「ねえ、ご飯まだぁ?」

 佑はダイニングテーブルの上にうつ伏せになりながら、キッチンで洗い物をしている航に声をかけた。

「俺は作らねえよ」

 素っ気ない返事に「え~」と佑は非難の声を上げる。

「そこにいるのに?」

「俺は洗い物をしているだけだ」

「ケチ」

「温めるだけだろ。自分でやれ」

「じゃあ食べない」

 ぷいと顔を背ける佑。

 航は深いため息をついて、キッチンの奥にある冷蔵庫へと足を向けた。

「航さん、あまり甘やかさない方がいいわよ」

 コーヒーを作っていた夜雲が声をかける。

「分かってる。でも、放っておくと、本当に飯を食べようとはしない」

「何度か見たことある光景ね」

「どうにかならんか?」

「無理ね。あそこまで甘えん坊になったら、もう手遅れよ」

 航の脳内には、佑のためを思って手を出したあれやこれやが浮かぶ。

「……そうか」

 もう一度ため息をついて、航はハンバーグをレンジにかけた。


   ×   ×   ×


 壁掛け時計が十四時を指した。

 ダイニングテーブルを囲むように、佑、航、恵、夜雲、冬馬、南奈が座った。

「ミーティングを始めます!」

「学級会か」

 呆れたように航が突っ込む。

「まずはこの前の依頼について」

 六人は、この家で共同生活を送っている。

「航、お願い」

 表向きには企業の依頼を受けるデザイナーと謳っているが、その実は、警察が取り締まらなかった犯罪者を闇に葬るのが仕事だ。

「結果から報告すると、依頼は完遂。目標人物ターゲットの暗殺は成功した。また、情報収集時に余罪が発覚したため、依頼者にはその報告も完了している。以上」

 権力者──主に政治家は、警察に金銭を渡すことで罪をもみ消していた。メディアも、今では権力者の思うままに操られている。

「じゃあ、続いて、今回の依頼について」

 警察がまともに機能しないならと、民間の人々が立ち上がった。

 ──人間を手にかけられるものは、人間ではない。

 それゆえ、立ち上がった人々は動物アニマルと呼ばれている。

 佑をはじめ、この六人も動物アニマルだった。

「今回の依頼はドッグから流れてきた依頼だ」

 ドッグというのは、動物アニマルの中の一つの組織である。二十人規模の組織で、動物アニマルの中では中規模といったところだろう。主に人を守る依頼をこなしている。

「依頼内容は、レイプ犯の抹殺」

「うげぇ、レイプ犯……」

「死んだほうがまし」

 嫌そうな顔で南奈が呟き、恵がばっさりと切り捨てた。

 この六人はキャットという、たった六人の小規模組織である。それゆえ、直接依頼を受けることは少なく、ドッグや他の同業他社から依頼を流してもらうことが多い。

「依頼者の友人がレイプ被害に遭ったが、警察は親から賄賂を受け取り、犯人は無罪になった。犯人は政治家の息子。他にも余罪がありそうだという話もある。そこは情報収集で一つずつ探っていこうと思う。以上。何か質問は?」

「依頼者には、私たちが担当するということは伝えているのかしら」

 夜雲が質問した。

「ああ、ドッグは手一杯なため、キャットが請け負うと伝達済みだ。他には」

 手は上がらなかった。

「ないなら、部隊に移る。情報収集が俺と夜雲。先攻部隊が恵、冬馬、南奈。後攻部隊が佑、俺、夜雲。以上。何か質問は?」

「はいっ!」

 佑が手を挙げた。

「なんだ」

 怪訝そうな顔で航が答える。

「先攻部隊がいいって言ったのに、航に却下されました」

 またそれかと、航はため息をついた。

「お前が怪我したらどうすんだ。リーダーだろ」

「だってぇ、後攻部隊つまんないんだもん。後片づけくらいしかやることないし」

「つまんなくても、お前は『一応』リーダーなんだから、前線に出すわけにはいかない」

「むぅ……」

「一応っていうところには何も言わないのね」

 ツッコミ役がいないため、夜雲が仕方なしに言った。

「他にないなら、今日は以上だ」

「まだあります! 俺、前線に出たいです!」

「じゃあ、解散」

 佑以外に異論をぶつけるものはおらず、不貞腐れてテーブルに突っ伏した佑を残し、五人は解散した。

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