第13話 3月のあの日

久しぶりに、外に出ようと思う。

友達に会いに行く。


「アオイちゃん」という子で、

昔から仲良しだった。


アオイちゃんは受験したらしく、

受かったため、

引っ越すことになった子だった。


だから、せめて最後くらいは。

会わなきゃ、人間じゃない。


玄関の扉を開けたら、

仕事から帰ってきたお母さんがいた。


「お母さん、」

「レノンは……、」

「音野先生”だけ”が、」

「信用、できるのね。」


なんとなく、わかった。

音野先生が、言ったんだ。


仕事帰りのお母さんを見つけて、

話しかけたんだ。


約束を、破ったんだ。

言わないって、自分から言ったのに、

結局、守ってくれなかった。


「音野先生……、」

レノンは、誰もいない自分の扉を、

意味もなく睨んだ。


憎かった。


わかってくれたはずだったのに。

言ってくれたのに。


音野先生と私は、

同じことを経験している者同士じゃなかった。


全然違う人生を歩んできてるんだ。

だから、約束を破ったんだ。


「レノン、音野先生は、関係ないわよ」

「なに言ってるの!!」


「私が音野先生に相談したんだよ!!」


「お母さんは、」

「信用できないから……、」


「それは分かってるわ。」

「お母さんも、レノンの母として、」

「未熟だから。」


「それで、レノンを苦しませてしまったこと、」

「きっとあると思う。」


「だから、音野先生に相談したんでしょう?」


「でも、アオイちゃんから聞いたわよ」

「アオイちゃんには話してない!」


「ううん、アオイちゃんが、」

「午前中なのに塾に向かってる、」

「レノンちゃんがいましたって、」

「アオイちゃんのほうから、」

「言ってくれたのよ。」


「信じて。」


「音野先生は、そんな人じゃないはずよ」

「……。」


「いってらっしゃい」

「……いってきます。」


アオイちゃんは、勉強が得意な子で、

なんでもすぐにできちゃう子で、

本当に、完璧な子だった。


だから、周りも見れたんだろう。

「……レノンちゃん?」


「アオイちゃん……!!」

「どうしたの」


「あのね、アオイちゃんが、」

「言ってくれたから……!」

「あり……がと……う」


本当に、本当にありがとうを、

伝えたいときに限って、

声が掠れる。


「ううん、レノンちゃんが、」

「辛くならないのが一番だから」

「私は、関係ないよ」


「アオイちゃん……、!」

さようなら、と言おうとした。



ガンッ



明らかに、部屋から音がした。

「っ……、!」

「どうしたの?」


「ごめん、なんでもない!!」

「ちょっと、レノンちゃん!」


もしかして、

もしかして、もしかして……、!


そこには……、

知らないアルバムが、

机の上に置いてあった。


「カエデ!!」

「プレーヤーが……!」


アルバムの表紙には、

泣いたカエデの姿が映っていた。


考える暇もない。


恐る恐る、CDをセットし、

再生ボタンを押した。

再生されたのは、私が最近聞いた、

あの声だった。


カエデの、声だった。

音楽じゃない。


これは、カエデが死ぬ前の……、

オトとの会話だ。


「カエデは、死にたいのか?」

「死にたい。」


「理由はなんだ」

「生きたいと思わないから」


「死んだら誰かが悲しむぞ」

「だから、生きろって言うの?」


「残された人がどんなに辛いか分かれ」

「そんなのどうでもいいよ!!」


「これから苦しいことが、」

「待ち受けているはず。」


「それでもお前を追い詰めたくない一心で」

「「死んでもいいよ」なんて、」

「言わせたのは、誰だ!」


「……音楽を嫌いになったカエデは、」

「CDに収録されます。」


「待って!」

「私はまだ、嫌いになってない!!」


「本心がそう言っているのだから、」

「お前はもう、役立たずだ。」


——CDに収録されました。

合成音声が流れた後に、

……カエデが死んだ。


「レノンちゃ~ん、大丈夫~?」

外から、アオイちゃんの声が聞こえる。

家まで、来てくれたのだろうか。


「大丈夫だよ!」

「ちょっと物が落ちちゃっただけ」


「そっか、よかった~!」

「……どうしよう」


私は呟く。

でも、そう考えている暇はない。


とりあえず、CDを変えて、

あの場へ行かなくては。

カエデが映ったCDを手に持った、

その瞬間。



パリンッ



「きゃっ!」

CDが割れた。

「カエデ!!」

YOASOBIの、怪物を、

また流す。


——あぁ、素晴らしき世界に今日も乾杯

街に飛び交う笑い声も

見て見ぬフリしてるだけの作りもんさ

気が触れそうだ


懐かしかった。

およそ1年前。

あの日あの時。

ツバキとカエデに出会った、

4月1日。


カエデがCDにされて、

今、割れた。


”音楽のセカイ”に入ったとき……、

灯りが、ついていなかった。


「来たか」

聞き慣れた、あの声がする。


「オト……、!」

「なんで助けてくれなかったの!!」


「助けるもなにも、」

「私たちはお前たちを殺すために、」

「ここにいるんだぞ」


「そんなわけない!!」

「だってオトはいつも味方してくれた!!」


「違う。」

「お前はいい加減気付け!!」


「そんなの、そんなの、」

「分かるわけないじゃん……、!」


「大切な人がいなくなって、」

「今ここに存在していない、」

「そんな状態で、」

「頭の整理ができるものか!!」


「お前は未熟だ。」

「そんなの知らない!!」


「今までなぜ違和感を感じなかったのか、」

「それが本当に不思議だ。」


「違和感……、」


「心当たりもないのか」

「心当たりは……、」


「ある」


「周りが見ているものが、」

「自分が見ているものとは一致しないこと」


「お母さんがカレンダー変えるタイミング、」

「早いなって思ってた。」


「お前たちは、世界でも本当に希少な、」

「”昨日を生きている子供”なんだ。」


「は、?」

「名の通り、お前たちは昨日を生きている。」


「それって、」

「お前たちを殺して、」

「世界にいる”昨日を生きている子供”を、」

「存在しないようにさせている。」


「私は、ここから帰れなくなった1人なんだ。」


「だから勿論、お前が帰れなくなったら、」

「お前がこの役をやってもらう。」

「とりあえず、カエデでも助けたらどうだ?」


「タイムスリップは……、」

「頭に思い浮かべろ。」

「昨日に戻って、またやり直せ。」


「そして、ここへ帰って来い。」

「手続きがある。」


「思い浮かべられるわけ……、!」

「知らない。」

「自分で考えて行動しろ。」


「夢と想像は無限大だ。」

「……っ、!」


「カエデ、戻ってきて……、!!」


「カエデ、!」

「レノン」


「ツバキ……、!!」

「来てくれたんだ」


「来るしか、ないでしょ……、っ!!」

「カエデ、こっち!!」


——行かない

「なんで!どうして!!」


——現実で生きてたって、


——死ぬのには変わりないから


「違うの!」

「会えるから!!」


——会えないんだよ。


「どうして……、!」


——私たち、ここに来てない。


——夢や想像の、現実じゃないところで、


——私たちは喋ってるんだよ


「だからって……、!」


——会えない。


「私たちは想像して会える!!」

「夢で、また会える!!」


——会えない。


「4月1日で始まって、」

「4月1日で終わるのは、」

「エイプリルフールだから、」

「全部、無かったことになるだけ。」


「エイプリルフールの日は、」

「嘘をついてもいい日。」


「だから、全部噓になるんだよ」


——レノン……、


「帰ってきて、カエデ!」


——ツバキ……、!!


「私たちは似た境遇で会った、」

「同じもの同士なんだよ!!」

「また会える!!」

「助け合える!」


「だから、戻ってきて……、!!」



——ごめん、レノン、ツバキ……



昔、こんな子がいた。

明るいくて、ちゃんと、

自分の意見を言える子だった。


「なに言ってんの?」

「声ちっさ~」


「うるっせえな」


鋭い声が響き渡る。

突き刺さる。


「は?」

「なんだお前強気になって」

「お前たちみたいな奴らには、」

「なにも守れるものなんてないの。」


「だから最初から近寄るな。」

「そうやって人を切りつける言い方、」

「大嫌い。」


あの友達は、絶対に忘れない。

あんな風に言ってくれて、

嬉しかった。


辛くなかった。

いつでも、寄り添ってくれた。


味方になってくれた。

涙を流してくれた。


大切な人だった。

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