第3話 不思議を感じたこの時
「レノン、今日も行かないの?」
レノンはずっと、ずっと黙っていた。
迷っているわけではない。
答えはもう、決まっている。
「行けない」
「これからも行かないの?」
「……。」
「答えるならさっさと答えてくれない?」
「時間ないから。」
「レノンは楽だからいいけど、」
「お母さんは仕事があるから。」
「一緒にしないでよね」
「お母さん、もう仕事行ってくるから」
お母さんが真っ白な雪景色の中へ消えていった。
今日は、雪が降っていなかった。
視界がドアに遮られると、
私はすぐさま、部屋へ向かった。
お母さんがカッパを着て、
自転車に乗ったのを窓から見た。
今日は、雨。
パラパラと雨が降っている。
「おい、レノン!!」
「うわああああああ!」
「さっきからずっと呼んでいるぞ」
この家に私しかいないはずなのに、
どうしてこの人がここにいるの……?
私の名前を知ってたし、
「え、誰ですか……!」
「あ~、そうだな……、」
「私のことは、”オトの神様”、とでも呼んでおけ。」
「”オトの神様”……?」
「そうだ。」
「こっちへ来い。」
「そ、それはCDプレーヤーだけど……?」
「適当に曲を流せ。」
CDプレーヤーに入れっぱなしだった
CDをそのまま流そうとした。
曲を流そうとした瞬間、
”オトの神様”が止めた。
「おい、それはお前のCDか?」
「あ、入っていたCDをそのまま……」
「自分のCDはないのか」
「一応、あります」
「それを流せ」
「……はい」
レノンは、部屋にあったCDをプレーヤーに
セットし、曲の再生ボタンを押した。
――あぁ、素晴らしき世界に今日も乾杯
街に飛び交う笑い声も
見て見ぬフリしてるだけの作りもんさ
YOASOBIの、「怪物」。
この曲がアルバムの中からたまたま流れてきたし。
きっと、勝手にお母さんが取り出して、ランダムに流したままだったのだろう。
「スピーカーに手をかざせ」
そう言われて、ゆっくりと、本当にゆっくりと、
スピーカーに手を近付ける。
ある程度の距離まで手を近付けたとき――
レノンはそのまま吸い込まれた。
しばらくすると、”オトの神様”が声をかける。
「目を開けてみろ」
目を開けてまず視界に入ったのは、
白く綺麗に濁った空間だった。
慣れてきてから、体をその空間に任せてみる。
「今は”そこ”へ移動している。」
「移動……」
「レノン。1人じゃないから安心しろ。」
「えっ……?」
レノンは足が地に着く感覚をした瞬間、呆気に取られた。
「あっ、来た」
「やっと来たね」
「自己紹介からする?」
「ねぇ、”オトの神様”、それでもいい?」
「好きにしろ」
「私、カエデ」
「中2。」
「よろしく」
少し高めに結んであるポニーテールが活発な子。
1歳年上だった。
「私、ツバキ。」
「中3。」
この中で、一番背が高い子だった。
茶髪……にしては色が濃いけれど、
髪の毛の色が綺麗だった。
そして、レノンの番がきた。
「私、レノン。」
「中1」
「へぇ、レノンちゃんって言うんだね」
「はい……」
「これからよろしくね」
「はい……」
もう、本当にはいしか言えなくて、
知らない人と話すとやっぱり戸惑ってしまう。
「そろそろ、説明する。」
「はい」
「ここは、音楽のセカイ。」
「お前たちが住んでいるところとは違って、」
「音楽に専念したセカイなんだ。」
「音楽のセカイ……?」
「ここでは、様々なルールがあり、」
「そのルールをしっかりと守り続けることで、」
「ここでは安全に生活ができる。」
「ルール?」
「そう。ルールというのが、このセカイで存在していて、」
「そのルールを破ると、破った奴がCDに収録される。」
「は?」
一番落ち着いていそうなツバキちゃんが、口出しをする。
「ルールを破って、CDに収録されるって、どういうこと?」
「人間が、CDに入ることができるわけない。」
「それを言ったら、お前たちが音楽を流せる機械を使って、」
「ここに来ているのもおかしいだろう?」
「……。」
「私はお前たちに驚いている。」
「音楽の機械から流れた音を使って、」
「体が吸い込まれることなど、」
「ファンタジーにしか存在しないことだろう?」
「それでも、お前たちは呆然としているだけで、」
「嫌がるわけでもなかった。」
「……。」
「むしろ、興味があったのではないか?」
「じゃあ、もし私たちがルールを破って、」
「CDに収録されたそのCDはどこに行くのよ」
「お前たちの家に行く。」
「え?」
「お前たちの家のどこかに、CDが置いてあることだろう。」
「なにをしたら、ルールを破ったことになるの?」
「そりゃ、音楽のセカイだからな。」
「音楽を嫌いになったりすれば、もう終わりだ。」
「あとは、ピアノなどを習っていたりして、それをやめれば終わりだな。」
「CDにどうやって収録されるの?」
「最初は破った奴に霞やら霧やらがかかって、」
「ルールを破った奴が見えなくなるな。」
「え?」
「肉眼で見るのは本当に難しい。」
「望遠鏡や双眼鏡でほんの少し見えるくらいだ」
「それで、機械の中に入らないといけなくなる。」
「自分から入るのか……」
「誰にも見つけてもらえないんだぞ?」
「なら、もうCDとして一生を過ごしていったほうがマシかもしれない。」
「絶対に嫌だ……!」
「だったらルールを破らずに生活しろ」
「わかった」
「帰るときは、来た時と同じように、機械に手をかざせ。」
「あとは好きにするんだな」
今日、4月1日の出来事は、これで終わった。
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