第37話 メンヘラちゃんは眠っている
【ひょろメガネ
――まさか……あの重傷で目が覚めるとはな
あれだけの刺し傷でショック状態だったのに。心臓も呼吸も1度は止まった。だが、私が蘇生処置でなんとか命を繋いだ。だが、暫くは目覚めないと思っていたのに、害虫というのはしぶといものだ。
内臓にも包丁が達していたとはいえ、女の力はそれほど強くなかった事や、あの男が鍛えていた身体の筋肉のが幸い――――この場合は私にとっては不幸だったが。
――クソッ……
医師である私が、患者が生命を繋いだことを残念に思うなど、医師として失格だ。
雨柳家の医師として、1人でも多くの患者を救わなければならない。だが、私は最善の処置をしたことを悔いて、運転をしながら苛立っていた。悠が助手席に乗っているので表情にこそ出さないが。
悠と会わせるんじゃなかった。医者としての情に
――それか、もういっそのこと、バレる前に嘘だということを言うか?
よくよく考えれば、悠はそのくらいで動じたりするような女には見えない。
というよりも、私は悠に話しているよりも悠のことを知らない。まだ出会ってから1か月と少し程度しか経っていない。未知数すぎて予想が立てられない。逆にそれが、強い不安要素となる。
「悠」「隼人」
私たちは互いに同時に名前を呼ぶ。私たちは目を合わせた。
「あっ、ごめん……隼人から言って」
「あぁ……」
………………とても言いづらい。
「悠…………いや、帰ってゆっくりできるときに話がしたい。お前から言え」
「……私も、そっちのほうがいいかな」
悠は少しだけ空笑いをする。
……………………とても気まずい。
あの男が目覚めて、どこまで悠に話をしたのか解らない。下手な虚飾は言えない。今、悠は俺のことをどう思っているのだろうか。
私が悶々と考え事をしていると、悠の方から話しかけてきた。
「隼人……ありがとうね」
「…………何に対しての礼だ?」
「あの人のこと、嫌いなのに会わせてくれたでしょ。嫌だったはずなのに。そのお礼」
なんとも形容しがたい複雑な気持ちだ。悠はあいつに会いたかったのか。そんなことを考えると私の苛立ちに拍車がかかる。
「別に……」
「隼人って、横暴っぽいけど根は優しいよね」
その言葉を聞いて、私は胸が痛んだ。
私の根が優しいだなんて、とんだ勘違いだ。優しかったらお前に嘘をついて閉じ込めたりなんかしないだろう。そんな言葉を言われると責め立てられるよりもいたたまれない。
もし、最後に他の女を抱いたことも知っていてそう言っているのだとしたら?
優しいのはお前の方だろう。それともそれは皮肉なのか?
嘘をつくことは簡単だが、だが、悠に対してはそんな小手先だけの嘘を言うのも
頭がおかしくなりそうだった。
――こんなこと……もう続けていられない。帰ったら、悠に全部白状してしまおう
それで……お前が私を選ばないのなら、最初からお前は私を選ばなかったということだ。
「隼人どうしたの? 具合悪い? 運転……変わろうか? 外車の運転したことないけど……良ければ」
本当に、こいつは……。
――少しは自分の心配をしたらどうだ。私のことを責めたらどうだ?
出逢った頃のように罵詈雑言を私に吐きかけたらいい。そのほうがどれほど楽だろうか。
「いや、すまない。大丈夫だ」
こいつはきっと、気を許した相手にはどこまでも優しくなる奴なんだろう。だとしたら、余計に……余計に自分が情けない。
心を許してくれている事に、私は漬け込んでいるのだから。
なんて美しい命なんだ。お前は。こんなに美しい命、見たことがない。
人間というのは表と裏があって、打算と利益を考え、自分に都合の良い方向に行く為なら他人の命なんて簡単に蹴落とすことができる。
私も、あの男の処置をしているとき、手を抜こうとなかったと言えば嘘になる。手を抜けば私はあの目障りな男を殺すことができた。直接手を下したのは私ではない。私はほんの少し処置に手を抜くだけだ。
そんなことをしようと考えた浅ましい私を、お前は許してくれるのか?
***
【中性的な女
――隼人、大丈夫かな……たかやさんの件で、きっと隼人は……心中穏やかじゃないんだろうな
きっと、隼人の方が嘘をついている。
見ていればそのくらいは解るけど、切り出しづらい。こんなに良くしてくれているのに……――――。
それに、そんなに嘘をついて私を閉じ込めておきたいほど、好きになってくれているんだろうな。私のことを好きになってくれる人ってどのくらいいるんだろうか。
隼人なんか、医者だってだけでモテるだろうし、ましてお金持ちだし、容姿も端整だし。
こんな私なんかの何がいいんだろう。
漠然としたモヤモヤを募らせ隼人の家に着いた。
「ほら、手を」
言われるがまま、隼人の手を取る。こうして手を繋ぐのも、もう話をしたら最後になるのかもしれない。
私は少しだけ強く、隼人の手を握った。
「どうした、犬が怖いのか?」
「……ううん」
私は、真実が分かったとしても、たかやさんと隼人のどちらの手をとればいいんだろう。
「お坊ちゃまおかえりなさいませ。松村様も……」
――どうしたんだろう?
栗原さんがいつもと様子が違う。何か気まずそうな様子がうかがえる。何やらもじもじと指をせわしなく動かしている。
「あの、お坊ちゃま、実は――――」
「お兄様、おかえりなさいませ」
栗原さんの奥から金髪縦ロールの女性が現れた。たしか芸能人のRITSUKAだ。この前家に来ていたのは見間違いじゃなかったようだ。
それに「お兄様」?
――まさか、隼人ってRITSUKAのお兄さんなの……?
私はRITSUKAと目があう。
「は?」
RITSUKAが私の真ん前にきて、私の顔を間近で見上げる。身長は私よりも頭一つくらい低いだ。下からねめあげるあるように睨まれると私としてもどうしたものかと思う。
「こ、こんにちは」
とりあえず挨拶をすると、RITSUKAは思い切り眉間にシワを寄せた。
「まさか……お兄様の恋人って……!?」
「あぁ、紹介していなかったな。私と付き合っている松村……――――」
「はぁ!? あんたが!?」
――なんか、敵意むき出しなんですけど……
私、何かこの子にしてしまったのか。しかし記憶がないので何も思い出せない。困ったので隼人の方を見たら、隼人も目を丸くしていた。
「律華、失礼だぞ」
「だってこの人!! あたしの胸ぐら掴み上げて暴言吐いて出てったんですよお兄様!?」
私は、過去の自分に「何をしているんだ」と暴言を吐きたい気持ちでいっぱいになった。
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