第36話 メンヘラちゃんとはまだ出会っていない
【長髪のプレイボーイ
――ライブの開始まで暇だ。思ったよりも早く着いちまった
俺は『メンタルディスオーダー』のライブが開催されるライブハウスの前に到着した。
――暇だし、ちょっとナンパでもして待つか…………うわ、デブとブスばっかりだな
ナンパは諦めて俺がベンチでタバコを吸って待っていると、やたらに髪の長い女が歩いてきた。
デブでもないし、ブスでもない。すらっと背の高い細身の女。化粧はほとんどしていない様子だ。
女は俺の隣に座った。チラッと見ると、肌が空けるように白くて手が綺麗だった。長い指。爪も伸びているせいか余計に指が長く見えた。
別にタバコを吸うわけでもなく、その女は疲れた……と言わんばかりに一息ついていた。
――こいつもライブに来たのか?
今この近くに来てる連中は大方ライブにきてる奴だ。俺は興味本位で軽く話しかけてみた。
「ライブ行く人?」
俺に話しかけられた女はビクッとして「うわぁっ」と変な声を出した。いくらなんでも驚きすぎだろ。
「びっくりしました。ごめんなさい」
――なんでだよ。俺のこと見えてなかったわけ? 変な女……
そう思いながら俺は煙草の煙を吐き出す。
「そうですよ。メンタルディスオーダーのライブです。貴方もですか?」
女はニコリと弱く笑う。なんだ、よく見たら可愛いじゃん。可愛いというか、どちらかというと綺麗な感じだ。
服装はというと、そんなに激しい恰好はしていなかった。『メンタルディスオーダー』はメタルバンドだ。メタルバンド好きでライブに来るなら、パンクな恰好やら、もっとメンヘラっぽい、地雷っぽい恰好をしてる奴が多い中、この女はあまり目立つような恰好はしていない。
「おう」
「かっこいいですよね! どの曲好きですか?」
服装やら化粧からあまり明るいタイプではないかと思ったが、結構話はできるらしい。
「全部好きだな」
「私もです。でも、中でも好きなのは『崇拝』と『あなたを好きという病』ですかね」
「選曲渋いな。俺は……しいて言うなら『獣』かな」
「それもいいですよね!」
――あ……コイツ、よく見たらヴォーカルの緋月に雰囲気が似ているな
長い髪に、綺麗な顔立ちをしてる。
「お前、緋月にちょっと似てるな」
「えっ、似ていませんよ! あんなに綺麗じゃないです。髪の毛長いからそう感じるだけですよ」
と、その女は自分の髪をいじる。
その姿を見て、俺はいつもの如くなんとなく「コイツを独占したい」そんな軽い気持ちが芽生えた。
「彼氏いるの?」
「いえ、今はいませんよ」
「意外だな」
「……私が好きじゃないと続かないので……適当に作っても仕方ないかなと」
へぇ、お堅い女か。それも悪くないな。
時期は初夏だったせいもあり、少し汗ばんでいるようで髪が顔に張り付いている。やけにそれが色っぽく見える。
「なぁ、連絡先教えとけよ」
「はい、いいですよ」
こういうことには抵抗がないのか。男慣れしているのか……それとも慣れていなさ過ぎるのか。
――まぁ、いいや
「俺は孝也。好きに呼んで。お前は?」
「私は――――――――――――――………………」
***
【現在】
「悠……」
白い天井。重々しい機械。心音計。
――ここは地獄か……?
身体中痛い。喉が異常に乾いている。周りを見れば物々しい機械装置や独特のカーテンがあったので、すぐにそこが地獄ではなくて病院だという事は分かった。
――なんだ……病院か…………
ついに俺は自分の犯した罪の重みで、地獄に引きずり落とされたかと思ったが、どうやらまだ生きているらしい。
手だけがやけに暖かいことに気づく。目をそちらに動かすと、髪の短い淡い栗色の髪の女が、俺の手を握って座った姿勢で眠っていた。
「…………悠」
うっすらと、静かに目を開けた悠が俺の方を見る。俺と目が合うと、悠は大きく見開いた。
「たかやさん!?」
うるせえよばか。そんな大声出すな。聞こえているよ。
「あ、今、お医者様を呼びますから!」
痛みで、腕が上がらない。身体中燃えるように痛む。
――俺……本当に死んでないんだな……
こんなに生きていて良かったと思ったのは生まれて初めてだ。
「待て……しっかり手……握ってろ」
悠の手を強く握ると、その暖かさが伝わってくる。
「目が覚めて……良かったです。死んじゃうかと思って……」
とりとめなく、言葉だけの断片が悠の口から零れ落ちる。まだ動揺してるのか、うまく喋れていない。
「……お前……前もそう言っていたな……」
あの時もお前は真剣な目で俺を見てくれた。俺は悠の手を握り返した。もう、放したくない。
しかし、あのクソ医者に「死ぬ前に悠に会わせろ」と言ったものの、本当に連れてくるとは思わなかった。まぁ、自分の命を盾にそう言われちゃそうするしかねぇだろうな。クソ医者は本当にクソだが、俺の命を救ったのはあのクソ医者だ。まぁ、自分の職場の病院内で、目の前でザクザク刺されてくたばりかけてる俺の処置をしないで放置したら顔が立たねぇから仕方ねぇのかもしれないけどな。
ガラガラガラガラガラ……
と、病室の扉が開く。願いは儚い。いつも俺の手の内からすり抜けていってしまう。俺は悠の手を放したくなかったが、扉が開いた音と同時に悠は俺の手から反射的に手を離した。
――なんだよ……クソ医者のこと気にしてんのか? チッ……
入ってきたのは予想通りまさしくクソ医者だった。内科医のくせに何の用だよ……俺のは外傷だっての。内臓もいくつか傷ついてるっぽいけど、内科の医者が出張ってくるところじゃねぇだろ。
「悠、そろそろ帰れ………」
そう言って悠を見た後、俺の方を見て、俺が目を開けて睨みつけたのを見て面食らったような顔をした。
「お前……!? 目が覚めたのか……」
こいつにとっては目を覚ましてほしくなかったんだろうな。そう顔に書いてある。まったく、なんて医者だ。患者に死んでほしいなんて思ってる医者なんかろくなもんじゃねぇぞ。
「あぁ……お陰様でな」
クソ医者は悠のところにくると、悠の腕を掴み、半ば強引に立たせた。
「もういいだろう。経過は担当医が見る。家に帰るぞ」
「う……うん」
悠はいつもの名残惜しそうな目で俺を見た。
「待てよ……悠が俺と話されたら不都合があるからそうやって悠を遠ざけようとしてんだろ?」
クソ医者はビクリと肩をわずかに震わせる。
「……戯言を」
「お前が嘘ついてるってことなんざ、すぐにバレるもんなぁ……?」
「ふん、転ばされた拍子に頭を打って妄言虚言の類か。脳外科の医師にも診てもらった方が良さそうだな」
いつまで強がっていられるか、見ものだな。そう思うが、俺も身体が痛くて今は何もできない。ましてここは病院だ、あいつのテリトリーにいる限り、俺は悠に何もできない。
「隼人……」
悠がクソ医者の白衣の裾を掴む。それを見て俺は苛立つ。
「私、帰るから。たかやさんと喧嘩しないで……」
「悠、待てよ……話はまだ……!」
身体を起こそうとしたが、激痛でそれは適わなかった。
「動いちゃ駄目ですよ!…………また、お見舞いにきますから」
お前が離れることが、こんなに不安になるなんて、俺は心の方も重症だ。
また、お前はそうやって名残惜しそうな顔をして俺の前からいなくなるんだな。
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