第32話 メンヘラちゃんは安堵した
【中性的な女
――さっきの人……めのうさん……?
どういう字を書くのかすら分からない。多分、メノウって実際にある石と同じだと思うんだけど、かといって漢字で書けと言われても難しい字だったと思うから書けないと思う。変わった名前だけど、綺麗な名前だと思った。ちょっとぽっちゃりだけど、痩せたらかっこよくなるタイプというか、そういう印象を受けた。
そんなどうでもいい前置きは良しとして、私は高宮瑪瑙さんに渡されたものを見た。
使い古している感じの携帯電話だ。使い古してあると思うのは、別に画面が割れているとか、傷がついているとかではなくて、カバーが若干黄ばんでいるからそう思った。少なくとも新しい感じはしないと思う。
渡されたときは戸惑ったけれど、隼人が私の方を向いているときに、隼人に気づかれないように人差し指を口にあてて「(しーっ)」ってしていた。
その仕草から、隼人には知られたら不味いものだということは解った。
――あぁどうしよう。愛人になれとか言われるのではないだろうか。この携帯に連絡がきて秘密の関係に……!?
とか考えていたけど、その携帯と一緒に手紙も渡された。
「ユウ様……――――……思い出して」
と、可愛い字で書かれている。ユウ様 の後の文字が擦れてよく見えない。なんというか、インクが水で滲んでしまって読めないみたいな感じだ。
――私の……知り合い? しかし様づけって、どんな間柄なんだ。まさか、私の奴隷か……!?
いやいや、財閥の御曹司が私の奴隷のわけがない。そもそも私が奴隷なんてそんなものを飼う訳がない。私はもっとこう、かっこいいものが飼いたい。例えば、ドラゴンとか。現実にいないのは分かってるけど。
そんなことを考えながら携帯の電源をつけると、ロックがかかっていた。パスワード認証のものだ。とりあえず適当に入れてみるか。と思って入力するが、ロック画面はエラ―表示をする。
――なんだろう。ロックナンバー……――――
4桁らしいので私は0000から9999まで入力するという方法を思いついたが、ローマ字も認識するようで、それに5回連続で間違えると30分ロックがかかってどうにもできない。途方もない作業になりそうだったのでやめておいた。こういうのはすぐに根負けする私である。
――しかし……これ誰の携帯なんだろう……これが誰のものなのかすら分からない。でも、なんとなく流れ的に自分のものなのかな?
そう考えていると、ドアが開く音がする。
ガチャリ……
「悠、さっきはすまなかった。一応財閥の人間だから邪見にもできなくてな」
「あぁ……うん。大丈夫だよ」
咄嗟に私は隼人にその携帯を隠し、ポケットにしまった。
***
【ぽっちゃり体型の優しいお坊ちゃん
――いやいや……隼人さんがあんな露骨に嘘をつくなんて思ってなかった
松村さんが遠い親戚だなんて。
亜美ちゃんから名前と特徴は聞いていたから一瞬で解った。隼人さんも本気なんだ。あそこで嘘を指摘してもこちらとしても根拠を示すことはできなかった。
――でも……アミちゃんはユウ様ユウ様って言っていたし、男の人かと思っていたけど女の人なんだな………………女の人が恋敵って……僕、自身なくしちゃうな…………
亜美ちゃんがあまり泣いているから、つい手を貸してしまったけど。
松村さんが記憶を取り戻したら、きっと亜美ちゃんはまた出て行ってしまうのかな。
突然僕のところに来た時は、ついに婚約の件を承諾してくれたのかと思って嬉しかったけど……そんなわけもなかった。
泣きながら僕のところにきて、それ以来別になにをするわけでもなく1日中泣いていて食事もろくにしない。ユウ様がどうのこうのって言うばかり。
でも、僕から逃げ回っていた亜美ちゃんが僕を頼ってくれるのは少し嬉しかった。
亜美ちゃんはいつも僕のことを避ける。
両家が決めた婚約者なのに。僕なりに好かれようと努力もしているのに。勉強も、仕事も、習い事だってしているのに。
――痩せるのは……ちょっと苦手だけれど……――――
僕は亜美ちゃんのいる自分の家に帰ってきた。自室に戻ると膝を抱えて遠くを見つめている亜美ちゃんが見えた。
亜美ちゃんは僕を確認すると、うつろな目を見開いて僕に尋ねてくる。
「ユウ様は!? 会えた!?」
と、急に僕のところに走ってくる。
――あぁ……本当に勝ち目ないなぁ……
そんな複雑な気持ちを抱えつつ、僕は亜美ちゃんに返事をする。
「会えた。携帯電話とメモ、渡して来たよ」
「ユウ様はどうだったの? 元気そうだった? 身体はつらそうじゃなかった?」
また、そうやって亜美ちゃんは泣きそうな顔をする。
「うん、普通に歩いていたよ。会話は少ししかできなかったけど、大丈夫だと思う」
亜美ちゃんはホッとした表情で力が抜けて行ったのが解った。そんなに心配していたのか。でも、ずっと泣いているよりも、少しくらい安心した表情をしていたほうがいいな。
「ねぇ、亜美ちゃん……松村さんて女の人だよね? …………その…………亜美ちゃんは、女の人が好きなの?」
思わずそうデリカシーのないことを聞いてしまった。聞いてから僕は思う。こんなこと聞いてどうするんだろう。でも聞かずにはいられない。亜美ちゃんがどういう人が好きなのかってことを知らないまま、好きになってもらえるわけがない。
とはいえ、亜美ちゃんが「女の人が好き」と言われても、僕は女の子にはなれないけれど。
「違う! ユウ様が好きなの!!」
――あぁ……そうか
松村さんが男でも女でも、きっと亜美ちゃんは松村さんのこと好きになったんだろうな。
僕は、松村さんを思い出す。おどおどしているところとか、ちょっと僕に似ているのにな。亜美ちゃんは松村さんのどこが好きなんだろう。
そんなことを考えながら、僕は亜美ちゃんを見ていた。
***
【長髪のプレイボーイ
こんなことをするのは恰好悪い。でも仕方ない。
俺は、あのクソ医者が病院から出てくるのを待ち伏せした。
長時間待つのは嫌だったし、そんな時間はなかったから、内科の受付の女を口説いてあのクソ医者のスケジュールを聞き出した。
そのために連絡先まで交換したが、途端に彼女面しだして「今度お弁当作るね」なんて。
――用事がなかったらあんなブス、誰が口説くか。身の程をわきまえろってんだ
俺はそう思いながらも甘い顔をしておいた。以前ホストだったときの癖が抜けない。しかし、大体のことはそれでうまくいってきた。
悠のこと以外は。
――あのクソ医者め……
と、思っていたところにその当人が出てくる。
ここで捕まえても、どうせまた同じことになるだろうと俺は解っていた。それどころか今度こそ警察に突き出されかねない。
今日のところはあの医者の車を特定するのが目的だ。あとは発信機を付ければ自宅の場所も解る。まともにあいつが俺を相手にするなんてことは考えられないからな。今は小型の目立たない発信機がネットで買える時代なんだ。
駐車場に停まっていた一番の高級車にあのクソ医者が乗った。偉そうにロールスロイスにお乗りとは驚いた。どこまでも憎たらしいクソ医者だ。
その日はそれで俺は帰った。
***
【数日後】
最近の発信機は、盗聴もできる機能がついているものもある。俺はそれをあのクソ医者の車につけた。
小さいので目立たないし、防水機能もついているらしい。こんなもんが手近で手に入るってことが恐ろしい。怖い時代になったもんだ。俺も気を付けないとな。
こんなストーカーみたいなこと、正直したくなかったが俺は仕事から帰ってきてその記録を確認していた。GPSの移動記録と、録音してある音声データの確認。
――なんで俺が野郎の行動を監視しなきゃらないんだ……
と思いつつ、確認していた矢先に驚くべき会話が録音されていた。
――ザザ――ッ……ハヤト先生……ザ――ッ……どうして連絡くださらないのですか……? ――
女の声がクソ医者に向かって話しかけているところだ。
このクソ医者の昔の女か? それとも今の女か?
――ザ――ッ……婚約者ができたからだ。私は結婚する――
婚約者って、まさか悠のことじゃないだろうな。記憶喪失になった女を自分の良いように丸め込んで婚約者にするなんてまるで絵に描いたような悪人だ。こんな性悪キャラ、フィクションでしか見たことねぇぞ。
――駄目だ、早く悠にもう一度会ってなんとか記憶を取り戻させねぇと
俺はこの数日のあのクソ医者の動きを確認し、推定自宅であろうという場所を突き止めた。そこに悠がいるかどうかは確実には解らない。だが、可能性が高いのはクソ医者の自宅だ。
「ちっ…………ふざけやがって……」
――ザ――ザ――ッ……そんな……! ザ――……私はハヤト先生がいないと生きていけません……ザ――ッ……――
あのクソ医者……他に女がいるのに悠に手出しやがったな。そこまで考えて、自分も同じことをしていることが頭をよぎる。悠美のこと、他の女のこと、沢山俺は罪を犯してきた。そこに弁解の余地もない。
――リリ、ザ――ッもう私に関わるな――
――納得できません!! ――
最近の俺の境遇と似ている。こっちの女の方がまだ悠美よりも上品そうだが。
――お前とは最初から何もない。ザザッ……身の程をわきまえろ……ザ――ッ……――
――あなたの為に、私は……ザ――……私は…………――
――最初から何もない。最初にそう言っておいたはずだ――
――そんな……でも……ザ――ッ…………いきなり婚約者だなんて……! ――
本当にそうだ。突然そんなことするなんて。大体悠が思い出したら即関係が破たんするに決まっている。なのにそんな賭けを……結婚してしまえばどうとでもなると、惚れさせる自信があるということか?
ムカつく医者だが、確かに顔はいい。俺には及ばないにしても。
――お前には関係ない。どけ――
こいつの物言いを聞いていると腹が立つが、俺がしてきたことと何も変わらない。俺が悠にしたことも。俺は録音記録を切ろうとした。どうせこの後も押し問答が続くだろう。
――じゃあ、最後にもう一度だけ……抱いてください……! ――
録音記録を止めようとした手を俺は止めた。
――ザ――ッ……それで諦めるか? ――
――はい……諦めます……ザ――ッ……――
――いいだろう。それで最後だぞ。解ったな? ――
記憶が戻らなくても、悠にこれを聞かせればこいつが最低なやつだってことは証明できるし、結婚の話もなくなる!
俺はそう思い、そのデータをSDカードに保存してそれを持った。
徐々に暖かくなってきた春の陽気の中、俺は薄い上着を羽織って外に出た。
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