第29話 メンヘラちゃんは言い返した
【中性的な女
ストーカー来襲騒動から三週間ほど経って、
ルービックキューブの方は相変わらずコツが掴めず上達しなかったし、あの四角いものを見るのすら嫌になった。隼人さんは簡単そうに六面全部揃えていたけど、世界大会でも出るつもりなのだろうか。
「退院祝いだ」
退院当日、隼人さんがそう言って私に新しい携帯電話を渡してきた。それに対して申し訳ないと感じる。
しかも連絡取り合う人なんて、記憶がこんな状態だから誰がどうだとか全く解らないし……。
隼人さんにストーカーと言われて摘まみ出されたあの髪の長い男が誰なのか、私はずっと気になっていた。
結局あの後、彼は病室に一回も来なかった。来なかったというか、出入り禁止になって来られなかったんだと思う。それについて隼人さんには聞きづらかったから聞けなかった。でも、どんな形であれ、私のことを知っている人だった。だから、何か記憶喪失が治るヒントになればいいと思うんだけども。
――前の携帯、壊れたって言っていたけれど、壊れててもいいから返してほしいな……データとか……多分いろいろあるだろうし
「しばらくまだ安静にしていろ。仕事はしなくてもいい」
隼人さんは自分の車に私を乗せて家まで向かってくれていた。車はあまり詳しくはないが、外国の超高級車……を乗っている。
「なんというか……ごめんなさい」
「別にいい。婚約者なんだから。両親は海外出張中だし、うちにいるのはメイドくらいだ」
「メイド……!」
大豪邸に住んでいるのか。
――……流石医者だな……
全然ピンとこなかった。この人を私は好きだったのだろうか。今になっても、どうやって知り合ったのか、聞きたい気持ちもあった。
「隼人さん――――」
「隼人でいい」
そう言われ、私は彼の名前をおずおずと呼んだ。
「…………はやと……」
「な……なんだ、照れるな。こっちが恥ずかしい」
隼人さん……――――隼人は笑った。私もそれにつられて笑う。
なんだかんだ、私と彼は上手くいっているようだ。しかし、彼の何が好きだったのか、どうにも思い出せない。
きっと、そのうち思い出すだろうと私は考えていたが、1か月程度経っても全然何も思い出せない。
そんな中、スーパー高級車で隼人の家にあっという間についた。車がスーパーカーだというかそういう以前の問題で、隼人の家は病院からそれほど離れておらず、車を使うまでもない程近い距離の場所にあった。
家が職場に近いのはいい事なのだろうか。通勤時間が短いのはいいことだと思うが、プライベートと仕事のオンオフが曖昧になってしまいそうだなとぼんやり考えて――――いる間もなかった。
私は隼人の家を見て驚愕した。
――なんだ、この絵に描いたような大豪邸は……!?
玄関につき、隼人がリモコンキーのようなものを操作すると大層な門が開いた。その中に車で入り、大きな車庫の中に停めた。
「お前の部屋は……私の部屋の隣でいいだろう?」
「うん、どこでも……」
というか、これだけの大豪邸にどれだけの部屋があるのだろうか。そもそも、部屋が沢山あるってことは大家族なのか? 私はあまり騒がしいのは苦手だし、親戚付き合いも苦手だったりするのだが、その辺りも大丈夫なのだろうか。
結婚するとなれば当然親戚関係は避けて通れない問題だ。
――まぁ、こんな大豪邸のエリートの中に変な人はいないよね……
隼人に連れられて豪邸の中に恐る恐る入ると、中身も相当豪奢であった。
いくつもの豪華な調度品が並べられている。赤い高価そうな絨毯や、シャンデリアや、とても同じ日本人が住んでいるとは思えないような内装で、何もかも驚くことばかりだ。
「栗原! 栗原はいるか!?」
隼人がそう呼ぶ。
――くりばら? 隼人が言っていたメイドの人だろうか
「はい、お坊ちゃま」
初老のメイドさんが顔を出してくる。優しげな顔をしていた。それに、一言に「メイド」と言ってもコスプレの類のなんちゃってメイドではなく、しっかりとした生地でできている本格的なメイド服だ。
――うわぁ、本物のメイドさん初めて見た
なんてぼんやりしている場合ではない。
私は隼人の婚約者としてその人に挨拶しなければいけないのだから、見とれていた目と頭を下げ、挨拶した。
「あっ、あの、松村悠と申します。お邪魔します」
私は変な緊張で声が上ずりつつも、深々と頭を下げる。
「あら……あなたは松村さん……? 隼人お坊ちゃまともお知り合いだったのですか?」
「え?」
隼人お坊ちゃま『とも』お知り合いだったのですか?
この家の他の誰かと知り合いなのだろうか。
――こんな豪邸の別世界のようなお家の人と?
私は一体何の仕事をしていたのだろう。医師と知り合いになれる職業……? 看護師とか? いやいや、私が看護師だったら殺人鬼よりも人を殺していることだろう。私は繊細な事柄には向かないタイプなのだ。それだけは分かる。ルービックキューブと格闘していたときにそれは理解できた。
――じゃあなんだろ、医者と会うなら元々患者だったとか?
待て待て、それは早急な考えだ。私は特に内臓に悪いところはないし、内科にかかるような異常は特にないと隼人も言っていた。
――じゃあ合コンで知り合ったとか?
馬鹿め! 私みたいな結婚にガッついてないようなのが合コンなどに行くか! 合コンなんて面倒くさいだけだ!
それに、隼人は合コンとかに行くようには見えないし。
と、私が自問自答をしていると、隼人はメイドさんの方に歩いて行って声をかけた。
「栗原、こっちにこい。悠は少し待っていろ」
「あぁ……はい」
隼人は栗原さんをせかすように奥の部屋へを消えて行った。
私はその豪華な家の玄関に取り残された。
――うーん、素直に後で隼人に聞いてみよう……
豪華な調度品を眺めながら、私は隼人を待った。
***
【ひょろメガネ
「お……お兄様…………」
私の愚妹は私を見るなり、怯えだした。
いつものことだ。
幼少期から私とは圧倒的な差があり、私に逆らうことはできなかった愚昧だ。両親はこの愚妹のことは発達障害の可能性も視野に、あまり厳しくせずにむしろ甘やかしているクチだ。
その結果がこの愚妹。
雨柳家は私が継ぐとしても、こんな愚妹は雨柳家には不要。存在しているだけで家名が穢れる。
このような不出来な人間は昔あった御座牢のように家の中にでも閉じ込めて、飼殺してしまえばいいのだ。医師のエリート家系の雨柳家に精神病院入院患者がいるなんて知られたら、とんだ恥さらしになるからな。
「お前を助けるために悠はあんなところに行ったのだろう? お前と悠はどういう関係なんだ」
どうしてこんな愚妹が悠と知り合ったのか、そもそもこの愚昧は今までどこにいたのかすら私は知らない。
どうせまたどうしようもない男のところを転々としているのだろう。そして、そのどうしようもない男に家の財産を性懲りもなくつぎ込む。いくら金を渡そうとそんなものは所詮、幻を追っているだけに過ぎない。愚妹がどんなに尽くしても、それ以上にその愛情の重さに耐えかねてその男にも捨てられる。
雨柳家の金を食い潰す、さながら寄生虫というのがこいつの的確な表現だろう。
「ユウ様は……亜美の彼氏です」
「は……? 彼氏……?」
愚妹が言った言葉が私にはすぐに理解できなかった。そもそも悠は女だろう。何を言っているんだ。
「お前……節操がないにもほどがあるだろう。悠は女だぞ?」
「そんなこと関係ありません!!」
いつも私に委縮して何も言い返して来ず、ただ泣いてるばかりの愚妹が真っ直ぐ私の目を見て、はっきりとそう強く言い放ってくる。
いつもとは違う妹に、私は少し戸惑った。
「ユウ様は亜美に優しくしてくれました。厳しいことも言ったりしたけど、それでもユウ様は亜美のことを想って厳しくしてくれました。ユウ様は亜美のこと考えて……あんな…………怖いところだって解っているところにも来てくれました!!」
必死にそう訴える愚妹は、いつもの弱々しくおどおどしている様子と全く違った。
――悠も何故、こんな面倒な女に構ったりしたんだ……?
何にしても気に入らないことに変わりない。
「……当人はかろうじて目を覚ましたが、記憶喪失で私のことも、お前のことも覚えていないがな」
私が冷たく吐き捨てると、愚妹はこの世の希望という希望を毟り取られたような顔をしていた。
先ほどまでの威勢も全て失い、絶望の底に叩き落されたような顔をしている。
「え……ユウ様…………記憶喪失………………?」
そうだ、それでいい。
お前はそういう顔で私に口答えしなければいいのだ。
お前のような人間の出来損ないが、私の女に近づいていい訳がない。
「そうだ、頭部外傷による記憶喪失だ。お前を助けに行ったことも何も覚えてはいない。当然、お前のこともな」
こいつのせいで悠は記憶喪失になった。
それだけは、このバカな愚妹に感謝すべき点かもしれない。
――だが待て……こいつに会ったら悠が記憶を取り戻してしまうかもしれない
何せこいつを助けに行ってこんなことになったのだから。悠とこいつを会わせるわけにはいかない。
まぁ、こいつは律華と私がいる家には寄り付きたがらない。だから外で転々としてろくに帰ってこないのだから、近づけさせないのは簡単だ。
悠は退院後、私の家に
悠には記憶喪失のままでいてもらわないと困る。
私は関係をリセットしたかった。
あの時の私の言い方が悪かったとは思わないが、あんな風に関係にヒビを入れるつもりはなかったし、あの長髪の男のことも忘れたままでいてもらわないといけない。
「お前と悠は会わせない。本当に悠のことを想うなら、もう悠に関わるな。疫病神が」
あんな男に惚れているより、私と一緒にいた方が悠は幸せになれる。愚妹に関わらなければこんな不幸なことにもならない。
「ユウ様…………亜美のこと…………覚えてない…………」
愚妹は私の言葉に余程ショックを受けたのか、ボソボソと独り言を言っていてもはや話にならない状態となった。
――こいつを妹だなんて思えない。何の努力もせずに両親に可愛がられたこんなやつ…………――――
「二度とは言わないぞ。もう悠に関わるな。次の男でも探せ」
私は愚妹を背に帰路についた。
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