第28話 メンヘラちゃんは消沈している
【長髪のプレイボーイ
――
引っ掻かれた顔の傷から血が出ているのが解った。
悠の為に何か買ってやろうと思っていたが、よもやそれどころではなく、悠美を振り切るように俺は走った。もう何か買うどころの話じゃない。
――腹に
それは絶対嘘だと言い切れる。俺はそういうのには気を付けてるからだ。遊びの女でも
それだけじゃない。遊びの女は大体股が緩いから性病持ってたりするからな。そういうのになる遊び方は俺はしない。そこは遊んでても冷静にしているつもりだ。
――悠ならあんなこと言わねぇのに……
と、俺は悠美と悠を比べた。
俺と遊ぶ女ってのは悠美みたいなタイプが多い。
会いたいとか、寂しいとか、なんだかんだ言って俺の自由を奪おうとする。俺を独占したいんだ。返事をしないと何度も連絡してくる。言うならメンヘラってやつだな。
でも悠は違った。俺の手を
そんなところが、俺は気づかずに好きだったのかもしれない。
こんなことになるまで、俺は気付かなかったけどな。1人の女に固執するなんて馬鹿げてると思っていた俺には、そういうの分からねぇもんだと思ってた。だってそうだろ? 毎日毎日同じもん食ってたらいくら好きでも嫌になるだろうが。女もそれと同じだ。
結局俺は手ぶらだったものの、無事に病院にはついた。
服はそれなりに洒落てるやつを選んだし、悠の病室につくまでに息の乱れや髪の乱れもしっかりと直す。もしかしたら悠が起きてるかもしれないからな、格好悪いところは見せたら男が
俺は病院の中を歩きながら、患者や看護師を値踏みした。それと同時に患者や看護師も俺を見て値踏みをしている。
まぁ、看護師ってのも悪くねぇけど、結構肉食だったりするからな。あんまりガッつかれると俺も萎える。それに、悠のストーカークソ医者もいるし、悠のいる病院で引っかけると面倒なことになりそうだからやめておく。
まして今は悠がこんな状態だし、あんまり俺も乗り気じゃねぇ。
病室に行くと悠はいなかった。
――いない……目が覚めたのか?
目が覚めたなら色々と話したいことがある。何があったのか、クソ医者に聞いても答えないし、警察に聞いても俺は親族でもない部外者だから詳しくは教えてくれない。
と――――いうか、警察からは何か圧力がかかっているような印象を受けた。
あれだけ大きく報道していたメディアも、すっぱり報道するのをやめて日々天気の話とか、新鮮な事件の報道ばっかりで異様なまでに何の情報も出てこない。
ただ、半グレだかヤクザだかが一斉に捕まったことと、そこにいた2人の女が保護されて、片方――――悠が大怪我をしたってことくらいしか俺は知らない。
その辺にいた看護師に悠がどこにいるのか聞くと、リハビリ室にいると簡単に教えてくれた。
病院内の案内を見ながらリハビリ室にたどり着くと、そこには目を覚ましている悠がいた。
正直、嬉しかった。
目を覚まさないかもしれないとすら思った程酷い状態だったから。
まぁでも、起きなければそれはそれで永遠に誰のものでもなくなるってことだから、それも悪くなかったと考えていた悪い俺も当然いる訳で。
「悠!」
俺が悠を呼ぶと、悠は俺の方を見た。
顔も前見た時より元通りになってきてるし、リハビリもそれなりにできている様子で俺は安心した。
やっぱり悠が1番安心する。
俺は悠以外の何にも目もくれずに駆け寄った。しかし、それを阻止するかのように、白衣の小柄な男が立ちはだかる。
雨柳とかいう内科のストーカークソ医者だ。
「どけよ、野郎に用はねぇ」
俺がそう吐き捨てると、ストーカークソ医者はとんでもないことを言い出しやがった。
「ふん、このストーカーめ。場をわきまえたらどうだ?」
俺がストーカーだって? 何見え透いた嘘ついてんだよ。悠のストーカーはテメェの方だろうが。
それを聞いた俺は思わず失笑する。
「はっ……てめぇの立場が分からねえようだな」
俺はやけに自信満々のストーカークソ医者に少しばかり苛立ったが、こんな奴に苛立っても仕方ない。俺たちはいるフィールドが違う。悠は俺にベタ惚れだ。
このクソ医者の言っていることもすぐに
そう思い、悠の方を見た。
悠は俺の方を見てもうんともすんとも言わなかった。
――?
それどころか、悠は怯えるようにストーカークソ医者の後ろに隠れるそぶりを見せる。
「悠…………?」
――どうしたんだ?
いつも俺のこと見ると、真っ先に笑顔を向けてくるのに。なんでそんな怯えた顔をしているんだ?
悠は怪訝な表情をしているものの、真っ直ぐ俺の方を見つめてくる。いつも俺の目を見るときは恥ずかしがって目を逸らすのに。
「あ、あの……ごめんなさい。私、記憶喪失みたいで…………あなたが誰か解りません。どちら様ですか?」
そう言われた瞬間、俺は後ろから鈍器でぶん殴られたような衝撃を感じた。
――嘘だろ……? 記憶喪失……?
「悠……嘘だろ……?」
率直に俺はそれを口に出した。
「こいつはお前のストーカーだ。相手にするな」
「え……ストーカー……ですか?」
ストーカークソ医者が根も葉もないことを言うと、悠はますますストーカークソ医者の後ろに隠れる。
違うだろ。ストーカーはお前だ。
「おいクソ医者、何言って……」
「おい、警備員を呼べ。こいつを出入り禁止にしろ」
それを聞いた瞬間、俺はキレた。
瞬時にストーカークソ医者の胸ぐらを掴みあげる。
記憶喪失なんて都合の良い状況で、自分にとって都合の良いように悠に吹き込みやがった。
周りにいた看護師だか何だかは小さく悲鳴をあげて後退りをした。
「てめぇ! どういうつもりだ!? テキトー言ってんじゃねぇそ! 悠に何吹き込んだ!?」
胸ぐらをつかみあげられてる状態でもストーカークソ医者は涼しい顔をして、悠に聞こえない程度の小声で俺に耳打ちする。
「ここで暴力事件を起こしてみろ。お前はすぐに刑務所にぶち込まれるぞ。執行猶予も無しだろうな。色々悪いことをしているようだしな」
「てめぇ……! 悠に言ったこと訂正しろよ!」
俺は怒りでその後のことなんて考えられなかった。
記憶喪失になっている悠に、俺がストーカーだなんて吹き込みやがった。自分のことを全部棚に上げて。どういうルートだか分からないが悠の携帯番号や住所を知っていたコイツがまともな訳がない。
――許せねぇ……! この異常者が……!
「や、やめてください」
悠が、弱々しく仲裁に入る。怪我もあってろくに動けないのに、それでも必死そうに俺とストーカークソ医者を止めようとする。
――なんでこんなやつ庇うんだよ
俺のことだけ見て、俺のことだけ考えて俺のものでいればいいんだよお前は。お前はそれで幸せそうにしてただろうが。
俺がいればそれだけでいいって言っていただろうが。
なに俺のこと忘れてんだよ。お前だけは俺の味方だろ?
俺が何してもお前だけは許してくれるだろ?
――なぁ…………――――
「悠……本当に俺のことが解らないのか?」
「………………ごめんなさい……」
悠は、気まずそうに俺から視線を逸らす。
俺はストーカークソ医者を放して、悠を抱きしめた。無理矢理に。いつもそうしていたように。
だが、それはいつも通りではなく、悠の身体がこわばるのを感じた。
俺がこうするといつも、嬉しそうに腕を回してくるのに、悠はそうしてこない。
「俺のこと、思い出せよ……」
抱きしめる力を強めると、悠は痛がるそぶりを見せたので俺は力を緩めた。すると、悠は俺の胸に手を置いて、押しのけるように俺から離れた。
そのまま悠は後ずさる。
怯えきった目で俺のことを見た。
俺は、そんな悠をみて傷ついた。
今更、俺が傷つく権利なんてないって分かってても、それでも俺は傷ついたんだ。
まるで、奈落の底に突き落とされたような気分だった。
時間がいやにゆっくりに感じた。周りのガヤも聞こえない。不意に涙があふれて出てきた。
――俺、泣いているのか? こんなにお前のこと好きだったっけ……?
涙が、悠美につけられた顔の傷に染みて痛みを感じる。
裏切られるのも、見限られるのも、いなくなられるのも慣れているのになんでだろうな。俺は汚い人間だけど、それを解った上で側にいて、俺に応えてくれたお前にこんなふうに拒否されるなんてショックだよ。
そんな目で見ないでくれ。
「あ……あの…………」
「何をしている、警備を呼んでさっさとつまみ出せ!!」
悠が何か俺に言おうとしたが、悠の言葉を遮るように、ストーカークソ医者がでしゃばってくる。悠は半ば無理やり看護師に連れられて、俺に何か言いたげな顔で俺の方を振り返りながら病室の方へ連れて行かれた。
「悠……!」
それを追いかけようとするが、男の看護師と警備の人間に取り押さえられ、それは適わなかった。
――これが、お前を裏切り続けた俺の罰なのか
そんなことを考えたが、そのときにはもう何もかも手遅れだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます