第27話 メンヘラちゃんは失墜している




【長髪のプレイボーイ 孝也たかや


 俺は商店街を歩いていた。がやがやとした喧騒が耳に入ってくるし、それに俺の腕に絡みついてくる女の声も耳に入ってくる。

 悠美ゆみだ。

 正直もう鬱陶しい。わざと俺の腕に胸が当たるようにくっついてくるが、今はそんな気分じゃない。


「………………タカ……怒ってる?」

「怒ってねぇよ」


 イライラはしているけどな。


「………………ねぇタカ。あたしたち付き合ってるよね?」


 ――は? 


 何言ってんだこの女。


「…………俺、行くとこあるから今日はもう解散にしようぜ」


 悠の容体を見に行きたい。そもそも、悠に何か買ってやろうと思ってうろついてたら、偶然悠美に見つかってしまった。だからまだ何も買えてない。俺が行きそうなところは悠美も分かってるだろうから、恐らく待ち伏せのようなもんだろう。思ったより町が狭いとか、そういう問題もあるだろうが。

 悠美の前で何か買っただけで「他の女にあげるのか」と問い詰められるのが目に見えてる。それは正直面倒臭い。


「…………他に女いないよね……タカ……?」

「いねぇよ……」


 うぜぇ女。

 こういう女が一番面倒くさい。

 別に、他に女がいてもどうでもいいだろうが。俺を独占して何になるってんだ。独占したらしたで、後で勝手に白けて冷めて他の男のところに行くような女だろうが、お前は。


「じゃあ、ユウって誰?」


 悠美から悠の名前が出た時、ドキッとした。

 なんで悠のこと知っているんだと俺は悠美を見る。悠美は不安そうな顔をして俺の顔を見つめてきた。


「俺の知り合いの女だけど? つか、なんで悠のこと知ってんの?」

「…………タカの携帯見た」


 ――この女、マジで何してくれてんの?


 俺の携帯の他の女とのやり取り見ておいて『あたしたち付き合ってるよね?』とか言ってんのかこいつは?

 腕に絡みついてきている悠美を俺は振りほどいた。


「そういう女、俺、マジ無理だから」

「酷いのはタカのほうじゃん!」


 悠美は突然キレだして大きな声を出す。必然的に周囲の視線が集まった。

 本当にめんどうくせぇ女。セフレだって解れよ。俺が時間割いてやってるだけありがたいと思え。


 ――悠はこんなこと、言わねぇのに


 そう思うと、余計にイライラしてくる。


「あたしはっ……本気なのに……っ! タカのこと愛しているのにッ!!」


 ――愛しているだって?


 愛って、相手に押し付けるもんじゃねぇだろ。


「なんでタカは……ゆみだけ見てくれないの⁉」


 泣き始めた悠美に、俺は完全に萎えていた。

 お前にそこまで魅力あると思ってんのかよ。

 頑張って化粧してその顔だし、腹の肉もぶっちゃけたるんでる。若いから肌に艶はまだある方だろうが、そのまま歳取ってみろよ、ガサガサになって目も当てられなくなる。それに、日サロ行って焼いてんだろうけど、そんな褐色の肌が綺麗なのは最初だけで、焼いた分だけシミとシワになる。そうなったときのこととか考えてんのかよ。

 そのときお前の女としての価値はどれだけ残ってんだ? 仕事もフリーターで転々としてるだけだろうが。その日暮らしの緩い股のお前にどれだけ価値があるってんだよ。

 と、色々言いたいが、余計に面倒なことになると解っていたので俺は何も言わなかった。

 こういうとき、素直に謝って穏便に済ませてゴネさせないのがスマートなやり方だって分かってたけど、俺はイライラしてたのもあって本音を漏らしてしまった。


「お前、いつも自分のことばっかで俺のことなんも考えてないじゃん」

「考えてるよ! タカのことばっか考えてるよ!? 今何しているかなとか……――――」

「そうじゃねぇ。俺の気持ちとか全部無視して、自分の気持ちばっか押し付けてくるだろって言ってんの」

「いつもタカのこと思ってるもん……っ!!」


 ダメだ、埒があかない。

 やっぱ頭悪いわ、こいつ。


「ぐだぐだうるせえ女は無理だわ。じゃあな」


 俺が背を向けると、悠美は俺の腕を掴んだ。


 ――なんなんだよ、本当に


 乱暴に振り払い、向き直ると悠美は縋るような表情をしていた。大体の女はいつもこうだ。だから嫌いなんだ。


「あたし……ッ! タカの子がお腹にいるんだよ……!?」


 ゾッとするようなことを大声で言う女に、俺は眩暈を覚えた。




 ***




【中性的な女 ゆう 一週間後】


 ――いたたたたた…………リハビリってのは、結構ハ―ドなんだな


 リハビリ室で、私はリハビリをしていた。いや、リハビリ室ですることと言ったら、それはリハビリ以外のなんだという話なのだが。

 自分が何の不自由もなく生活しているときは、こんな風に歩いたりするのも当たり前のようにできていたのに。不自由になって初めて自分が自由だったことを知る。


 病院生活というのは退屈だ。

 隼人さんが仕事終わりに来てくれるけれど、なんか照れくさいし、なにより変な感じがする。

 よく知らない婚約者っていうのはさながら、親が決めた結婚相手みたいな感覚だ。それを差し置いても、なんだか変な感じがする。違和感がぬぐい切れない。


「今日はここまでにしましょう」


 ずっと私に憑いていてくれた病院の職員さんが、私にそう言ってくる。


「ありがとうございます」


 丁度そこに隼人さんが前方から歩いてきた。リハビリの職員の人は隼人さんに会釈する。ここ数日で分かったことは、隼人さんはこの病院でもかなり偉い地位にいるということだった。ネームプレートに「部長」の文字があるが、それをひけらかしてこない辺りに好感が持てる。


「リハビリはどうだ? 順調か?」

「んー、どうですかね。まだ思うように体が動かなくて……」

「無理するな。しばらく退院できないだろうしな」


 ――はぁ……そうなのか……暇なのは辛いな


 携帯でもあれば少しは暇つぶしのゲームとかできるのに、今は持っていないし。


「はい、解りました」


 私がそう返事をすると、隼人さんは少し伸びた髪をかき上げ、なにやら言いたげに目を泳がせる。


「悠……敬語で話すのはやめてくれないか。お前らしくないし、私たちは同い年なんだから」

「え、同い年……!? 年上かと思ってました……」


 隼人さんはそう言った私を少し笑った。クスクスと上品に。何か笑うようなことを言っただろうか。


「お前、初めて歳の話をしたときもそう言っていたぞ」


 そう言われ、なんだか悔しい。自分が覚えていないのがもどかしい気持ちになる。


「今夜外出できるか聞いておく。部屋で休んでいろ。あと、暇つぶしにこれでもどうだ?」


 隼人さんは小さなルービックキューブを白衣のポケットから出した。


 ――うわぁ、さすが医者。暇つぶしのレベルが違う


「ありがとうございます……あ、じゃなくて、ありがと…………なんか、照れるな。急に敬語じゃなくなるのって」


 ルービックキューブの1面くらいは揃えられるかもしれないが、全面揃えるなんて到底私にはできない。コツがあるのだろうが、コツを掴む前に絶対に発狂すると思う。


 ――ルービックキューブ苦手なんだけどな……やってみるか


 その色鮮やかな四角い物体を私は見つめた。それをぼんやり見ていると


「悠!」


 私を呼ぶ声が聞こえた。

 低い声だった。縋るような声だ。

 私は声のする方を振り返った。隼人さんも同時に。

 そこには、黒髪長髪で、黒い衣服を着ている顔に生傷のある男が立っていた。



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