第24話 メンヘラちゃんは怯えている




【長髪のプレイボーイ 孝也たかや


 やっと悠の状況を聞き出した俺は、信じられないという気持ちでいっぱいになった。状況は悠の携帯に電話し続けたら警察が出て、そこから聞いた。

 悠が刺され、頭蓋骨骨折で意識不明の重症だと。

 あの意味不明な電話の後、何度電話しても出やがらなかったのは、最後に話せてと言ったのは、冗談でもなんでもなかったとその時知った。


 悠は俺の前から突然消えた後、独りよがりで突っ走って、勝手に傷ついて、俺のことを結局遠ざけた。

 俺も悠のことはその程度の女だったと思うことにした。

 よくある話だ。別に色恋沙汰なんていつもそんなもんだと。

 でもあいつは、それでも俺には心底惚れて、俺だけ見ていたってことは解ってる。

 他の男に気移りして俺のこと遠ざけたわけじゃねぇってことだけは、何となく解っていた。


 女なんて他にいくらでもいた。

 でもあいつは他の女とは少し違っていた。女らしくないってところも含めて。

 偶然あの店で見かけたときは、目を疑った。男と大喧嘩して出ていくところだった。

 口調から解った。あの男が、あいつが惚れている男じゃないってことくらい。

 俺に対してあんな荒っぽい口をきいたことは一度もなかった。そんな一面、俺は見たことがなかった。


 ――なんだよ、言いたいことちゃんと言えるじゃねぇか


 俺にはいつも何も言わなかったのに。従順な女ぶって、本当は人一倍我儘な女なくせに。


「お前……この前の……」


 悠の病室に入ると、この前の店で盛大にフラれていた男がいた。

 ただそこにいる訳ではなく、白衣を着ているのが目に入る。


「お前医者だったのか?」

「だったらどうした下劣な愚民風情が」


 俺に対して明確な敵意を向けて来やがる。

 まぁ、あんなことがあったんだから当然だろうが、どれだけ凄んで来ようと下から見上げながらじゃ全然恰好つかないぜ。


「診察が済んだならさっさと出ていけよ。俺はそいつに面会にきてんだ」


 クソ医者が俺の方をじっと睨みつける。

 そんなこと俺は気にせず、悠のベッドまで行った。

 ひでぇ有様だと俺は思った。体中傷だらけで、腫れているし変色もしている。包帯がぐるぐる巻いてあって痛々しい。


「悠…………」


 顔に触れた。少し冷たい。髪もいつもにも増してボサボサだ。爪も少し伸びている。それが生きている証だ。


「お前はこの女のなんだ?」

「てめぇこそなんなんだよ。悠のストーカー野郎が」


 この会話を悠が聞いていたら、一体どんな反応をするんだろうか。悠は俺の側につくだろうな。いつ、どんな時でも。


「お前、医者なら絶対に悠を治せよ。治せなかったら許さねぇからな」

「自分にできないくせに偉そうに」

「うるせぇよ。できるのか、できねぇのか!?」


 俺はクソ医者を睨み付けた。


「……最善はつくす」

「けっ……医者らしい保守的な台詞だな。悠のストーカーだからって、好き勝手やるなよな。手ぇ出したらお上に報告しててめぇをクビにさせてやる」

「私はストーカーではない。それに、私は部長だ。私の上に意見をあげるのは困難だと思うが?」


 ――ちっ……寄りによってこんな奴が悠の担当医かよ。ストーカーが担当医だなんてゾッとするぜ


 ストーカーってのはストーカーの自覚がねぇもんだ。


「お前、悠の連絡先とか、家とか知ってんのおかしいだろ」

「……偶然事情聴取の時に聞いて知っていただけだ」

「100歩譲って偶然知ってたとしても、悠の家に行ったりするのは常軌を逸してるぜ。わかんねぇかなぁ? てめぇをクビにすんのに表のルートが駄目なら、俺は裏のルートがあんだよ」

「…………」


 俺みたいな裏の世界の人間と、表の世界で医者をやってるコイツじゃ、戦い方が違う。表世界で叩けばほこりが出るようなやり方をやってる奴は、俺の敵じゃねぇんだよ。


 ――俺のこと本気で愛しているなら早く目ぇ覚ませ。好き勝手言いやがって


 俺はクソ医者がいることも忘れて、悠の手を握り見つめ続けた。

 眠り姫と言うには、あまりにも痛々しい姿だ。




 ***




【ひょろメガネ 隼人はやと 一週間前】


 ――くっそ、こんなことになるなんて!


 私はその阿鼻叫喚の地獄絵図を最前線で見ていた。

 あの女の腹部に深々とナイフが刺さっている上に、頭から出血し、そこら中から切り傷による裂傷から少なくない出血を伴っている。

 見るに堪えない状態の女に駆け寄って応急処置を私は夢中で行った。いつも患者の血液を触るようなことがあれば必ず手袋をしているが、持ち合わせがない為に素手で止血をすることになった。そんなことを気にしていられる程、悠長な状況じゃなかったからだ。


 外は警察が急いで規制線を張ったとはいえ、これだけパトカー及び救急車が来たせいで、自然とそれが人目につく。

 その様子を嗅ぎつけて報道記者やテレビのニュースキャスタ―やら、野次馬やらが怖いもの見たさで周りで騒ぎ立てる。人だかりができて大騒ぎになっていた。


 部屋の中には意識がない半グレかヤクザの者が何人もいて、顔面から出血しているものも沢山いた。

 だが一緒に入った望の指揮もあり、さっさと捕獲されて病院送りになったり警察署送りになったりして、私の処理の邪魔にはならなかった。


「なにが起きたんだよ……」


 道具がないと止血も処置も限界がある。早く病院で適切な処置をしなければならない。まして、私は内科医だ。一通りの技術はあるが本格的な外科の領域は本分ではない。これだけ深くナイフが刺さっているところを見ると、


「ユウ様……!」


 その混乱の騒ぎの中、よく通る声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある声だ。

 悠の傷口を手早く止血した後に視線をそちらに移すと、その女も私の方を見た。


「お前……!?」

「ひっ……」


 半分黒髪で、半分金髪のその女は、私を見るなり小さく叫び声をあげた。


「ここで何をしている……? もしや、コイツの友達って……お前のことか!?」


 そう女に問うてみたが、その答えを聞いている余裕がなかった。かなり悠は危ない状態だ。

 意識が全くない。呼びかけにも何の反応もしない。


「頭を怪我しているようだが、殴られたのか?」

「……っ……」


 女は私の問いに答えない。怯えた様子で私と目を合わせようとすらしない。


「早く答えろ! 人命がかかっているんだぞ!」

「あ……頭を何度も蹴られて……」


 ――なんてことを……


 頭をなるべく動かさないように私は処置を再開した。


「邪魔になるからあっちへ行っていろ!」

「………………ユウ様はっ……助かるのですか!?」

「うるさい! 今尽力を尽くしているのが見て分からないのか!?」


 怒鳴ると、その女は泣きながら私の視界から消えた。

 私は救急車に一緒に乗り込んで処置をし続けた。

 私が勤務している都立病院に搬送するように指示する。そこから一番近いところもあったが、設備がたかが知れているところでは満足に処置ができない。

 腹部に刺さっている刃物は、病院につくまでグラグラしないように固定し、止血を施した。


 ――頼む……死ぬな……!!


 救急車が通るというのに、聞こえていないのか交差点に進入してくる車も、道を開けないやつらも、全員死刑になればいいと私はこの時強く想った。

 他人の命なんてどうでもいいという人間ばかりだ。


 そこで私はハッとする。


 私も、他人の命なんてどうでもいいと思って生きてきたと思いだした。

 仕事だから命を救ってきた。自分の力量を見せつけるため、研究成果の為に患者を診てきた。まるで、モルモットか何かのように。私が対応してきた患者の家族や恋人、大切な人というのは、きっとこんな気持ちで、天に祈りを捧げるような気持ちで私に命を託してくれていたのかもしれない。


 私の今までの業のせいで、この女が死なないことを私は祈った。



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