第23話 メンヘラちゃんは同じことを繰り返し言っている




【軽薄な警察官 のぞむ


 それはそれは大騒ぎになった。

 意識不明で腹部と頭部に重症の傷を受けた女性。

 各所に打撲の痕がある正気を失ったゴスロリ少女。

 意識不明の血だらけ、顔面骨骨折や各所骨折や打撲の男が何人か。この男たちは僕たちがマークしてた半グレやらヤクザの組の連中だ。薬物、暴行、殺人、強盗、強姦……で、この事件。

 中はもう地獄絵図のようだった。ここで一体何が起きたというのだろうか。


「まったく、事件だなんだって言って隼人が大騒ぎするから、試しに行ってみたら本当に大事件なんだからさぁ?」

「お前がごちゃごちゃ言っていなければもっと早く助けられたではないか!」


 隼人が物凄い剣幕で僕のことを責め立てる。そんなに怒らなくてもいいのに、と僕は思いながら怒っている隼人を観察する。


「ごめんて。だってそんなの信じられなかったしさ。いくら僕がそれなりの地位にいても、不確実な情報で大人数を動かすのは大変なのよ?」

「あと少し遅かったらあの女、死んでいたんだぞ!!」


 珍しく熱くなっている隼人が僕にとっては不思議だった。

 いつも何があっても冷静で、人のことを完全に常に見下しているのに。そんな女1人に固執する意味も分からない。


「隼人、もしかしてあの腹部重症の女の人に惚れたの?」

「っ……!? そんなわけないだろう!!」


 ――ははぁん……図星だったか


 なんて解りやすいんだろう。

 珍しく隼人が1人の女性について僕に色々情報を聞いてきたけど(正直、情報を渡すのは結構ヤバいんだけど、隼人を敵に回す方がヤバイから教えちゃった。でも、ま、そのおかげで助かったみたいだし、いいよね☆)その人が、多分あの腹部重傷の人なんだな。


 ――意外だなぁ……隼人はもっといい女沢山いるのに、分からないな


 まぁでも、きっと相手がヤクザだか半グレだか分からない、人数も分からない、手段も分からない連中の中に1人で特攻していく女の人は、隼人にしたらかなり刺激的なのかもね。


「隼人が誰かを好きになる日がくるなんて意外だわ。お赤飯焚かなくちゃね」


 僕がヘラヘラ笑いながらそう言うと、隼人は暗い顔をした。


「ふざけるな。意識も戻っていないのに」


 今、女性は隼人の病院でずっと治療を受けている。かなりの重症だ。僕と隼人が駆けつけた時、すでに意識はなかった。心臓とか呼吸も一瞬止まってたみたい。救急車の中で隼人が手際よく処置したから運よく助かったみたいだけど、隼人があの場に居なかったら死んでたかもね。


「症状的にはどうなの? ていうかあの女の人があの男どもをボッコボコにしたって聞いたけど、そんな鬼みたいな女の人が好きなんて隼人意外とドMなんじゃないのー?」


 暗い顔をしている隼人を少し励まそうとして茶化すと、隼人は眉を吊り上げて更に機嫌を損ねたのか声を荒げた。


「ふざけるなと言っている!」


――はいはい、分かった分かった


 これ以上茶化すと、箸より重いもの持ったことないような隼人が殴りかかってきそうだったので、僕はそこまでにしておいた。


「まぁ、意識戻ったら教えてよ。僕はこれから別の事件だから」

「あぁ……目を覚ませばいいんだが……」

「隼人ってば乙女~」

「うるさい早く行け!!」


 隼人を適当に茶化して僕は別れた。

 今までの隼人は、女なんてすりよってくるゴミか何かのようにしか思ってなかったみたいだし、女癖は悪かったし、あぁいう強情な女の人の方が自信過剰な隼人にいい薬になるかも。とはいえ、無鉄砲が過ぎると思うけど。


 ――でも…………意識が戻らなくてもう一週間にもなる。


 頭にかなりダメージがあったようだ。このまま起きないってこともあり得る。

 頭蓋骨骨折の重体だった。彼女のものと思しき警棒とアイスピックは押収してあるけど、目を覚まさないと事の真相も解らないままだ。

 ましてあの重体に、隼人の圧力があっては事情聴取にも簡単にできない。仮に真相が分かったとしても、隼人の力でもみ消してしまうことくらいできる。裁判がどうのこうのって話は正直、女性の情報を流しちゃった僕にとっても、それを得た隼人にとっても都合がよくない。それが伏せられたとしても、あれだけのことがあったのだから正当防衛って話に持って行くのも結構苦労する。

 一応、あのゴスロリ少女に事情は聞いてはみているけど「ユウサマがどうのこうの」としか言わずにはっきり言って事情聴取にならない。

 男どもの方はあの暴力女が暴れるに暴れて自爆したようなこと言ってるし。それが嘘なのは分かってるけど。


 ――これを隠蔽するのは大変だなぁ……


 ほんと、隼人と一緒にいると先が思いやられる。




 ***




【ひょろメガネ 隼人はやと


 私は仕事に一区切りがついて、あの女の病室に立ち寄った。

 蒼白な顔、包帯の巻いてある頭、あんな暴力をふるうようには見えない細い身体に長い睫毛。ところどころの骨折や打撲傷。刃物による切り傷、刺し傷。

 私はこの女の腹部の傷を確認した。縫合も済んでいるし、特別におかしな点はない。

 点滴が静かに流れ落ちる。


 ――もう、二度と起きないなら私はどうしたらいいんだ


 医者をやっていてさまざまな人間の治療をしてきた。

 救急外来で急患が来ても冷静に対応して命を救ってきたはずだ。だがその中にもどうしても救えずに零れ落ちていく命というのはある。それは私の力量ではどうしようもないことだ。助からないことも珍しいことではない。

 そう、いつも諦めていた。

 だが……本当に救いたいと願う命を私は救えないのか。

 このまま眠り続けて帰らぬ人になってしまうのか。


 ――あの強気な態度はどうした? 私にぶしつけに啖呵を切って私を振り切って逃げたあの威勢の良さはどうした? 目を覚ませ


 私は少し冷たくなっているこの女の頬に触れた。その顔を見つめていると


 ガラガラガラガラガラ……


 と、音がした。

 私が振り返ると、いつぞやに見かけた、私に失礼なふるまいをした長髪のいけ好かない男が花束を持って立っていた。



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