第4章 籠の鳥
第19話 メンヘラちゃんは裸足で走っていた
【ひょろメガネ
苛立ちが抑えきらない。
この私と食事の途中で姿を消すなんて。私にあんな口のきき方をするなんて。
――私に恥をかかせるなんて……!
家に直接行って叱責しないと気が済まない。苛立ちが募る。あんなぞんざいな扱いを受けたのは生まれて初めてだ。
いつも私には女が群がってくる。
求めてもいないのに、医者というだけで、名家というだけで、容姿が整っているというだけで、金を持っているというだけで。
甘い飴に群がる蟻のように、死体に群がるハエのように、そうやって私に寄ってくる。
そして、私の言う事を何でも聞く。その女どもの返事は必ず「はい」か「YES」だ。
私はあの女のことを考えた。
ドレスを纏い、そしてきちんと化粧をして髪の毛をセットしているあの女……――――
――ふん、元が残念すぎたからそのギャップで物凄く良く見えただけだ。あの程度の女、どこにでもいる
私にあんな態度をとっていいと思っているのか。絶対に後悔する。この私にあんな態度をとって無事に済むと思うなよ。
私はあの女が住んでいるアパートの前まで来た。
警察の知人にあの女の住所や電話番号などを全部情報提供をさせた。無論、本来職権乱用でそんなことはしてはいけないが、私が情報源を外部に漏らさなければ何と言う事もない。
まったく、忙しい私がわざわざ時間を割いて会いに行くなんて、本来なら絶対にあり得ない。私は医学部長だぞ。診察も、学会に発表する為の論文も書いているし、研究もある。部下に的確に指示を出したり、実家の事柄なども様々な仕事があり、こんなくだらないことに割く時間など、本来ないのだ。
だが、私を侮辱したあの女を
だから早くこの例外的な女の問題を解決して清々しい気持ちで日常に戻らなければならない。
――ふざけた女だ……
などと、考えながら玄関の前まで来た。小窓がついているが、明かりがついていないようだ。まさか、こんな早くに寝ているのか? まだ22時前だというのに。
一先ずはインターフォンを押す。
ピンポーン…………
…………反応がない。
寝ているのか? 居留守か? いないのか?
私はあの女の携帯番号に電話をかけてみる。
プルルルルル………………プルルルルル………………
「……はい」
他人行儀な声であるが、それでいて、気怠そうな声が電話越しに聞こえる。
「おい、お前今どこにいるんだ?」
「…………どちらさまですか?」
今度は怪訝そうな声だ。
「私だ。
「…………なんで携帯番号知ってるの?」
「事情聴取の時にお前が言っていた番号を記憶していただけだ」
大嘘だ。
無論、その程度のことは私にできないことはないが。
「それ、普通に気持ち悪い。ところでなんの用? 取り込み中なんだけど」
「気持ち悪いとはなんだ。どこにいるのかと聞いているんだ。答えろ」
私よりも優先するべきことなど、この世には存在しない。この私の貴重な時間を奪っているのだから、この女は大罪人だ。
「なんでそんなこと指図されなきゃいけないの。立て込んでるから、切るよ」
「おい、私からの誘いを……!」
言いたい言葉を言い終わる前に電話が切れた。
私の苛立ちが鋭いものに変わっていく。これ以上私を苛立たせるな。
即座に電話をかけ直した。
プルルルルル………………プルルルルル………………
暫くコールしているのに、出る気配がない。
ここまで私をコケにした女はこいつが初めてだ。
私は絶対にこの女を
***
【中性的な女
――なにこいつ。気持ち悪っ
着信拒否しようとしたが、また着信が入る。このパターンは良く知っている。切っても切っても延々とかかってくるパターンだ。
放っておこう。今はアミに電話したいのに、鳴りやまない電話がそれを邪魔する。
一度は家に帰っていたはずなのに、アミのことが気がかりで落ち着かず、結局探している。この広い街で、1人で探すのも大変な上に、見つかるわけがないと解っているけれど。
電話に出てほしいと、
鳴り響く呼び出し音。
――頼む出てくれ、頼む……
と、祈った矢先に呼び出し音が途絶えた。
――やった、出てくれた!
と私は恐る恐るアミを呼ぶ。
「アミ……?」
「………………」
返事がない。返事こそはないが、なにやらガサゴソ音が聞こえてくる。
「アミ? どこにいるの?」
流石にあんな形で出て行って、私と話しづらいのだろうか。アミからの反応を待っていると、やっとアミの声が聞こえてきた。
「――ン……助け――――……!」
「え? 何? 電話遠いんだけど、今どこにいるの?」
「――――……うるせぇ騒ぐな!」
――え……? 聞き間違い……?
男の声が聞こえた。
台詞から、タイミングから、何もかもから嫌な予感が背筋を伝う。
「アミ? アミ!?」
アミを必死に呼ぶが、アミの声は聞こえない。ガサガサという音が聞こえるだけだ。
しばらくすると、アミではない声が私に返事をした。
「よぉ……お嬢ちゃん」
男の声。声で耳を舐められたような感覚がした。
「お前……誰だよ。アミに何した……?」
本当に嫌な予感しかしなかった。良い予感なんてこの状況で感じ取れるわけもない。
「駅で俺らのこと、コケにしたの覚えてるか? ん?」
――駅……?
一番最初にアミと出逢ったときに絡んできた男たちなのだろうか。
カフェモカをバイクだかスクーターだかなんだかに溢された程度でこんなことをして、なんて器の小さい連中なんだ。
そう口に出して罵りたかったが、アミの安否が解らずに私は安易にそう口に出せない。
「おっと、警察に言おうなんて考えるなよ。お前1人で来るんだ。×××町にある、風俗街の『ダムド』って店の前に来い。不審な奴をつれてきてみろ、この女がどうなっても知らないぞ」
こんなことをする連中なら、本当にアミに何をするか解らない。
「……解った。今から行く。でもそれだけじゃ場所が解らない。位置情報送ってよ」
「ダメだ。自分で調べてこい。今から30分以内に来い」
ブチッ…………ツ――……ツ――……ツ――……
なんなんだあの子(アミ)は疫病神か。トラブルを巻き起こす天才か? そういう星の元に生まれ出でているのか?
そうして悪態をついても仕方がない。私はすぐさま×××町にある『ダムド』という店を調べた。
ダムドとは、忌々しいとか、地獄に落ちるべきとかいう意味だった気がする。全くその通りだ。こんなことする奴ら、地獄に堕ちればいい。
――いや…………私が地獄に叩き落としてやる
店はここから約15分程度の場所にあった。
しかし、いくらなんでもしかし丸腰で行くわけにはいかない。家にある武器を服の下にしまって行こう。一度家に帰ってから行ったとしてもギリギリ間に合うはず。
私は家に向かって走り出した。
最善の策を考えながら。
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