第18話 メンヘラちゃんは嫉妬している
【中性的な女
家に帰ると、夜も遅いというのに電気がついていた。
持ち金が少なくタクシーに乗れなかったので、歩いて帰ってきたせいもあり、大分遅くなった。
正直、色んな意味で疲れた。ゲームのドラゴンの世話もしているが、正直、ドラゴンに申し訳ないが身が入っていない。私の唯一の楽しみなのに、それが全然楽しくないのだ。
――アミはまだ起きているのか……
私が玄関の鍵を開けて入ると、アミは慌てたように走って私を出迎えてきた。
「ユウ様おかえりなさい! 遅かったので心配しました…………あれ? お化粧されてるのですか? 髪の毛もいつもより素敵です」
「あ……あぁ、化粧させられたんだよね。髪の毛も」
スプレーで固められている髪の毛を触ると、ごわごわしている。シャワーを浴びたい。
「誰かとお食事に行ってきたのですか?」
「この前絡まれていた変な奴を助けたら、その変な奴が食事をしたいと言ってきたから仕方なくな……」
「それは……男の方ですか?」
「あぁ、そうだよ」
本当に胸糞悪いやつだった。
私は会話をしながら靴を脱いで家にあがる。
――あぁ、疲れた。それにろくに食べていないからおなかも心なしか空いている気がする。なんか食べ物あるかな……
と、私は冷蔵庫を開けた。すぐに食べられそうな手頃なものはなかったので、とりあえず牛乳でも飲んでおくことにする。
「また……その方とお食事に行かれるのですか?」
不安げにアミは私にそう問いかける。
二度と行くか! あんなやつとなんて。いくら高級レストランでも、どれだけ料理が美味しかったとしても、どれだけ日常とかけなはれた体験ができるとしても、あんなやつと一緒だったら何もかもが台無しだ。
「もう二度と行かないよ。半ば逃げてきたし」
それを聞いたアミは半ばホッとしたような表情をする。
「何かあったのですか……?」
「あぁ……なんか、金と地位を誇示してくる、どうしようもない野郎だったわ」
牛乳をコップに注ぐ。
「人のことを駒にしか思っていないようなやつさ」
うん、牛乳はおいしい。
でも、そのおかげで孝也さんに会えた……し…………悪いことばっかりじゃない……ような気もする。
「それにしても……ユウ様、なんだか少し嬉しそう……」
「えっ……」
無意識でニヤニヤしていたかと口元を押さえる。
「……そうだな……レストランでさ……昔好きだった人に会ったんだよね……」
昔好きだった とは、とんだ嘘をつくものだ。
今も好きなくせに。
「私……やっぱりまだ好きみたい」
苦笑いでアミの方を見たら、アミは苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
そして勢いよく抱き着いてくる。持っていたコップに入っている牛乳が衝撃で少しこぼれそうになったが、なんとか耐えた。
「あ、アミ?」
「嫌です! ユウ様は亜美のものです!」
私を抱きしめるアミの腕の力が強くなる。
「嫌です……ユウ様…………嫌です…………ユウ様が亜美以外の人を好きになるなんて、嫌です……」
この子が感じている激情を、私もあの頃感じていた。どれだけそれがつらいかも知っている。
でも――――
「アミ……解ってほしい。私は……――――」
同性愛者じゃないんだ。
「………………ユウ様のいない世界なんて、亜美は耐えられません……」
私は牛乳をその辺に置いた。アミのことをおずおずと抱きしめる。
私は、孝也さんみたいに誰にでも甘い言葉は囁けない。愚直だ。正直に生きているつもりだ。それに、孝也さんと結ばれることはないと思う。
しかし、だからといって、アミを好きになるかと言ったらそもそも同性愛者ではないし、同性愛者であったとしても、アミ個人を好きになるかと聞かれると疑問に思う。
「ユウ様……」
私がどう返事をしていいか答えあぐねていると、アミが私の顔を両手で抑え付けて、強引にキスを迫った。
「あ……アミ!」
私は驚いて反射的にアミを突き飛ばした。
当然、アミが後ろの壁に背中を打ち付ける。
咄嗟に突き飛ばしてしまった。当然と言えば当然だ。好きでもない相手にキスを迫られたら、これが男であっても突き飛ばしている。というか、これが男だったとしたら突き飛ばす程度で済まないだろう。
背中を打ち付けたアミは痛そうに顔を歪めていた。
「あ……ご……ごめん」
想定通り、アミは泣き出してしまった。痛みで泣き始めたわけじゃないことくらいは解っていた。私の強い拒否に傷ついたのだろう。
どうしたらいいのか解らなかった。
アミに情をかけるのは、間違いなのかもしれない。ここで、きっぱりと突き放すのも優しさなのかもしれない。
瞬時にそんなことを考えた。
「アミ…………」
私が口を開きかけた時、アミは泣きながら玄関から裸足で出て行ってしまった。
「あ…………」
追いかけるべきか、迷っている間にアミは出て行ってしまった。
――くっそ……!
私は髪の毛をぐしゃぐしゃとかきまわした。セットしてあった髪がぐちゃぐちゃになる。
急いでいるが携帯電話と家の鍵をもって鍵をかけ、アミを追いかけた。こんなときでさえ常識的な自分の行動に疑問もわいてくる。私は意外と冷静だ。
――なんで私は追いかけるのだろう?
事故にでもあったら大変だから? 拒否をしたことを謝るのか? アミの好意を受けきれないのに?
こんなの、ただの情でしかない。
――哀れみで追いかけて、アミを捕まえて、それでどうする……?
私は、走っていた脚がだんだんと速度を落としていくのを感じた。
疲れたわけじゃない。迷いで脚が進まないんだ。私が逆の立場だったらどうだろう。追いかけてほしいと思うだろうか。
もしキスを拒否されて突き飛ばされて、私が逃げているとき追いかけてきてほしいと、思うだろうか。
泣いている顔を見せたくない。でも、追いかけてきてほしい。抱きしめてほしい。
でも、そんなこと私にはできない。追いかけてきて捕まえられて、「お前とはそういう関係にはなれないんだ」って突きつけられたくはない。
私は完全に脚を止めてしまった。
鼓動が早い。
腹部に走った時特有の鈍痛が走る。息が乱れる。
「…………どうすればいいんだよ……」
恋愛なんて、したくない。巻き込まれたくない。こんな気持ちになるなら、誰かを求めたり、誰かに求められたりしたくない。
――泣きたいのは、こっちだよ
私は行き交う人たちの波に逆らい、そこに立ち止った。
そうだ、あんな子、私には関係ない。私は迷惑してたじゃないか。なんでそんな必死に追いかけるんだ。
(哀れみ)
私には関係ない。帰ろう。
(届かない想い……痛み……)
(こんなに愛しているのに、その片鱗も届かない)
(解ってほしい。せめてこの愛しさだけは、その片鱗くらいは……)
過去の自分と重ねてしまう。あの時の苦しさ、忘れられない。
アミの感じしている痛みが、痛いほど解るから。
しかし、それはどうしようもないことだ。私にしか解決できないが、だからと言って私がアミを受け入れることはできない。
私は、結局家に帰ることにした。
胸にもやもやを抱えたまま。
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