第3話 メンヘラちゃんが出待ちしている
【中性的な女
この感情を、なんと言い表したらいいのか。
絶望? 混沌? 恐怖? それとも殺意?
「ユウ様、私のメッセージ見てくれましたか?」
アミは嬉々として私に話しかけてくる。
私の顔はきっと、無表情……あるいはかなり引きつっていたと思うのだが、そんなことは彼女はお構いなしだ。
「あ……あぁ、まだ見てないんだけど」
そんなことより「なんでここにいるの?」そう、口に出しそうになるのを飲みこむ。
なぜって、どう考えても私のことを待っていたのだろうから、聞くだけ無駄だ。口に出しがたい汚い言葉がのど元の辺りで這い回っている。
アミが私に近づいてきて腕を絡めてくる。あまりの不愉快さにその腕を振りほどいた。
「なんなの、私に何か用?」
こんなに鬱陶しくされたら不快になるのは当然だ。その態度が全面に出て冷たい声を出すと、アミは困惑した顔を浮かべ、おどおどとし始めた。
そんなふうにおどおどされると、少しの罪悪感が私の心に芽吹く。
――あぁ、もう……調子狂うな……
「えっ…………ぁの………………」
今にも泣きだしそうな顔をして、目を泳がせたあと私の目を潤んだ瞳で見てくる。
涙を武器にするなんてずるい。
いくら私でも、そんな顔をされたら困ってしまう。
「……ごめんなさい…………きちんとお礼がしたくて…………」
みるみるうちにアミの目に涙が溜まっていくのが見えた。
――こんなことで泣くか?
じれったい気持ちと、どうしたらいいのか解らない気持ちで、私は自分の頭がむず痒くなってきて、ガリガリとひっかいた。
「はぁ…………解ったよ。ご飯でも奢ってもらおうかな」
あの程度のことのお礼なら、食事1回分、1000円か2000円程度で済むことだろう。それでこの始まってしまった地獄が終わるならそれでいい。
そう言うと、アミはまだ潤んでいる瞳で私を映す。
「いいんですか……? ユウ様……」
声に少し安堵の色が見えた。
この子と話していると同僚や同じ会社の人間が通り過ぎたとき、ものすごく色物をみるような目でこちらを見てくるから本当に困る。
「実は、もうレストラン予約してあるんです」
アミは途端に上機嫌になり、再び私にくっついてくる。もう私を連行する前提できているではないか。そもそも、こんな常識のなさそうな子がレストランの予約なんてできるのか? などと考えるが、もう、どうでもいいや。
重い足取りでアミと一緒にそのレストランへと向かっていった。
アミが歩く速度を緩めたのは、外観がボロボロのレストランの前だった。
――ま……まぁ、予想の
「ここ?」
いったいどんな料理が出てくるのだろう。想像するに容易ではない。トカゲの丸焼きが出てきても驚きはしないほどのボロボロのレストランだった。
「そんなわけじゃないじゃないですか! こっちですよ!」
――こっち?
視線を移すとボロボロのレストランの隣に、ものすごく立派なレストランがあるのが見えた。
――え? 嘘……一食1000円、2000円じゃ済まないぞ……
ガラス張りの外観に、白い壁。美しい装飾が上品にされていた。
出入り口のところにスタッフらしき人が立っており、こちらに気が付いた。
「お待ちしておりました。
――あまやなぎ?
どうやらアミの苗字は雨柳というらしい。聞いたことのない苗字だな。と、思っている矢先にものすごく丁寧な対応で通されていく。
なんだ、これ……スタッフ総出かと思うほどスタッフが両端に並んで次々を頭を垂れていく。私は混乱した。一方、アミはというとそんなことに一切動じずに店内へ私を引っ張っていく。
「あ……アミ…………ちゃん。ここ、すごく高いんじゃないの……?」
「大丈夫です! アミにまかせてください!」
――本当にこの子、大丈夫なのだろうか……最終的に私が肩代わりするハメになったりしないだろうか……
おちついて食事ができるかどうか心配になってきた。中に通されて、席が一つしかないことに気が付いた。
ピアノや、舞台などがあるのが見える。赤い絨毯が敷き詰められていて、シャンデリアが美しく煌めく。まるで別世界のようだ。
「…………1人しか入れないレストランなのか?」
「いえ、今日は貸し切ってしまいました!」
――貸し切り!?
混乱しすぎて、なにがなんだか解らなくなってきた。何を考えているんだろうか。このゴスロリの少女は。こんな高級そうなレストランを貸切などにしたら、請求額が大変なことになってしまう。
「ユウ様どうぞどうぞ」
アミは私に椅子を引いてくれる。王様が座っていそうな、赤い椅子だった。
「……あ……ありがとう」
そして高級そうな皿に上品なコーンスープが運ばれてきた。
「ユウ様、いただきましょう」
アミは、両手を合わせて目を閉じて祈りを捧げるようにした。世間知らずだと思っていたが、こういうところは意外としっかりしているのかもしれない。
「あぁ……そうだね。いただきます」
本当は今すぐ逃げ出したかったけれど、せっかく好意にしてくれていることだったし。もう貸し切ってしまったし、料理は出てくるし、逃げられないと覚悟を決めた。
綺麗に並べられた調度品のスープンをたどたどしく持ち、スープを一口飲んだ。
それは、今まで飲んだコーンスープのどれよりも美味しかった。
「すごく美味しい」
素直に私はそう言った。
アミはパァッと明るい表情になり、にっこりと私に微笑みかけた。
アミは、慣れた手つきで上品にスープを飲んでいた。普通に、綺麗な食べ方で私は驚いた。
こんな……といったら失礼かもしれないけど、常識のなさそうな子がそんな綺麗な食べ方をするものかと。
その後も、驚くような美しい装飾の施してある料理や、食べたことのないような料理が運ばれてきて、私は目も心も奪われていった。
アミは食事中は口数が少なく、綺麗に食べていた。私の方が常識がない人間かのように感じるほどであった。
私もお腹がいっぱいになり、満足していたときに『フッ』と、店の明かりがすべて消えた。
私が「停電か!?」と困惑していると、一段と美しいピアノ演奏が聞こえてきた。
その中、花火のついている美しいケーキが運ばれてくる。
私、誕生日だったっけ。などと考えていると、ケーキに文字が書いてあった。【ユウ様、ありがとうございました】と。
驚くよりも、不覚にも少し涙腺が緩んでしまった。
こんなにお祝いしてくれた人はいないし、こんなサプライズをしてくれる人はいなかった。ただ純粋に、嬉しかった。こんなに鬱陶しいから縁を切りたいと思っていた私に対し、アミは本当にお礼をしたかっただけだた
「アミ……ありがとう。なんか歳甲斐もなく嬉しくなってしまった」
視界がすこし涙と花火の煙でかすむ。アミはとても嬉しそうにしていた。
私は、お腹一杯だったけれど、そのケーキをなんとか食べきった。もはや、美味しいとか、そういう感覚が解らなくなってきていたが、確かにそのケーキは美味しかった。
「アミ、本当にありがとう。こんな美味しいレストラン初めてだった」
「喜んでいただけて本当に嬉しいです」
そこに、すかさずウェイターが会計表を持ってきてアミに見せた。アミは鞄から財布を取り出し、カードを渡した。
その様子を見ていて、私は支払えないのではないかという不安が蘇ってくる。
「ごめん、あの、こんなこと聞きたくないけど……お会計大丈夫なの……?」
「あぁ、それは大丈夫です。このくらいだったら毎日できるくらいです」
それが、嘘なのか、本当なのかもはや私にはどうにも理解しがたかった。
ただ、食後の眠気にいざなわれ、私は考えるのをやめた。
***
その後の会話の内容があまり思い出せない。眠くて。
私は、あまりに眠かった時のことはよく覚えていない体質だ。仕事で疲れていたし、アミにまとわりつかれて精神的にも疲れていたし、ここ最近はゲームで夜更かしをしていたせいもあって、特に眠くなる要素が渋滞していた。きっと最後尾にいるとしたらクラクションを鳴らしまくってブチ切れているレベルだ。
でも、アミが嬉しそうにしていたことは覚えている。
睡眠薬でももられたかというほど私は眠気にさいなまれていた。お腹いっぱい食べた後はいつも眠くなる。なんにせよ考えるのが面倒くさいくらい私は眠くなっていた。
気が付いたら、家に戻ってきていた。
こともあろうか、次の日になっていた。
今日は休みだ。寝過ごしても問題はない。
しかし、いつもの休日の朝とは違った。
閉められているカーテン、散らかっている服、飲みかけの水。何も変わらないはずの朝。特に何も変わった様子はない。
隣にアミが寝ていることを除いたら。
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