第26話 セイレーン
ミーシアさん達を探す為海賊のアジトに潜入してしばらく。狭い通路を行ったり来たりを幾度となく繰り返してようやく見つけた牢屋らしき部屋。そこは半ドーム状の広い空間に大型の海賊船が二隻停泊している隠し港の片隅だった。
「人影が見える……」
けれど遠すぎて誰かまでは確認が出来ない。ミーシアさん達だろうか? 牢に捕らわれている人影が知己かどうか確認する為に一歩を踏み出した途端、背後から何者かによって突き飛ばされた。
受け身をとって何とか地面に腹から衝突する事は防いだものの、私に男が覆い被さるというこの状況は防ぐ事が出来なかった。
「いつつ、何だぁ……?」
片手で頭を抱えて首を振る男。もう片方の手は……
「エッチ」
「は?! え? お、おんはぶっ!」
生身で空を飛んだ男はそのまま他所へ旅立ったようだ。
「当然の報いだわ」
計三回。押し倒した時と驚きながらもなおも揉む。男ってあれか、揉まないとどうにかなっちゃう病気にでもかかっているのか?
「けど、ちょっとばかり騒ぎが大きくなっちゃったな……」
既に事切れている男を見て、潜んでいる者を探し出せと周りよりちょっと偉い者が指示を出している。ちょっと偉い者より立場の低い者達は腰の剣を抜いてアテもなく探し始める所だった。
明後日の方向を探し始める者。男が飛んで来た方向から犯人の居場所を予測する者。それ等が入り乱れて隠し港は大混乱に陥っている。
「困ったなぁ。これじゃ通れないよ……」
姿は見えなくても存在自体を消せる訳じゃない。無秩序に駆け回る男達の合間を縫って移動するのは不可能だ。
「おっと、また来た」
私が潜んでいる木箱に男二人が近付いて来る。一応周りを見ながら歩いてはいるものの、命令に対してのやる気は無さそうに見える。
「はぁ……一体何を探せってんだ?」
「さぁなぁ。何者かが居るって話だけど、これだけ探しても見つからねぇとかあるのか?」
「そんなもん
「んじゃ、アイツはセイレーンの呪いで殺されたんだな」
「(セイレーン?)」
「何で伝説の化け物の所為になるんだよ。せいぜい
「この騒ぎが
「……それもそうか。なら、アイツは絶世の美女を見てから死んだって事だな」
「羨ましいねぇ」
「違げぇねぇ」
HAHAHA。と談笑しながら立ち去る男達。私はその背中を見つめ、ふむ。と考え込む。
「セイレーンって確か、人魚の容姿をしていて歌で船乗り達を惑わすっていう存在よね……」
船乗り達にとってセイレーンは恐怖の対象だと聞く。海賊だって船乗りには違いないが、さっきの話からじゃ恐怖の対象なのかは分からない。けれどもし、それが有効ならばここから脱出するキッカケが作れるかもしれない。やってみる価値は十分にある。
「歌はこっちの人が知らないあっちの歌を口ずさむとして、ジャンルは何にしようか……ラップ?」
ノリノリのリズムで船乗り達を惑わすセイレーン。それはそれで面白いと思うけど、流石に違う。ここは無難にバラードを選択する。
「能力で隠し港に声を拡散させる様にして、あとはシチュエーションか……」
海の怪物なのだから海の中から登場を果たした方が良いのだろうが、塩が付いて若干ゴワついているとはいえ乾いている服を再び濡らすのは遠慮したい所だ。
「……まあ、いいや」
ちょっとだけ考えてまあそこまで拘らなくても良いかと結論を出した。
「(イッツショータイム!)」
木箱から離れ、姿隠しの術を解き、声が港全体に届く様に能力を操り歌を歌う。別にハッキリと歌う必要もなく、適当にラララだのルルルだのと口ずさむ。
聞き慣れない抑揚のない不気味な歌に天井を仰ぎ見る男達。そのうちの一人が私に気付いて指を差す。
「おっ、おい! あれを見ろ!」
その声を聞いた男達が次々に私を凝視し出す。その圧力に顔を引き攣らせたが、髪で顔を隠していた為に気付かれずに済んだ。
「(本物のセイレーンは見られたくらいで怯んだりしないものね)」
とはいえ、三桁に近い二桁の男達にこうまで熱い視線を向けられた事なんて初めてだ。前世じゃ陰キャだったからな私。
あ。道行くおっさんにジィッと見られた事があったが、あれは一体何だったのか?
「(さて、それじゃ恐怖の時間だよおじさん達)」
皆が私に注目した所で、歌をやめて声を拡散させる能力を解除する。そして、姿を隠す能力に切り替えると男達が目を剥いて騒ぎ出す。中には何度も目を擦る者もちらほら。
数歩進んで姿隠しを解除して、再び歌い出す。それを繰り返すと男達も後退りし始めた。
「え、ええいっ! あいつを捕えろ!」
周りよりちょっとだけ偉いのか、男の一人が周りの男達に命令を下している。その命令を受けて四人の男達がヤケクソ気味に駆け出した。うぉぉっ! とか、やってやらぁっ! とか叫びながら。
私はだらんと下げていた腕をゆっくりと水平に上げて手の平を走り来る男達に向ける。そして私と彼等の間に空気の壁を生成した。触れたらボヨヨンと弾け飛ぶようにして。
「ぬぉぉっ!?」
「何だぁっ?!」
その壁に触れた男達は次々と後方へとすっ飛んでいく。ある者は落下の衝撃で首があらぬ方向へと曲がり、またある者は積まれた荷に頭から突っ込んで動かなくなった。中には仲間を数人道連れにした者も。
飛ばされた男達を目で追っていた残りの男達は、ギギギ。と、壊れたおもちゃの様に首を動かして私を凝視する。
その様子を見てマジでビビった。だって、目玉が飛び出るんじゃ? と思える程に目をカッ開いたままで例外なく一斉に同時に私を見るんだもの。ちょっとしたホラーだよ。
驚いてヒッ。と出しそうになった声を飲み込み、引き攣り気味で笑みを作る。それが男達に止めを差したのだろう。男達は我れ先にと逃げ出し始めた。
「う、うわぁぁっ!」
「ばっ、バケモンだぁっ!」
「た、助けてくれぇっ!」
隠し港が咆哮した様な錯覚がした。男達の悲鳴は洞窟内で反響を繰り返し、今や何を叫んでいるのかも分からない。
周りよりちょっとだけ偉い人が懸命に落ち着かせようとしているが、一度宿った恐怖心はそうそう払拭なんか出来やしない。それが集団ならば尚更だ。
もしこれ等が
「ききき、キサマっ! 一体何者だっ!」
三日月の様に反った剣を私に向け、周りよりちょっとだけ偉い人は叫ぶ。恐怖に押し潰されない様に声を張っているのが見え見えだ。
私は彼等に向かって腕を伸ばし、何かを掴む様な仕草をすると同時に彼等を拘束する為の能力を発動する。
「身動きが取れねぇ?!」
「な、何だこれはっ!」
「クソッ、化け物めっ!」
足元から肩口まで。薄く張った空気の壁の所為で、
「オレだけは助けてくれっ!」
「た、宝を差し上げますからどうか命だけはっ!」
流石は
「エルフの女は何処だ……?」
低く暗く。無茶苦茶気疲れした時みたいな声で問う。
「えっ、エルフ!?」
「しっ、知らんっ! そんなのは知らんっ!」
周りよりちょっとだけ偉い人が言うに合わせて、部下の人達が高速で首を縦に振っている。
ナイスなバディを持つエルフを彼等が知らないとなると、彼等は捕まっていない様だ。上手い具合に何処かに潜んでいるのか。それともここへは来ていないかのどちらかになるが……
あれ? じゃあ、牢に入れられている人物は……?
「あそこに居るのは誰だ? エルフじゃないのか?」
牢屋に向かって指を差すと、男達の視線も牢屋に向けられる。周りよりちょっとだけ偉い人は即座に視線を私に戻し首を横に振る。
「ち、違う! あれはエルフじゃない!」
「なら、何者だ?」
「こっ、こっ、こっ――」
こけーっこっこっこ? あんたニワトリか何かの生まれ変わりか?
「皇国の姫君だ!」
……え?
「はあっ?!」
思いもよらなかった答えに私は思わず素で驚きの声を上げた。
「ん?」
「……あ。え、エルフの女をだ、出せぇ」
高かったり低かったり。動揺によって生じたブレッブレの音程は最早修正出来る域を超えている。私は大きなため息を吐いた。
「もういいや、めんどくさい」
髪をかき上げて素顔を晒すと、男の一人が大きく口を開く。
「あっ! お前は砂浜に居たガキ!」
私の顔を見て喚く男。私は覚えていないけど、どうやらあの場に居た一人の様だ。
「な、何だと?!」
「騙しやがったな小娘がっ!」
「何言ってんのよ。あなた達だってあちこちで騙しているんでしょうが。おまけに皇女殿下まで誘拐して、覚悟は出来ているんでしょうね?」
王族の殺害及び誘拐等々は何処の国だろうが死刑だ。まあ、その命をあっさり刈り取るか、苦しませてから刈り取るかは国によって違うかもしれない。
「ハッ、覚悟だぁ? そんなのある訳がねぇだろうが。オレ達ぁ、面白ければそれで良いのよ」
HAHAHA。と五人揃って声高に笑う。
この状況に慣れたのか急に落ち着き払い始めたのが気になるが、騒がれても面倒なのでこのまま海に沈めるとしようか。
「そっか。それじゃ、残念ながらこのまま処分――」
「動くな」
背後からの突然の声に息を呑む。私が演じた時よりも低くてドスの効いた声。驚く事にその声の主は女性だった。
彼等が急に落ち着き払っていたのは彼女が来たからだったのか……。そして大袈裟に笑っていたのも、私の意識を自分達に引き付ける為。小賢しい真似を。
「「「船長!」」」
男達が嬉々として彼女をそう呼ぶ。って事はコイツがこの球団……じゃなかった。海賊団のラスボスか。
「全く、こんな小娘なんかに良い様に踊らされやがって」
「す、すいやせんっ! でも、コイツ。妙な力を――」
「言い訳するんじゃないよ! んで? コイツは一体何者なんだい?」
「わ、わかりやせん。砂浜に居た所を捕らえたはずだったんですが……」
「フン。まあいい。何処の誰だろうがついでに売っぱらっちまおうか」
こんな小娘でも需要はあるだろ。と、女船長は私の顎を撫でる。
「いや船長。こいつには客を取らせた方が儲かると思いますぜ」
「なるほど確かにな。小娘のクセに発育だけは立派な様だ。手足の腱を切って逃げられなくすれば問題ないだろうしな」
身動きが取れなくなってから男共の慰みものにされる。そんな私の行く末を想像してゾッとした。
「じ、冗談じゃない――」
「動くなっつったろう?」
プチ。という音が聞こえた途端ゾワリと鳥肌が立つ。直接見る事が出来ないから感覚だけなのだが、体内に異物が入り込んでいるのが分かった。
「ちょ、ちょっ! 入ってる入ってる! 先っちょが中に入ってるってば!」
「五月蝿いねぇ」
ゴス。と、後頭部に衝撃を感じ、立つ力を失った私は膝から崩れ落ちながら意識を失った。
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