第25話 南の島の海賊

 サハギン達との戦いに終止符が打たれて訪れた平和にホッと一息をついたのも束の間、壁面に穿たれた深い穴から突然吹き出した大量の水に、誰も彼も例外なく慌てふためいていた。


「チッ! 沼の底でも抜いたか?!」

「みんな早く脱出を! 急いで!」

 とはいえ洞窟の出口は水が吹き出している穴のすぐ側にあり、足首から膝へと瞬く間に増えていく水嵩で思う様に動けない。まごまごしている間に、腰にまで上がった水位と吹き出す水流によって押し流されて出口が遠ざかる。このままでは五つの溺死体が水没した洞窟内を漂う事になってしまうのは目に見えていた。


「こうなったら仕方がない。洞窟内が完全に水没してから行動を起こしましょう。その頃には水も出口に向かって流れているはずよ」

「それまで息が保つとでも思ってるのか?!」

「そこは心配してないわ。ルナ、あなたの力を貸して欲しいのだけれど、出来る?」

「はい。勿論です」

 私の力は奪うだけではなく与える事も可能だ。水中に存在する空気を集めて空気溜まりを作る事なんて造作もない。

 イメージするのは五人が入れる程の大きなシャボン玉。それを作り出して設置をしてみたが、噴き出す水流が思いの外強くて作り出した空気の塊が少しずつ押されていく。


「く、なかなか流れが強いわね。まるで何処かに流されているみたいだわ」

「最奥部なのにどうして……?」

 少しずつ何処かに押し流されている私達。ここは最奥部でどん詰まりの筈なのに、水は何処かへと流れている。

 その不思議な現象に首を傾げていると、デュークさんが親指で背後を差し示した。


「クイーンが逃げた池の所為じゃねぇか?」

「あっ!」

 そういえば、そんなのがあったんだ。


 池は泥水によって見えなくなっているが、渦を巻いているあの場所に池があるのだろう。今はデュークさんが踏ん張ってくれているがそれもいつまで保つか……


「どうしたものですかね……」

「池に蓋は出来ないの?」

「それが無理なんです……」

 現在の能力を解除すれば蓋は出来る。けれどその場合、洞窟は水没して溺死が確定する。能力が一つしか使えない事がもどかしい。


「そうか。なら行くしかねぇな」

「そうね」

「行くって、まさか。この中をですか?」

 渦巻く水をチラリと見る。その規模から、池に飲み込まれている水はかなりの勢いである事が見て取れる。池の中がどうなっているのか分からない以上、迂闊に飛び込むのは危険極まりない。


「無茶ですよ!」

「そんな事は分かっているわ。それとも他に良い案があるのかしら?」

「た、例えば水が尽きるまで耐えるとか……」

 今噴出している水は地上にある沼から流れ出ているものと推測する。沼の水が無くなれば当然水は出なくなる。それまで辛抱すれば……


「無理ね。水が涸れる前に結局流されるわ」

「そんな……」

 池と思しき渦はすぐ間近。今すぐ水が涸れないと飲み込まれる。


「嬢ちゃん。冒険者にゃあ覚悟を決めなきゃならん時が多々あるもんさ」

「それが今ですか……」

 ああ、そうだ。と、笑って即答するデュークさん。こんな時でも笑っていられるなんて、本当に強い人達だと思った



 ☆ ☆ ☆



 豪華海鮮鍋が遠ざかる。背後から羽交締めされて足がぷらぷらと宙を揺れていた。


「お嬢ちゃん。何者だ? どうしてこんな所に居る?」

「おじさんこそ誰なの?」

 ふわりと漂う口臭に顔を顰め、男の誰何に誰何でもって返答する。


「おじさんはな、商人だ」

 背後の男がそう言うと、下卑た含み笑いが静かに起こる。羽交締めされているから首を回して確認は出来ないが、笑った数からして男は三人ほどと推測する。


「普通の商人ならこんな事はしないと思うケド?」

「いや。オレらは紛れもない商人だ。提供する商品はお嬢ちゃんみたいな子さ」

 なるほどね。誘拐に人身売買までもか。悪党確定って事で遠慮は要らないな。

 そう判断して能力を使おうとした時、横たわるカニの陰から複数人の男が現れる。その数二十人ほど。


「そいつだけか?」

「ああ。他に人影は見えなかったな」

 徒党のリーダー格の男と私を拘束している男が言う。その後ろで徒党の一人が驚きの目でカニを見上げた。


「こんな子供がクラッベを……?」

「んな訳ねーだろ。きっと他に誰か居たに違いないぜ」

 そんなモブキャラ同士のやり取りを聞いていた徒党のリーダー格の男が頷いた。


「そうだな。熟練の宝石ジュエル使いならともかく、こんな子供にコイツをどうにか出来るとは思えん。誰か一緒に居ると思った方が自然だ」

 真剣な表情で思慮深い発言をしてくれて恐縮だけど、残念。ここには私しか居ないし、ソレは私が倒したんだよね。


「よし、隊を分ける。お前達はその子供を牢屋にでも入れておけ、お前達はコイツをアジトに運ぶんだ。残りは周囲の探索をするぞ」

「おっしゃ」

「うぃーす」

 リーダー格の男にそれぞれ応え、男達は三つのグループに分かれる。地面に降ろされた私は剣を突き付けられて歩く様に言われ、そして私はその指示に素直に従う。好都合だと内心でほくそ笑みながら。



 ささんささん。と寄せては返す波打ち際をサクサクと砂を踏み締め歩いていく。私の隣には羽交締めした男が並んで歩き、二人の男は抜き身の剣を持って後ろからついてくる。刃物さえ見せておけばビビって何も出来ないだろうと思っているに違いない。


「その服。お前、良いとこのお嬢さんだったりするのか?」

 今は乾いてはいるが、塩水に漬かってゴワゴワになってしまっている服。ドレス。とまではいかないもののそれに近い格好で、市井の子供と比べたら明らかに上物と見て分かる。


「だとしたら?」

「さぞかし金を積んでくれるだろうと思ってな」

 下卑た含み笑いをする後ろの二人。ウチのお父様なら間違いなく積むな。そして私を取り戻してから世界の果てまで追いかけて皆殺しにするだろうな。


「お金欲しさに脅迫するならオススメはしないわよ?」

「なんだそりゃ。お嬢ちゃんもしかしてオレ達を説得しているつもりか?」

 抜き身の剣を肩に乗せ、体を上下に揺らしながらハッハッハ。と笑うモブの一人。


「残念だな嬢ちゃん。オレ達南洋パイレーツは無敵。東部最強と名高いソレイユ皇国の海軍だろうとオレ達を捕らえる事なんか出来やしねぇぜ」

 南洋パイレーツって、どっかの球団かよ。それに、ソレイユ皇国はサハギンとの戦争で構ってられないだけの気がするが……


「ああ、そうだ。私の他にエルフの女性を見なかった? それとも、おじさん達に囚われちゃったのかな?」

「ああん? そんなの聞かれても教える訳がないだろうが」

「それもそうね。じゃあいいや、おじさん達の住処に行けば分かるだろうしね」

 後ろを付いてくるモブキャラ二人にニコリと微笑む。その際、私の今現在の状況を確かめる。私が捕らわれた場所からもう結構な距離を歩いてきた。当初は真っ直ぐだった砂浜も、今や陸地側に入り込んだ湾となっている。加えて、観光地ではないが為に草木は荒れ放題で伸び放題。クラッべの回収作業をしている者達からもこちらを窺い知る事は出来ない。


「ここまで来れば見つかる事もないかな……」

「なんだ嬢ちゃん。逃げ出そうったってそうはがぼぉっ!?」

 男達の顔に『水』がまとわり付く。ボール状に形成した空気の中に海水を入れて男達の上空に待機させ、機を見て彼等の頭に被せてあげたのだ。やっても無駄だとは分からない男達は、首から上の水の塊をどうにかしようと必死に水を掻き出すもそれは叶わなく、やがて膝から崩れ落ちてピクリとも動かなくなった。


「流石にこのままじゃ不味いか……」

 このまま放置してはいずれ誰かに見つかってしまい、警戒レベルが上がってしまって動き辛くなる。ミーシアさん達が捕らわれているのかどうか確かめるまでは誰にも騒がれない方が良いだろう。そう考え、次に隠蔽先候補を選定する。

 手っ取り早いのは砂浜に埋めてしまう事だ。けれど能力を使って穴を掘るにしても目立ち過ぎるし人力だと時間がかかる。それにめんどい。海に沈めても浮かんできてしまうのでダメだ。


「となると……」

 視線の先には荒れ放題の下草が生えている。ここなら分け入って入らなければ見つからないだろう。と考え、すでに息絶えている男達を空気の板の上に乗せて、草折れの痕跡を残さないように空中から草むらの中に落とした。額の汗を拭う仕草をして仕事をした感を出すのを忘れない。


「ふう。これでしばらくは大丈夫。さて、と」

 次は透明化の術を使って周囲の景色に溶け込み、海賊達の住処を目指した。



 ☆ ☆ ☆



 球団……もとい、海賊団南洋パイレーツの本拠地は鬱蒼と茂る森の中に在った。

 小高い丘にぽっかりと開いた洞窟内を利用しているらしく、その入り口には太い丸太で作った柵と門が設えていて、門の左右にある物見台には二人づつの見張りが立っていた。


「随分厳重ね……」

 押し入っても構わないのだけれど、今はあまり目立つ様な事をしたくない。木の陰から門を見つめ、どうやって中に入ろうかと考えていると、ガタゴトと何かの音が近付いてきた。


「あれは……」

 近付いてきたのは荷車だった。それも、江戸時代の大八車と同じもの。それに大量のクラッベを乗せて、男達が五人がかりで運ぶ姿。


「ああ。回収班の人達か。丁度良いや。彼等を利用して中に潜り込もう」

 大八車を引く男達の後ろにピタリとくっ付き、磯の良い香りに心奪われかけながらも難なく海賊達の住処に立ち入った。



 洞窟内は結構入り組んでいた。人の側を避ける様に進んでいくと、倉庫だったり誰かの部屋だったりして戻る事を余儀なくされ、時間ばかりが過ぎていく。透明化の術を使っているとはいえ、私自身の存在が消えた訳じゃない。足音や息遣い、衣擦れなどの音までは消す事が出来ず、それ等音に気を使いながらも人の動きを予測して慎重に進まざるを得なかった。


「全くもう、牢屋は何処なのかしら……」

 牢屋は逃げ出した場合の事を考えて施設の最奥部に設えてあるのが普通だ。だからそこへ目指して進んでるいるのだが一向に進まない。


「……ん?」

 僅かな風に乗ってふわりと漂う潮の香りにスンスンと鼻を利かせて進むと、広い空間に出た。


「ここは……港?」

 ドーム球場とまではいかないが、それなりに広い空間に海賊旗を掲げた大型帆船が二隻停泊している。昇降タラップでは時折、乗船員が荷物を持って行き来していた。


「随分と大きな船ね……」

 船体には二十ほどの穴があり、そこから大砲を放つのだろうと思える。全体で四十なのだから戦闘力はそれなりに高い様だ。その船の向こう側に岸壁をくり抜いて作ったと思しき部屋があるのを見つけた。


「あった。牢屋だ」

 鉄製の格子が嵌められた部屋。距離があって日陰な所為かハッキリと確認が出来ないが、中には人影らしきものが見える。


「……一人? ミーシアさん達じゃないのかしら……?」

 もっと近くへ行ってみようと一歩を踏み出したと同時に、背後から何者かによって突き飛ばされて地面に転がった。 

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