第24話 予期せぬ旅立ち

 沼地の洞窟の最奥部。磯の香りが充満したその広場にマグロヅラやサバヅラ、サンマヅラをした魚達が待ち構えていた。


「見つけたぜ、クイーン」

 デュークさんが抜身の大剣を赤い鱗を纏ったタイヅラした個体へと向ける。それが気に食わなかったのかクイーンと呼ばれた個体は怒りに体を震わせ始め、そしてその口を大きく開くと同時に視界が歪んだ。


「な、なんだ?」

「あ、頭が……」

 頭痛、目眩、吐き気。真っ直ぐ立ってはいられない程に身体機能に著しく弊害が起こる。私なんかはその原因に気付いたものの、デュークさん達は攻撃らしい攻撃もされていないのにと戸惑いをみせ、それを好機とみた取り巻きのサハギン達が隙きを付いて襲いかかった。


「くっそ……」

 片手で頭を押さえて片手で剣を持ち、襲い来るサハギンを迎え撃とうとするデュークさん。ミーシアさんやエリオンさんも迎え撃つ気で武器を構えているが、ユーイさんだけは膝を地に付いて苦しそうにしていた。そのユーイさんを見てこのままでは不味いと判断した私は対策を講じる。その対策とは、私達とクイーンとの間に極薄の真空空間を作り出す。ただそれだけ。

 クイーンによる不可視の攻撃は、私達には聞く事の出来ない超音波をその口より発して浴びせている。その音波が私達の脳を揺さぶって身体機能を阻害していた。声も音も空気を震わせて届くものだ。空気のない真空中では伝播はしない。それに――


「それに、頭が吹っ飛んだら洒落にならないからね……」

 今の状況はまさに電子レンジに入っている様なものだ。電子レンジ程のパワーが無かったのには助かったが、そうでなければ今頃全員破裂して死んでいただろう。


「お?」

「体が軽くなったわ」

 調子を取り戻してからは襲いかかって来た取り巻き達も難なく屠り、宝石ジュエルによる攻撃や回復を駆使して戦う姿に、逆にクイーンと残されたサハギン達が戸惑う姿を晒していた。そして、勝ったな。と思ったのも束の間、剣を振るっていたミーシアさんが私の方に振り向いた。


「ルナ後ろ!」

「え?」

 そう叫ばれて反射的に振り向く。視界の端には私よりも背の小さい何かの影が見え、その影に視線を合わせるとそれがサハギンである事を認識する。そしてその手には三又の銛が見えてそれはまさに私へと突き出される寸前だった。

 それら一連の出来事がまるでスローモーションの様にゆっくりと動き、突き出された銛が私の体に届く前に死を予感させた次の瞬間、私とそしてサハギンも何処からともなく現れた白い光に飲み込まれた。


「ルゥナァァッ!」

 白一色の世界の中で、私の名を呼ぶミーシアさんの悲痛な叫びだけはハッキリと聞こえていた。



 体を揺すらされ、意識が覚醒する。けれど視界は真っ白に染まったままで景色などは一切見えない。音も何処か遠くで何かが発している様に聞こえ、それが私の名前だと気付くのに少々時間を有した。


「ルナ! 大丈夫!?」

 心配そうに私を呼ぶミーシアさん。声が反響している事からここはまだ洞窟内だと分かった。


「え、ええ。何とか……。でも、謎の光の所為で目の前が真っ白のままなんですよね……」

 少しづつ視力が戻ってきている事から、一時的なものだろうと思える。


「一体何があったのですか? クイーンはどうなったんですか?」

 ミーシアさんが首を動かしているのが振動で伝わる。


「私にも分からないわ。突然ルナから光が放たれて襲い掛かって来たサハギンを吹き飛ばしたの」

「吹き飛ばした!?」

「ええ。あの光もあなたの力なの?」

「いいえ。私の力は空気を自在に操れるだけです。そんな光は出せません」

 目を押さえて身を起こす。ようやく視力が戻り、目の前の光景に未だ白い光が少し残る目を剥いて驚いた。


「えっと? こんな所に穴ありましたっけ?」

 ふるふると首を横に振るミーシアさん。


「いいえ。これはルナ、あなたから出た光が穿ったものよ」

「え? こ、これを私が?!」

 ええそう。と、頷くミーシアさん。目を剥いたままでよろよろと立ち上がると、私のお腹から何かがころりんと転がり落ちた。


「水晶樹の枝……? あっ! 恐らくこれが原因ですよ!」

 ヴァストゥーク城地下から拾ってきた水晶樹の枝。この枝は宝石ジュエルの元となっている枝で、何らかの方法で術が発動して壁に穴を穿つ様な光が出たらしい。……それって、一歩間違えばこっちが消し飛んでいたんじゃなかろーか?


「使えないはずなのに……」

 首を傾げるミーシアさん。多分、別形態の術を使える私だからこそ発動したのだろう。


「そ、それで戦闘の方は……?」

 見れば戦いはすでに終わっていた。デュークさんは地面にどっかりと座り込み、大剣に付着した青緑色の液体を布で拭いている。


「ヤツなら逃げたぜ」

「え? 何処へですか?!」

 洞窟出口側は私達で塞いでいたはず。それを突破したとは思えない。


「あそこだ。あの池に飛び込んで逃げた」

 剣を手入れしながら顎で池を指し示す。


「どうやら池の水は海水の様でな、恐らくだがヤツラの縄張りの海域と繋がっているんじゃねぇかと思う」

「なるほど。だから誰にも気付かれずにこっち側に来れたんですね」

「そういう事だ。っつー事はつまり、この洞窟を潰しちまえば――」

「問題は解決。という事ですね?」

「そうだ。嬢ちゃん、出来るか?」

「勿論ですよ」

 私が即答で返すと、デュークさんはニヤリと笑んだ。


「心強い返事だな。すまないが頼んだ」

「分かりました」

「それで、どうやってこれだけの規模の洞窟を潰すつもりだ?」

「それはですね――」

 それは非常に簡単な事だった。洞窟内に大量の圧縮空気を送り込み、そこに火魔術をぶち込んで爆発させるだけである。

 城壁すら軽々と破壊する事が可能なので、爆破によって洞窟を崩落させて数十億トンという土砂で埋め尽くせば、もうサハギンはこちらへはやって来れない。という訳だ。


「なるほどなぁ……」

 デュークさんが感心して頷く横で、ミーシアさんは訝しげに私を見ていた。


「な、なんですか?」

「あんた本当に十歳なの? こんなのポンと出てくる様なシロモノじゃないでしょう?」

「あ。あははは……」

 空笑いをしながら頬を掻く。流石に前世で聞いた事があるとは言えない。


「と、とにかく、ここから――」

 出ましょう。そう言いかけた時、髪の毛がふわりと舞った。それが異常事態だと真っ先に気付いたのはミーシアさんだ。


「風!?」

 慌てて振り向きその発生源を探す。視線をピタリと止めた先には、私が開けたとされる穴があった。


「あそこからだわ」

「ん? 別に風くらい珍しくもないだろ?」

「何を言ってるのよ。ここは閉鎖された地下空間なのよ? 風なんか巻き起こる訳がないでしょ?」

「んー? そんなもんかね……」

 目をパチクリさせながら頬を掻いているデュークさん。事の重大さがよく分かっていない様子。


「なんか、嫌な予感がしますね」

「ええ。早くここから出た方が良いわ」

 ミーシアさんに賛同し、行動を起こそうと一歩を踏み出すと、足元からピチャリと音がした。


「水……?」

 天井に揺らめく明かりが地面を流れる水面を映す。不味い。そう思った次の瞬間、穿った穴から大量の泥水が溢れ出したのだった――



 ☆ ☆ ☆



 ささん。ささん。と、穏やかに寄せては返す波の音で目が覚める。青々とした雲一つない空には燦々と陽が輝き、あまりの眩しさに目を瞑っても陽の光は瞼を通して目に届いていた。

 急に陽が翳る。雲一つないのにおかしいな。そう思いながら瞼を開けると、巨大な影が陽射しを遮り、ツートンカラーの巨大なハサミを、今まさに振り下ろそうとしている所だった。


「にょわぁっ!」

 思わず奇声を上げて巨大なハサミから逃げ出した。直後に地響きと砂埃が舞う。その一撃が背中を掠り、まともに喰らっていたら無事では済まなかったと冷や汗がドッと出た。

 あっぶな。背中ぢっていったよぢって……

 砂埃が治ると、今までいた場所に巨大なハサミが突き立っていた。そのハサミを引き抜き、逃した獲物を仕留めんと再びハサミを空に持ち上げる。しかし、そんな攻撃は不意打ちでない限り通用しない。私と巨大ガニとの間に空気を圧縮した壁を作り出し、攻撃が当たると同時に一定方向へ破裂させると巨大なハサミが宙に舞った。


「も、いっちょ」

 今度は手の平に圧縮した空気を球状に作り、巨大なカニに向かって解き放つ。カニはもう一つのハサミを振り上げて私を潰そうとしていたが、放った『空気弾』によって甲羅が吹き飛んでその場に崩れ落ちた。

 砂埃と共に濃厚な磯の香りが吹き抜ける。その香りにお腹がくぅと鳴った。


「いやいや。流石に生では食べられないでしょうよ」

 お腹に向かって話しかけるも、お腹はそんなこと知ったこっちゃねぇ。とばかりに鳴る。

 火さえあれば調理は可能だ。甲羅を鍋代わりにする事が出来る。浜辺には木材などが流れ着いていて焚き火の材料に事欠かない。残りは火だけだ。木同士をすり合わせる火おこしは流石にしたくない。


「ペットボトルなんてある訳は無いよね……」

 異世界だもんな。と思いつつもつい見渡してしまう。けれどやっぱりそれらしい物は落ちてはいない。あれば水を入れてレンズ代わりに出来るのに。と、手で庇を作り空を見上げて呟いた。そしてハッと気付く。


「あれ? 容器、作っちゃえば良いんじゃね?」

 空気を自由自在に操れるのだ。ペットボトルじゃなくても水を入れる容器くらいは作れるはずだ。


「よし、カニパしよう!」

 そうと決めたら話は早い。浜辺を歩いて焚き火に使えそうな物を集め、そしてペットボトル代わりの容器を空気で作り出して中に水を入れる。それからなるべく黒っぽい物に光の焦点を合わせて入れ物を上下に動かして……

 少しづつ微調整を繰り返し、光の焦点が上手い具合に当たるとチリチリと煙が立ち昇った。


「よーしよし」

 煙が上がっている場所に枯れ草などの燃えやすい物を置いていく。


「両手が使えるって便利よねー」

 本来ならペットボトルで片手が塞がってしまい、動くと焦点がズレてしまってその場から動けない。けれど、イメージで作り出した空気の器はその場に固定が可能で、火おこしをしながら私自身も自由に動く事が出来る。神の祝福ギフト様様である。


「よし、点いた」

 薪がパチパチと勢い良く燃え上がる。実は火おこしは二度目だった。一度目は火が点いた達成感から術を解いてしまい、器の水が全部焚き火に注がれて白煙を上げる焚き火に呆然としたものだ。

 けれど失敗は二度繰り返さない。レンズに使用した水を寄せては返す波打ち際にそっと戻し、そして頷いた。


「よしよし。さてと……」

 火おこしが無事に済み、続いては鍋にするのに最適な甲羅を焚き火にかけて、中に具材を入れて煮込む。クラッベが持つ水分を利用している為にさぞかし濃ゆい出汁が取れると、期待に胸が膨らみ口から涎が垂れる。

 辺りには香ばしい良い香りが漂い、寄せては返す波の音をBGMに聞きながら、いざ実食。しかし――


「はれ? 私のカニが遠ざかる……」

 意識が遠退いてる訳じゃない。物理的に遠ざかっている。何で? どうして? と思っている間に、カニとの距離はますます離れていた。

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