第23話 崖っぷちの洞窟
沼地に群生するマングローブのような樹木の根で出来た洞窟内。校庭ほどの広さがある空間内の暗がりをビッシリと埋め尽くす赤く光る目が私達を睨め付ける。
その目の正体はカツオ
「チッ、囲まれたか……」
舌打ちし、小さく呻く様にデュークさんがボヤく。ミーシアさんは戦い続けて荒い呼吸を繰り返し、エリオンさんは空になった矢筒を捨てて、両手で短剣を構えている。最後の城壁はユーイさんの結界のみ。これもそう長くは保たないだろう。私は覚悟を決めねばならなかった。
☆ ☆ ☆
「見間違いじゃないんだな?」
バチリ。焚き火の薪が爆ぜて火の粉が空に舞い上がった。火かき棒で焚き火を調整しながら言ったデュークさんに、目撃者である薬師のセイラさんは頷く。
「はい。確かにこの目で見ました。背びれに無数のトゲが生えた赤い鱗の個体です」
セイラさんの言葉を聞いてデュークさんは立ち上がってポケットから青色の
「スマンが食事は各自で摂ってくれ。すぐに出発するぞ」
「ん。分かった」
「もう出来ている」
ユーイさんとエリオンさんは事前に準備を進めていた事もあって既に体制が整っている。デュークさんは無言で頷き、水色の
「場所はどこだ?」
デュークさんの問いにセイラさんはマングローブもどきの森を真っ直ぐ指差した。
「この畦道を真っ直ぐに行った場所。山の岩肌にぽっかりと開いた洞窟です」
「なんだ。意外と近かったな。あー、セイラさんと言ったか。スマンが馬車をギルドに預けてくれ。ついでに、五日経っても戻らなければ、軍に出動要請をする様にと伝えてくれ」
「分かりました。その、お気を付けて」
「ああ。行ってくる」
セイラさんを見る事もなく軽く手を上げて応えるデュークさん。その顔はかつてない程に引き締まっていた。
両脇の沼からの奇襲に備えつつ無言のままで進んだ畦道は、いつしか深い森へとその様相を変えていた。大人が四、五人で手を繋いでようやく一周する程の太い幹が乱立し、ここでも緊張を保ったままで進まねばならなかった。
先頭を行くのはデュークさん。背負っていた大剣を手に持ち替えて周囲。特に死角になる部分に注意を払い進んでいる。そして私とミーシアさんが後に続き、ユーイさんとエリオンさんが
「あの、赤い個体ってなんですか?」
セイラさんのこの一言で、デュークさん等の態度が一変した。それだけ危険な存在なのだろうと推測をする。
「赤い個体ってのはクイーンの事なの」
「クイーン……」
「ええ。その個体が居るか居ないかで、受けた依頼の難度が大きく変わるわ」
「という事は、今の難度は非常に高い、と?」
「ええ。最高難度よ。下手するとBランク案件ね」
Bランク冒険者。十数人でチームを組むベテランの冒険者達だと話を聞いている。
「産み落とすタマゴは一日に十数個から二十数個。それが約十日程で孵り瞬く間に増えていく」
従来ならば、生まれた個体は大陸最東端の国であるソレイユ皇国との戦いに投入されているらしい。
「だけど、こっちには戦闘などは無いから産み放題増やし放題。目撃情報が出てからひと月近く、一体どれ程増えている事やら……」
話を聞いているだけで分かる。非常に厄介な相手だという事に。
「見えたぞ。あれが奴等の巣穴だ」
森が終わり、山が始まる場所の岩肌にポッカリと開いた洞窟。見た目はただの洞窟でしかないが、ふわりと漂う生臭い臭いは襲撃してきたサハギン達と合致する。
「プランは?」
「中を探索してクイーンとタマゴを潰す。出来れば火を放ちたい所なんだがな……」
「下手すると私達まで黒焦げよ」
「ああ。その辺は臨機応変にやるしかねぇな」
「了解」
ユーイさんもエリオンさんも了承した事を頷いて示す。そして、私達は洞窟内に立ち入った。
☆ ☆ ☆
初めは狭かった洞窟内も奥へと進むにつれて大きく広がる。幅は大人が三人並んで歩けるほどもあり、高さは始めこそ少し頭を下げて進んだものの、今は剣を天井に向けて突き出しても届かないほどの高さがあった。
「何の反応も無しか……」
私達の足音以外に、水が滴る音しか聞こえない。生臭さは増したものの、周辺にサハギンの気配は無いようだった。
「最奥で待ち構えているのかしら?」
「恐らくそうだろうな。けど、万が一もある。一つ一つ探っていこう」
「そうね」
ゆっくりと、周囲を警戒しながら進んでいく。その歩みは亀の様に遅く、振り返れば洞窟の入り口の光が未だ見えている。それもこれも、壁面に開いている無数の穴の所為である。
天井付近でゆらゆらと揺らめく火魔術の明かりが届かない穴を一つ一つ確認をしながら進めばその歩みも遅くなる。けれど、不意打ちを喰らう恐れがある以上はやらない訳にはいかなかった。
「異常なしだな」
「これ、自然に出来た穴じゃないわね……」
穴の一つを見ながらミーシアさんが呟く様に言った。
「恐らく、奴等が巣穴を広げようとした跡だろうな」
比較的柔らかい場所を掘り進み、岩盤にぶち当たって諦めたのだろうという話。
そうして油断なく確認をしつつ進み、巣穴の奥へと進んだ私達はその異様さに目を見張る事になる。
「こいつはひでぇな……」
呻く様に呟いたデュークさん。他のメンバーも同じ気持ちだろう。私も同じだ。
学校の校庭くらいはあるのでは? そう思える程に広い空間には、産み落とされたタマゴが所狭しと並んでいる。タマゴの大きさは五センチ程度のものから腰くらいの高さのものまで様々。大きなモノはホルマリン漬けされた何かの幼体の様なシルエットが明かりによって透けて見える。
それ等タマゴ群を見て、宇宙船がエイリアンによって侵食されているのを知らないで探索している物語冒頭の探査チームを思い出していた。
「これじゃあ、火を使う訳にはいかないわね」
「ああ。それに、ここはまだ最奥部じゃなさそうだ」
前方。明かりが届くギリギリの場所に、漆黒色の穴がポッカリと開いている。その穴から、赤く光る目が幾つも現れる。
「おいでなすったな」
大剣を正面に構えるデュークさん。ミーシアさんは後方に向かって剣を構える。
「囲まれたわ」
「チッ! 一体何処に潜んでいやがったんだ。皆壁を背にしろ。それで背後は気にしなくて済む」
デュークさんの言葉に私達は従う。けれど、私達はこれで退路を塞がれ逃げる事は叶わなくなった。
天井でゆらめき洞窟内に明かりをもたらす火の魔術の下に、カツオ
「しばらくは魚は遠慮したいわね」
「同感だ」
軽口を叩いてから術の詠唱に入るデュークさんとミーシアさん。次いでユーイさんも詠唱を始め、エリオンさんは弓に矢をつがえて弦を限界まで引き絞る。そして、詠唱を終えるのを見計らって、カツオ
際限なく襲いかかってくるサハギン達。それを一刀で。あるいは複数回刺し貫いて屠る。地面は瞬く間に魚で溢れかえり、少しづつ自由に動ける足場が失われていく。切り裂き、あるいは貫く度に血潮が飛び散り、青緑色の返り血で装備は瞬く間に汚れ、サハギンに対抗する為の武器も乗った脂に切れ味が鈍る。
むせ返る様な臭いが立ち込めて息苦しさを増してはいるが、酸欠に陥らないようにとフォローを続けているものの、彼等の限界が目に見えて近付いているのが分かった。
「くっそ……キリがねぇっ……」
「通路には……下がれないの?!」
「ダメだ。完全に防がれている」
長年、人族との争いを続けている為か要らぬ知恵を付けている様子のサハギン達。巣穴へのこのことやって来た私達を逃すつもりは無い様だった。と、それまで猛攻を続けていたサハギン達に変化が訪れる。何処となく緩慢的に襲いかかって来ていたいたのがピタリと止んだのだ。
「私達が疲れるのを待っていたって感じね」
「やろぅ、おちょくりやがって……」
『ソナー』から齎された情報では、洞窟内に百を超えるかという反応があり、一定距離を開けて私達を半包囲している。それだけの数で一斉に襲い掛かってこられたらひとたまりもないのは私でも分かる。この絶体絶命の状況をどうにか出来ないかと脳みそを動かしてすぐに、ファルマの村近郊で打ち捨てられたリエストラ兵士の顔が思い浮かんだ。
あの時、私が能力を出し惜しみした所為で死地へと立たせてしまった兵士達。今度もまたそれを繰り返すのか? と、内なる私が問い掛ける。そして私は覚悟を決めて決断する。
「みなさん。ここで見た事を誰にも言わないと約束できますか?」
私が持つ
「何をするつもりなの?」
「とある術を使う。それ以上は言えません」
「術……?
「はい。この術は
「そ、そんな術が存在しているの?!」
ミーシアさんは驚きながら他のメンバーに視線を巡らすも、返ってくるのは驚きの眼で返事なのか震えなのか分からない小刻みに震えた返事だった。
「とにかく今は時間がありません。ご決断を」
周囲を『ソナー』で探査すると、サハギンの数はさらに膨れ上がっていて今にも飛び掛かって来そうな気配。乱戦になってしまうと私の術はあまり意味をなさなくなる。そして、サハギン達の呻き声が洞窟内に木霊する中、デュークさんはニヤリと笑う。
「いいぜ。嬢ちゃんの好きにしな」
「デューク……」
「奴等のク◯になるよりはマシだろう? ここは嬢ちゃんに賭けてみようじゃねぇか」
デュークさんの言葉で場が少し和らぐ。ユーイさんもエリオンさんも承諾をしてくれ、あとはミーシアさん待ち。
「……分かったわ。ルナ、あなたに賭ける」
「有難う御座います」
「んで? オレ達は何をすればいい? 後ろ向いていた方がいいか?」
「それはお任せします。ただ一つだけ。ユーイさんの結界を基点に術を使いますので絶対に外に出ないで下さい」
「お、おお。分かった」
デュークさんの返事に笑顔で応え、目を閉じてイメージを固める。洞窟の広さは『ソナー』によって確認済み。ユーイさんの結界を効果範囲から外して設定を完了する。
使う術はロブアエラス。指定した空間内を真空にする術だ。サハギンとて生物。水中ではエラで、地上にあっては肺で呼吸をしているはずで確実に効果が見込める。そして予想通り、術の解放と共にサハギン達が混乱を示した。
術の効果範囲内に居たサハギンのその全てが、まさに陸にあげられた魚の様に口をパクパクとさせながら次々と倒れ伏していく。それを見たミーシアさん達が驚きの声を上げた。
「こ、これをルナがやっているっての!?」
「すげぇな嬢ちゃん」
「一体、どんな方法で……」
ミーシアさんにデュークさんにユーイさん。それぞれが目を剥き、唖然として感想を漏らす。と同時に、畏怖の感情が注がれるのを感じていた。
「ふう……」
広範囲に設定をした所為か、それとも念の為に人より長めに術を使っていた所為か怠惰感を少し感じていた。
「これが、嬢ちゃんが言っていた術か……」
「こんなの見た事が無いわ。一体どういう原理なのかしら……ねぇルナ。これを何処で――」
覚えたのか? 恐らくはそう言おうとしたのだろうけど、デュークさんが上げた手によって遮られる。
「詮索は止めておこうぜ。それが嬢ちゃんの望みだ。だろ?」
「あ、はい。出来れば……」
「それにな、まだ終わってはいないみたいだ」
居たか?! と、サハギン達を見て歩くユーイさんとエリオンさんに声を掛ける。
「いや、居ないな。恐らくはもっと奥だろう」
終わっていないとは赤い鱗を持ったサハギンクイーン。それを放置すれば再び数が増えてしまい、折角減らしたのに意味をなさない。
調査と討伐。それが彼等が受けた依頼である。それを達成すべく、私達は最奥部へと歩みを進めた。
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