第22話 沼地の攻防
創世より四千年の時が流れて国家を形成するまでに至った頃、彼等と同じく混沌の海より掬い上げられた漆黒の化け物が活動を始め、瞬く間に都市を飲み込んでいく。それを阻止する為に人は団結して抵抗を試みるも、あらゆるモノに擬態が出来る化け物相手に敵うはずもなく、滅亡を待つのみとなっていった。
このままでは人の営みが潰えてしまう。それを憂いた創造の女神『エルミナ』は、世界に数多居る種族の中でも特に技術力の高い二種族。エルフ族とドワーフ族に自身の力の一端を与えて対抗力とし、『影法師』と名付けられた漆黒の化け物を寄せ付けない装置『紅玉石』の製造方法をも伝えて、人類は滅亡の危機を回避する事が出来た。
そうして一時の平和を得た人類は影法師に対する抵抗力を上げる為に、女神より与えられた力を結晶化して誰にでも扱えるようにしたのが
私達が扱える女神の力は七種類。魔術と呼ばれる地水火風の属性の力と、奇跡と呼ばれる
そして今、その最高保持者を凌駕する七属性という神の力に匹敵するであろう物が、荷馬車の床に置かれている。ガタリと揺れてコロリと転がり、慌てて拾い上げたその物は、一見するとハリー◯ッターの最強の杖であるニワトコの杖の様にも見えなくもない。そんな地下神殿で拾った薄いピンク色をした枝を見て、エルフ族であるミーシアさんとドワーフ族のユーイさんが眉間に皺を寄せていた。
「これはお手上げだわ……」
「ん。同意」
「ダメなんですか……?」
この枝が使えるかどうかで私の立場も決まるが、『お手上げ』と言うくらいだから使えない。イコール私は足手纏い確定だ。人類初の全属性持ちとはならなかったか。
「ダメじゃなくて、私達じゃ分からないという事よ。一度エルフの里で見てもらわないとなんとも言えないわね」
それに同意するユーイさん。
「エルフの里ですか……」
「ええ。場所は知っているわよね?」
「はい。おおよその場所くらいは……」
エルフの里はリエストラ王国の北。イザラル帝国領を抜けた先の大陸中央で鬱蒼と茂る、大森林の中に在るとされている。
「知り合いの錬金術師を紹介するから、一度足を運んでみたら?」
「行きたいのはやまやまなんですけど、冒険者ランクはFですので越境が出来ないんですよね……」
「あら、そうなの? 依頼はどれくらい達成したのかしら?」
「えっと、確か三回だったかと」
四度目の採集時に王都が壊滅してしまい、尚且つ影法師にも襲われて命からがら逃げ出した為に達成が出来ていない。その後は王都復興に奔走していたから冒険者としてのランクは一番下のままだ。
「じゃあ、もう少しでランクアップするわね。ランクFは採集依頼四回達成が条件だし」
「この辺に生えてる薬草を採集してギルドに持ち込めば上がるんじゃねぇか?」
薬草の採集依頼は常時受け付けているので、素材を持ち込んでも依頼達成扱いになるそうだ。それなら採集しておいてもいいかな。
軽快に走らせていた荷馬車を街道から外して沼地のほとりに止め、馬を荷馬車から外して今度は鞍を乗せる。
ここからは事前に打ち合わせした通りにミーシアさんが情報提供者を迎えに行き、残りのメンバーは逃走中という立場の私と共にここで野営をする事となった。鞍を付け終えたミーシアさんが颯爽と馬に跨る姿はまるで西部劇の様だ。
「んじゃ、行ってくるわね」
「おう」
「ん」
「行ってらっしゃい」
デュークさんとユーイさん。そして私がミーシアさんを送り出し、エリオンさんは馬が離された荷馬車の上から手を上げて見送った。
☆ ☆ ☆
体を揺すられて目を覚ます。揺すり起こしたユーイさんは硬い表情で周囲の気配を探っている。それを見た私はただ事ではないと察して飛び起きた。
「何かあったんですか?」
「ん。敵襲」
敵襲。その言葉で緊張感が否が応にも高まっていく。
荷台の幌から外をそっと覗き見ると、乳白色のカーテンが辺り一面を覆い尽くしていた。沼がある為に湿気が高く、朝で温度が急激に変化した為に濃霧が発生して視界を遮っていた。
パシャリ。何処かで水の音が聞こえる。その水音は徐々に増え、今では音から数の把握が困難になっている。
「クソッ! 何も見えねぇっ!」
荷馬車の側でデュークさんが大声でボヤく。屋根上のエリオンさんからも何も報告が無い事から、相当濃い霧なのだろう。
敵に包囲されるのは流石に不味い事態だ。正面の敵と相対している時に柔らかい脇腹を突かれかねない。Cランク冒険者といえど流石に対処は不可能だろう。
だから私は私の側で外を伺っているユーイさんに気付かれぬ様に意識を集中して術を発動させる。何もない上空から空気を集めて霧が立ち込める地上へと送り込む。いわゆるダウンバーストというヤツである。勿論、私達が飛ばされては意味がないので手加減をしているが。
「なんだ!? 風で霧が晴れていく?!」
荷馬車のすぐ外で驚きの声を上げるデュークさん。呆けているデュークさんに警告するかの様にエリオンさんが叫ぶ。
「敵を視認! サハギン十二! ヒット! 残りは十一だ!」
「へへっ! 視認さえ出来ればこっちのもんだ!」
うおおぉぉ――。と、荷馬車からデュークさんの雄叫びが遠ざかる。彼がサハギンの群れに到達する間に、屋根上から弓を使って狙撃しているエリオンさんが二体を倒していた。
「私もいく」
「分かりました。お気を付けて」
「ん」
短い返事を返し、ユーイさんは荷馬車の外に出て戦列に参加する。直後に、熱を伴った赤い光が幌向こうに透ける。その光が離れ、ジリジリと身を焦がす様な熱が無くなると、今度は熱風が轟音を伴って荷馬車に吹き付けた。その熱風の中には香ばしい焼き魚の香りが混じる。
「終わったかな……?」
さっき放たれたのはユーイさんの魔術だ。それも、爆風から察するに広範囲に影響がある術だろう。
状況を確かめる為に空気の波を周囲に向かって放つ。屋根の反応はエリオンさんで、荷馬車の側にいるのはユーイさんだろう。そして、馬車から少し離れた場所で五つの反応が……あ。一つ減った。四つの反応がある。その内の一つがデュークさんだな。
そして、彼等の戦闘区域の真逆に不審な反応を六つ確認した。動きはそれ程早くはないが、戦っているデュークさん達からは荷馬車でブラインドされていて窺い知る事が出来ない位置だ。
馬車内から顔を出して確認すると、不審な反応はサハギンの新手であった。
「残り三!」
「いえ! 後ろに六です!」
「何っ!?」
高所で全体の戦況を見ていて、デュークさんとユーイさんに敵の数を報告していたエリオンさんに速やかに報告を入れる。一時は動揺していたエリオンさんも、数秒後には冷静さを取り戻して新手に対処を始める所は流石はCランクの冒険者だ。
奇襲に失敗したサハギン達が突撃を始める。が、その動きは突撃前と変わらず奇襲を掛けようとしていた動きのままだ。勿論、私が術を使って彼等の邪魔をしている所為だ。
彼等が通るルート上には空気密度を増した空間を設置している。これでそこを通過しようとする物体は尋常ではない程空気抵抗を受ける事になる。分かりやすく例えるならば、台風の様な強風に向かって歩いている様なものだ。
「ギョギョギョッ!?」
さ◯なクンの決めゼリフみたいな声を発して戸惑うサハギン達。そこへ更にエリオンさんの弓から離れた矢が突き刺さった。
「
赤い
サラリと吹いた風には草が焼ける臭いに混じって焼き魚の香ばしい匂いが漂い、腹の虫がそれを寄越せとくぅと呻く。いやいや、流石にこれは食えんでしょうよ。
「随分と高威力の魔術を使ったな」
青緑色の液体が付着した剣を布で拭いながらデュークさんがやって来て言った。
「そんな事はない。普通の威力」
「そうなのか? じゃ、何でああなったんだ?」
「恐らくは沼のガスでも発生していたのだろう。新手のサハギン達の動きが妙だったからな」
と、こちらはエリオンさん。
「それに引火して威力が上がったって訳か」
「ん。恐らく」
三人の会話を素知らぬ顔で聞き流す。ゴメン、あれ私の所為だわ。サハギンの動きを阻害する為に設置した高濃度の空気に引火しちゃったんだわ。てへっ。
「にしても、お手柄だったな嬢ちゃん」
「ふえっ?!」
内心でてへぺろをしている時に、不意に呼ばれて変な声を上げた。
「ふえっ。じゃなくて、報告してくれて助かったって言ってんのさ」
「い、いやぁ。偶然です。顔を出したらたまたま後ろ向きだったので……」
実際は違うんだけれどね。
「偶然も実力のうちさ。嬢ちゃんがおっちょこちょいだったから気付けたんだからな」
褒めて貶すな。
「さて、と」
サハギンの体液を拭き終えた剣を背に背負い、荷馬車の中に顔を突っ込んで何やらゴソゴソとするデュークさん。馬車から取り出したのは、深底の鍋だった。
「メシにしようか」
「……え? まさか、食べるんですか?」
「ん? ああ。流石にこれだけ香ばしくちゃ腹の虫も疼くだろう?」
ん、んー。まぁ、そうだけど……コレ、食うんすか?
チラリと見やる私の視線に気付いたデュークさんがガハハと笑う。
「残念ながらサハギンは食えねぇぞ」
「ん。毒持ち」
エリオンさんが馬車から下ろした薪に火を点けながらユーイさんが言う。
「まぁ、嬢ちゃんの気持ちは分かる。匂いだけなら美味そうだもんな」
再びガハハとデュークさんは笑った。
☆ ☆ ☆
デュークさんが食事を作っている間、私とユーイさんとエリオンさんとで手分けして、倒したサハギンを一箇所に集める作業をしていた。
焼かれたサハギンは香ばしい匂いを放っているが、そうじゃないサハギンは非常に生臭い。その両者が手に手をとって、香ばしいのに生臭いという奇跡のコラボレーションが実現していた。
「な、なに? この香ばしいのに生臭い匂いは……」
「お帰りなさいミーシアさん。ちょっとサハギンの襲撃を受けちゃいまして」
「これちょっとってレベルじゃないわよ?」
生だったり三枚におろされていたり。適度に焼けていたり黒焦げだったり。生臭だったり香ばしかったり。それぞれが主張しながら積まれたサハギンは計十八体。
「皆さんのお陰ですよ。私だけなら魚の餌になってました」
冒険者ランクが最底辺の者では生き残れなかったのは確かだ。
「いやいや。嬢ちゃんも中々だったぞ。死角のヤツに気付かなければ、接近されて面倒な事になっていたぜ」
普通なら死んでたとか言うもんだけど、『面倒』で済ますのはCランク冒険者ならではの発言か。
「んで? そちらさんは?」
ミーシアさんと共にやって来た、黒髪のセミロングの女性にデュークさんが顎で差す。
「こちらはサハギンの第一発見者よ」
ミーシアさんが手の平で指し示すと、黒髪の女性は深々とお辞儀をする。
「初めまして、セイラと申します。ここから南に行った町で薬師をしております」
「セイラさんか。ひょっとしたら、あんたが見たというサハギンはもうヤっちまってるかもしれないぜ?」
親指で後ろを差すデュークさん。その先には集めたサハギンが積まれている。セイラさんがそれをチラリと見やり、首を横に振った。
「いいえ。私が見たのは赤い個体でした」
セイラさんが見たという個体の色を告げた途端に、ミーシアさん達の間に緊張が走ったのだった。
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