第21話 王都からの脱出

 ヴァストゥーク王国内のとある宿屋。ベッドが二つにテーブルが一つ置かれているだけの完全に宿泊専用の二人部屋。そこに五人が一堂にかえせば息苦しさも増すというものだ。

 デュークさんは椅子に逆向きに座って背もたれに頬杖をつき、エリオンさんは壁に背を預けて腕を組んでいて、ユーイさんは靴を脱いでベッドの上で胡座をかいていた。

 そして私はというと、もう片方のベッドに腰掛けているミーシアさんの膝の上に座らされて、ぬいぐるみ同然に抱き抱えられていた。


「なによそれっ、許せないわっ!」

 私から込み入った事情を聞いて、頭の上で怒りを露わにするミーシアさん。密着している所為でエルフなのに華奢じゃないたわわな実りが後頭部でふるふると震えている。暑苦しいんだけど……


「ヨシ。それじゃ、お姉さんがうちに連れて行ってあげる」

 ミーシアさんの言葉にデュークさんが慌てて立ち上がった。


「おいおいおいっ! 依頼をキャンセルするつもりか!?」

「え? 別にキャンセルなんかしないわよ?」

「は? どういう事だ?」

「ルナを連れていけば良いだけの話じゃない。そしてそのままノトスユーク経由で送り届ければ良いのよ」

 どう? 良いアイデアでしょ? と微笑むミーシアさん。デュークさんはなるほどと頷く。


「南回りでか。それなら監視の目も緩むだろうが……」

「何か問題でもあるの?」

「ん? ああ、流石に嬢ちゃんを荷台に乗せておけないだろうなと思ってな」

 私が脱走をした事を知って、事の露見を恐れた第二王子は検問所と兵士の巡回数を増やす事だけに留まらず、町や森のあちこちに監視の目。特に西方面を重点的に監視をしているだろうとの事だ。


「見つかったら流石にオレ達でもどうにもできねぇ。手配犯。もしくは重要参考人とか、嬢ちゃんを連行する口実は幾らでも作れるからな」

「そっか。じゃあ、もう一手必要ね……」

 腕を組んでうーん。と唸りながら考え込むミーシアさんとデュークさんの二人。


「でしたら、こういうのはどうでしょう?」

「何か妙案でも……って、何でそんな不機嫌な顔しているの?」

「……いえ。ちょっと嫌な顔を思い出してしまいまして」

 私が二人に提案したのは、樽の中にこの身を隠す。というものだった。不本意にも、超が付くほどの親バカなお父様と同じ考えに行き着いた事に、ちょっと嫌気が差した。


「……中身を見せろと言われたらどうする?」

「そこは内側にもう一枚板を敷いて、食料とかで誤魔化せないでしょうか?」

「なるほど二重底って訳か……」

 軽く握った拳を自らの唇に押し当てて、デュークさんは考えに没頭する。そして、床に向けていた視線を私へと移した。


「うーん……嬢ちゃんの案で閃いたんだが、どうする?」

 デュークさんからの提案を聞いて、どっちにしようかほんの一瞬悩んだけれど、最終的にはデュークさんの案に乗る事にした。


「了解だ。それじゃ準備をしてくるから、先に寝ててくれ」

 言ってエリオンさんと共に階下へと降りていく。女三人だけとなった二人部屋は従来の広さをほんの少しだけ取り戻して、間もなく闇に包まれた。その夜一晩中、私はミーシアさんの抱き枕にされていた。



 翌朝。以前、リエストラ王国で拝借してきた幌付きの馬車の中に私は身を潜め、馬車は南門へと向かって進み始める。大通りでは街から出発する者達に露天商の人達が、自慢とする一品を買って貰おうと威勢良く声を上げていた。そんな毎朝の喧騒の中、私達は関門の一つである検問所にたどり着く。


『目的は?』

 板を通して聞こえる男の声。ギルドの依頼で南に向かうのだとデュークさんは男に答える。


『ふむ……了解した。一応、荷をあらためさせて貰うが構わんかね?』

『ああ。好きに見ていってくれ』

『オーケーだ』

 荷台を覆っている幌がバサリとひるがえり、兵士の一人が荷台に入り込んで見渡し始める。そして乗せてある二つの樽に指を差した。


『この樽の中身は何だ?』

『食料だよ。国境付近までの長旅だからな』

『ふむ……見せてもらっても?』

『ああ。構わないぜ』

 デュークさんは快諾して樽の蓋を開け、中身を見せる。見せられた兵士は、袋などを避けて中身を確かめてから樽に向かって槍を構え、デュークさんの静止も聞かずに槍で樽を貫いた。


『なんてことすんだよ!? あーあったくよぉ、せっかく仕入れた食いもんがダメになっちまっただろうが。弁償してくれんだろうな? ああ?』

 怒るデュークさんに、樽を突き刺した兵士は鼻で笑って荷台から降りた。うっわカンジ悪っ!


『問題はないか?』

『問題なし』

『いや、大アリだ。どうしてくれんだお前ら?』

『行ってヨーシ!』

『ヨーシ。じゃねぇよ。弁償しろよお前ら』

『文句言ってないでとっとと行け! 後がつかえているだろうが!』

 バンバンバン。と荷馬車の側面を乱暴に叩く兵士達。デュークさんの怒りも収まらぬままに、私達は無事王都を出る事が出来た。



 王都を出てしばらくカタゴトと馬車に揺られていると、ゴンゴンゴン。と三回。天板を叩く音がする。それこそが安全の合図。私は目の前の板を上へとスライドさせて、デュークさんが座る御者席の下・・・・・から這い出して荷台に出る。


「危なかったな嬢ちゃん。嬢ちゃんの提案通りだったら死んでたぜ」

「そうですね……」

 私は青ざめながら短くそう答えた。


 拝啓お父様。妙案と思われていたあなたの作戦も検問の兵士には通用しませんでした。そしてあなたに倣って入っていたら、今頃私はこの世には居なかったと思います。余計な刷り込みをしないで頂きたいものです。家に帰ったら、面と向かって笑顔で言わせて頂きますね。『大嫌い』と。

 危うくリアルで黒ひげ危機一髪をする所だったわっ!



 ☆ ☆ ☆



 ヴァストゥーク王都を出発してから今日で十二日が過ぎた。町や村の出入り時や、木々が生い茂っている場所では身を隠して進み、視界が広く取れる場所では荷台へと這い出して過ごす日々。ふと外に目を向けると、山の都である王都とはガラリと違う風景だった。


「この辺は沼が多いんですね……」

 街道の両脇に沼があり、沼の向こうに深い森がある。マングローブの木の様な植物が、沼に根を張り生えている。湿気が多くてちょっと生臭い。


「ええ。この辺りはパルデナン湿地帯と呼ばれているわ。私達の依頼もこの辺りよ」

「そういえば、その依頼ってどんなのですか?」

 ここまで来ておいてなんだけど、私は彼女達が受けた依頼の内容は知らない。


「この辺りで薬草採りをしている薬師からの報告でね、この辺で見掛けたそうなのよ。魚をね」

「え? 魚ですか?」

 自分の耳を疑って聞き返したが、ミーシアさんが頷いている所を見るとどうやら聞き間違いではないらしい。別に魚なんてその辺の水の中に幾らでも居るだろうに。


「ええそう、魚。その魚はルナくらいの大きさで人と同じ手足が生えているの」

 前言撤回。幾らでも居ないわその魚。


「サハギンって種類の亜人なんだけど、どういう訳か山越えをした個体が居る様なのよねぇ」

 本来ならばあの山の向こうにある崖の下に巣を作っているのだと、左の山を指差してミーシアさんは言う。


「アイツ等はすぐに増える上に凶暴だ。もし、こっち側で巣を作っていたら町や村の脅威になるからな。調査と討伐。それがオレ達が受けた依頼内容だ」

「それで、詳しい事情を聞く為に一度リヴエラの町に寄るのが当初の予定だったんだけど、一旦国境を越えて港街イフロスに向かおうと思ってるわ」

 そこに私を置いて、依頼の為に再びヴァストゥーク入りをするのだという。他国ならば第二王子も無茶はしないだろうとの理由からだ。


「それだと余計に時間が掛かってしまいます。凶暴な亜人が侵入してきているのですから、それ等脅威から民を守るべく早急に解決すべきかと」

 私が力強く依頼を解決すべきだと言い表すと、デュークさんは頭を掻いた。


「そういや、嬢ちゃんは貴族サマだったっけな。だけどな、問題は嬢ちゃんなんだよ」

「私……ですか?」

「そうだ。相手になるだろうサハギンは爪や牙に毒を持っている。中には銛を持つ個体も居てな、Cランクのオレ達でも油断は出来ない相手だ。流石に嬢ちゃんを守りながら戦うのはキツ過ぎる」

「足手纏い。なんですね?」

 無言で頷くデュークさん。カッポカッポ。ガタガタガタ。と、馬車の進む音だけが響く。


「でも、国外へ出たからといって安全とは限りません」

「どういう事だ?」

「彼等は盗賊の仕業に見せる為、私に同行していたリエストラの兵士を皆殺しにしています。そんな見境の無い者達が、他国だからといって大人しくしているでしょうか?」

 顎に手を触れながら空を見上げるデュークさん。


「流石にそれはねぇか……」

「はい。騒ぎを起こしてでも私を連れ去るに決まっています」

 採石場跡に居たアイツ等ならやりかねない。


「それじゃあ、一緒に連れていくのが一番安全という事になるわね……」

「安全とは言えないがな」

 ミーシアさんが私の頭を抱えて抱き寄せた。


「いいわ。一緒に連れて行きましょう。ルナは私が死んでも守るから」

「それしかねぇか……」

 やむを得ない。そんな表情で頭を掻くデュークさん。


「そういえば、ルナは火の宝石ジュエルを持っているって話だったわよね?」

「あー。その事なんですけど……」

 覚えていてもらった事は嬉しいが、今は申し訳ない気持ちで一杯だった。


宝石ジュエルは紛失していて、私は今魔術が使えないんですよね……」

 はははは。とそら笑いしながら頬を掻く。私の宝石ジュエルは恐らく、ヴァストゥーク城の離宮のメイドの手によって元の服共々洗濯中であると思われる。


「完全に足手纏いじゃねーか」

「う……」

 その通りだから何も言い返せない。神の祝福ギフトが使えれば戦力にもなるだろうが、流石に別形態の術を使うのは遠慮したい。


「しまったなぁ。もっと早くその事を聞いていれば、教会で再取得したのに……」

「いや、流石に追われている最中に敵地の敷地内に入る訳にもいかんだろ」

 宝石ジュエルの再取得には再度教会で神託の儀を受ける必要がある。その神託の儀が可能な教会はまつりごとの中心地にしか存在せず、大抵の場合は王城とセットになっている事が多い。


「コレならあるんですけどね……」

 私は地下神殿の水晶の木の下で見つけた枝を取り出して見せる。


「ナニコレ? 枝?」

「ええ。ヴァストゥーク城の地下に在った神殿から拾ってきたんです」

「城の地下に神殿だって!?」

 驚きのあまり荷台に振り返るデュークさん。その所為で握った手綱に偏りが生じ、繋がれた馬がその指示通りに曲がって危うく土手を滑り落ちる所だった。


「何してんのよデューク!」

「す、すまねぇ。にしても、地下神殿とは……」

「ええ。そこには大きな水晶の木が浮かんでいて、その木の下には大量の宝石ジュエルが落ちていました。その山の中にこれが在ったんです」

 私がこの目で見た物を伝えると、ミーシアさん達は口をあんぐりと開けて驚いていた。


「いやはや……地下神殿だけでも驚きだってのに、『水晶の木』と大量の『宝石ジュエル』とはねぇ」

「はい。私には、水晶の木が宝石ジュエルを生み出しているようにも見えました」

「水晶の木の中から生み出されているカンジなのかしら?」

 こうポロポロと。と、両手を使って説明するミーシアさん。


「いえ。どちらかというと、枝が折れ落ちていく時に複数の宝石ジュエルに変化する感じですね」

 地下に居た時に折れた枝が七色の軌跡を生みながら宝石ジュエルに変わっているのを見ている。それを伝えると、ミーシアさんはゴクリ。と固唾を飲み込み、震える指で枝を差した。


「じ、じゃあその枝って全属性を持っているって事にならない?!」

「えっ!?」

 目を剥いて手に乗せた枝を凝視する。君の想像通りだよ。と、枝が語りかけている気がした。


 まさか、これが全属性持ちセヴンスホルダーの正体なの?!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る