第20話 再会
重厚な扉がゆっくりと開かれていく。蛍光石で最低限の明るさが保たれている通路内に陽光が差し込んで、薄暗闇に慣れた目を細めた。
やっとの事で脱出出来る。ホッとしたのも束の間、扉の隙間から男が二人顔を覗かせる。一人は四十代と思しき人物で、もう一人はずんぐりむっくりの髭面の男。背は低く樽の様な容姿からドワーフと思われる。二人は目をぱちくりとさせながら、何食わぬ顔でちょこんと立っている私を見ていた。
「お、お嬢ちゃん。一体何処から中に入ったんだい?」
「ぎゅるる……」
四十代のおじさんからの問いに腹の虫が返事をする。恥ずかしさで耳まで真っ赤になっているのを知覚しながらどう言い訳をしようかと考えていると、ずんぐりむっくりのおじさんが『ちょっと待ってろ』と言って詰め所へと向かった。
「ホラ。こいつを食いな」
「え……? いいの?」
私にと差し出した蔦を編んで作られたバスケットには、お肉やら野菜やらが挟まれた肉厚のサンドイッチが六切れ入っていた。
「遠慮は要らねぇから好きなだけ食べな」
そうは言ってもドワーフの為にと作られたサンドイッチ。その一つ一つが大きくて片手で持つ事は難しく、両手で持たないと中身がポロポロと零れ落ちてしまう。そして通常は一切れですら食べ切れるかどうか微妙な所のこの量も、お腹と背中がくっつきそうな今の状態ならば軽く食べられそうだった。
「いただきます」
ガブリ。とサンドイッチにかぶりつく。細かく刻まれた塩漬け肉の塩分と葉野菜のシャキシャキ感。そしてトマトの酸味が口の中一杯に広がっていく。パサパサになりがちなサンドイッチも、野菜とトマトの水分でパンの部分はしっとり。気付けば両手一杯のサンドイッチは全て胃の中に収まっていた。
「おじさん有難う。ご馳走様でした」
ずんぐりむっくりのおじさんに満面の笑みで礼をすると、お、おう。と、視線を私から逸らして頬を掻いて照れる。
「喜んで貰って何よりだ。ところで、お嬢ちゃんは誰のお使いで来たのかな?」
誰。その問いに満足したお腹を擦っていた手を止める。そして、その問いをした四十代のおじさんに向かって首を横に振る。
「わかんない」
年相応よりかは幾分か低い歳で答えを返す。今の私は七歳相当。小学校の一年生並みだ。そういう設定でここは押し通す。
「分かんないって……名前も知らないのか?」
「うん。でも司祭様の服は着ていたよ?」
「うーん……」
困った顔で顔を見合わせるおじさん達。
「じゃあ、どうやって中に入ったんだい?」
今度はずんぐりむっくりのおじさんが私に問い掛ける。私はキョロキョロと辺りを見渡してから『ここじゃない場所』と答えると、二人のおじさんの表情が僅かに変化する。流石にこの答えは警戒をさせた様子だったが、ここですかさず視線を床に落とし、泣きそうな表情を見せてやる。
「下におりたら道がわかんなくなっちゃって……やっと見つけた階段を登ってきたらここに着いたの」
「そ、そうなのか……」
少しオロオロとするおじさん達。子供。それも女児に対しての免疫が少ないのは有難い。これが女性だったり、初めからいたずら目的の輩には通用はしないから注意をしなければならない。
「どうするよ……」
「どうするってもな……」
出された飲み物をくぴくぴと飲みながら、小声で話し合うおじさん達に耳を傾けていた。このまま解放してくれるならヨシ。そうじゃなければ能力を使って昏倒させるしかなくなる。なるべくならば穏便に済ませたい所だけど果たして。
「お嬢ちゃん。下にはどんな用事で降りたんだい?」
「それはねぇ……」
笑顔を作り、何も入っていないポケットに手を突っ込み、あたかも何かを取り出そうとしてその手を止める。ハッと気付く事が大切だ。
「そうだ。司祭様から誰にも言っちゃダメって言われてたんだ」
おじさん達にワザと聞こえる様に呟く。そしておじさん達の顔を見ながら『教えない』と口にする。
「どうしても教えてくれないのかい?」
「ダメ」
ぷい。とソッポを向いて拒絶を示す。さて、ここまでやってきたがどっちに転がるだろうか?
「しょうがねぇなぁ……」
四十代のおじさんが頭を掻きながら詰め所に入る。ずんぐりむっくりのおじさんがちょっと待っててくれな。と言って私をその場に留めている。
私は即座に能力を使えるように準備をしつつ四十代のおじさんを待った。
四十代のおじさんが戻ってきた時には、その手に一枚の紙を丸めた筒を持っていた。その筒を私へと差し出す。
「じゃあさ。司祭様にこの紙を渡して貰えるかな?」
「これを……?」
「ああ。とっても大事な事が書かれているから開けちゃダメ。このまま渡してくれるかい?」
「うん。分かった」
筒を受け取り、少々雑でも大事そうに筒を抱き抱える。ここで渡された物に対して腫れ物を扱う様にしてはダメだ。少々折れ曲がるくらいに大事に抱えるのがコツ。
「このまま廊下を進めば礼拝堂に出るからね」
私の肩に手を置いて、廊下の先を指差す四十代のおじさん。
「うん。サンドイッチ美味しかった。有難うそっちのおじさん」
「いいって事よ」
満面の笑顔を作り、大きく手を振ってその場から離れる。彼等に背を向けて真顔に戻り、『通じてよかった』と内心でため息を吐いた。
☆ ☆ ☆
古代メソポタミア文明や古代エジプト文明もそうだった様に、大概の国は川沿いに街を作り発展してきた。それはこの世界でも同じで、水が齎す恩恵はそこに住む人達に多大な利益を与えてくれる。リエストラ王国も川沿いに建てられているし、ここヴァストゥーク王国もそう。
北には大陸東部と南部を隔てている六千メートル級の山が聳え立ち、一年中雪をいただく山々からは雪解け水が流れ出て、沢となり小川となり川となって南方海へと注いでいる。その水の道が、山の稜線に建てられたヴァストゥーク王都より見る事が出来た。
「これからどうしよう……」
街の中に設えてある噴水の縁に腰掛けてこれからの事に思いを馳せる。実家に戻る事は勿論決定事項だ。しかし、いかんせん先立つ物がない。
「銀貨が三枚と、枝が一本かぁ……」
持ち物は教会内で失敬してきた服のポケットの中に入っていたお金と、地下神殿で拾ってきた水晶の木の枝の切れ端。現状では安宿に二泊する事は出来るけど、隣町に行くのには全然足らない。
「最低銀貨六枚は欲しいわね……」
西へと向かう商隊に相乗りさせて貰うのに銀貨が三枚。食事を提供して貰うともう少し掛かるが、自前で用意すれば銀貨は二枚で済む。残り一枚は街を出る時の通行料だ(各子供料金)。
ギルドで依頼を受けてお金を稼ごうにもカードは家に置いてきてしまったし、後生大事にポッケに仕舞っておいた
「これ、売れるかしら?」
陽に翳せば陽光が僅かに透過する薄いピンク色をした枝。
水晶とは思えぬ程に軽量で、木の枝とは思えない程に柔軟性を見せるその枝の端を指で持って、手をゆらゆらと揺らしてラバーペンシル錯視現象を起こしながら、枝を買い取ってくれそうなお店を見つける為に歩き出した。
買い取り所の前。肩をガックリと落として手をプルプルさせている私の横を通行人達が通り過ぎる。広げた小さな手の平の中には、二枚に減った銀貨が暮れかけの陽光をキラリと反射させていた。
「まさか銀貨を取られただけだとはっ!」
品物を査定するのに銀貨が一枚必要だった。大金が手に入るのだからそれくらい。と、銀貨一枚を手渡して査定をしてもらった結果は『価値なし』。つまりはゼロ。ただ単に銀貨を一枚損しただけとなった。『本当にいいの?』と、お店の人に問われた時に察するべきだった。まぁ、今更だけど……
「どうしよう……」
一瞬のうちに二枚に減った銀貨をポケットに仕舞い、日が暮れ始めた街中をトボトボと当てもなく歩き始める。それから少しして、背後から何者かが私の肩を掴んだ。
「ルナルフレ・アストルムだな?」
ドキリ。と心臓が飛び跳ねる。声の主は男性だ。私の顔を知っている事から察するに、逃げ出してきた私を捕まえにきたのだろう。
「それ誰ですかぁ? 私はぁ、えっと。ルーナって名前でぇ……」
声色を変え口調を変えて、男の問いにウソで返す。肩に置かれた男の手がピクリと反応を示したので効果ありと判断した。
「人ぉ、間違えてませんかぁ?」
言って肩に置かれた手を振り払う。そして立ち去ろうと一歩を踏み出したものの、再度肩を掴んだ男の手によって阻まれる。
「ルナルフレ・アストルムだよな?」
二度目の問いは若干自信なさげだった。このままいけば誤魔化せると踏んだ私は、男に畳み掛ける。
「だからぁ、違いますよぉ。あまりしつこいと人を呼びますよぉ?」
男の顔をも見ずにそう言うと、置かれていた手は肩を離れて宙に浮く。すかさず前へと移動をし、男の拘束から抜け出した。
「あら、ルナじゃない」
「はい?」
不意に名を呼ばれて思わず返事を返す。名を呼んだその人物は、栗色の髪をしたセミロングの女性で、その髪からは尖った耳が突き出ている。エルフなのに華奢じゃないナイスバディのお姉さんだ。
「ミーシアさん!?」
しまったと思ったがもう遅い。後ろで誰何した男に、私がルナルフレ・アストルムである事がバレてしまった。恐る恐る振り向くと、大きな剣を背中に背負った男が目をパチクリとさせて私を見ていた。
「やっぱり嬢ちゃんじゃないか」
「なんだ。デュークさんだったのか。私はてっきり――」
そこまで口にしてハッと気付いて口を紡ぐ。『なんだとはひでぇ言われようだ』とデュークさんが不満の声を上げたが、ミーシアさんは別な部分が気になった様子だ。
「てっきり? なに?」
「あ、いや。なんでもないです……」
「んー?」
首を傾げて私の顔を覗き込むミーシアさん。この人、妙に鋭いからなぁ。
「と、ところでお二人共どうしてこんな所に?」
彼等は私がファルマの村に赴く数日前には越境をしている。この辺でウロウロしている筈はないのだが……
「ん? まぁ、ちょっと仕事をな」
明後日の方に視線を向けて頬をポリポリと掻くデュークさん。そんなデュークさんをミーシアさんは呆れ顔で見ていた。
「聞いてよルナ。デュークったらね、ルナからの報酬を全部装備に注ぎ込んじゃって――」
「ちょ、なにバラしてんだ?!」
ミーシアさんの口を手で塞ぐデュークさん。相変わらず仲の良い事で。
「ところでルナはどうしてこんな所に?」
「それにつきましては少々込み入った事情がありまして……」
あははは……と、
「あっそうだ! ミーシアさん、また私を実家まで護衛して貰えませんか?」
我ながらナイスアイデアだと思った。私は彼等の実力を知っている。もしも、第二王子からの追っ手がやって来たとしても彼等ならば撃退も容易い事だろう。
報酬も多目に出せば彼等の助けにもなるし、見知らぬ土地で知己も居なくてさびしい……コホン。ともかく安心出来る。
手を顎の下で組んで祈る様にしながら、少々目をうるうるとさせて上目遣いでデュークさん達を見るも、彼等の顔は難色を示していた。
「うーん。申し訳ないんだけど、明日には出発しなきゃならないのよ」
「え?」
「ああ、ちょっと南の方にな」
「南……?」
「そう。だからね、家には一人で戻って欲しいのだけど……って、露骨に落ち込むわね」
ナイスアイデアが崩れ去れば気も落ち込むというもの。ポケットに手を突っ込んで、今の所持金を手の平に乗せて見せる。
「手持ちがこれしかなくて帰るに帰れないんです……」
「え……? 嬢ちゃん、貴族サマだよな? 没落した?」
「してないですよ!?」
道ゆく人々が私達の方を見ながら通り過ぎる。思わず大声を出してしまった私は視線を注がれて萎縮する。
「ちょっと目立つから宿に行きましょう。そこで込み入った事情とやらを話して貰えるかしら?」
「分かりました」
背に添えられたミーシアさんの手に導かれる様にして、私は彼等が泊まる宿へと向かって歩き出した。
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