第27話 追跡

 目覚めは最悪だった。刺された背中は布で擦れて痛み、後頭部からはそれ以上の痛みを感じ、ズキズキと脳の中枢にまで響く鈍痛に顔を顰める。


「痛たた……か弱い女の子になんちゅー仕打ち。せめてトンで優しく気絶させて欲しいわ」

 マンガやアニメでよく見る首筋に手刀を落とす方法を用いて欲しかった。まあ実際、トンでは気絶しないのだけども。


「ここは何処かしら……」

 比較的大きな部屋だ。ベッドは一つしかないが岩肌がむき出しのでこぼこした床には、布団らしき薄っぺらい布が敷かれている。その数からして十五人ほどが入れる規模だろう。空気は淀み、朽ちかけた木の板の向こうから排泄物等の異臭が漂う。そんな大部屋に私だけがポツンと取り残されていた。貸し切り状態である。嬉しくないけど。

 鉄格子の向こうは岩壁が露出している通路で、人の手が加わっている様だけどそれほど丁寧にはやってない印象を受ける。適当な間隔で作られた窪みに明かりが設えてあった。


「誰かが居る……?」

 咳やため息に布ズレや寝返りの音がそこかしこから聞こえてくる。その存在達は皆男性らしかった。


「この人達は一体……」

 考えを巡らせたのとほど同時に、ガチャリと扉が開かれる音と共に獣油で灯されただけの薄暗い通路に外からの光が差し込んだ。

 ヂャラリ。という金属音の直後に耳障りな音を立てて何かが動く音。恐らくは入ってきた何者かが牢の扉を開けたのだろう。


「おら、出ろ!」

 粗野な声が牢内に響く。その声に応えるようにヂャラリヂャラリと金属を引きずる音がする。それも複数だ。そんなやり取りがニ度ほどあって、次は私の牢屋の番。

 しかし、姿を見せた男は私を一瞥しただけで通り過ぎ、左隣でまた同じ言葉を繰り返す。そして、目の前を通り過ぎていく男達。色白の肌で着ている服も裸よりはマシといえる物。皆揃った様に俯きながら、片足を引き摺っている者も居た。


「漕ぎ手……か」

 そういえば、とある映画がきっかけで海賊船について調べた事があった事を思い出した。

 海賊船は通常、帆を張って航行する帆船と変わりがないが、襲撃する時や離脱する時には人力でオールを漕ぐ。無風状態でも航行が可能な反面、過酷な労働を強いる為に死者も多いと記載されていた。彼等も助けてやりたい所だけど、流石に人数が多過ぎる。それこそ海賊船が必要になるだろう。そんな彼等を連れて行くという事は……


「出航準備を始めている? だとしたら逃げ出すチャンスかも」

 船が出航すればアジトに居る海賊達の数も減る。出航直前のワタワタしている場所を移動するよりかは、出航後に静かになったアジト内を悠々と歩いて行った方が良いと判断し、船の出航を待つ事にした。

 休もうと身を投げ出したベッドが思いのほか固く、治りかけていた後頭部を強打してのたうち回り、ベッドから転げ落ちて背中を打ち付けて痛みがぶり返して思わず呻き声を上げる。やらなきゃ良かったと後悔した。



 ☆ ☆ ☆



 能力を使って音を拾い集め、船が出航したと判断して牢屋を抜け出した。船が出航した後の海賊達のアジトにはほとんど誰も居らず、姿隠しを使わなくても移動出来るほどだった。

 そうしてアジト内を彷徨い歩き、やっと着いた隠し港。そこまでに出会った人物はたったの数人だけだった。


「これなら私一人でもこの島を制圧できるわ」

 オーッホッホッホ。と、内心で調子に乗っている私に気付きながら、改めて港を見る。

 接岸されていた二隻の海賊船はその何処にもおらず、堆く積まれた木箱はそのほとんどが無くなっている。残った木箱のチェックをする者が一人。少し前の騒ぎが嘘の様に静かだ。


「さて。それじゃ、姫君を助け出して逃避行と洒落込みますか」

 女の子なら誰でも王子様に助けられたいと思うのだけど、今回だけは私が王子様役。誰も居ないからスキップをしながら姫が捕らわれている牢屋に近付いて、唖然とした。


「え、お姫様が居ない……」

 問い詰めた海賊が嘘を教えた? ううん。心底怯えた人間が嘘を吐く余裕なんてある訳がない。だったら姫様は何処へ移送された?


「まさか!」

 嫌な予感が駆け抜けた。見つめる先には時々白く波打つ青い海が広がっていた。もしかして姫様を乗せて出航した?! 先走る考えを頭を振って払拭する。


「落ち着け私。まだそうだと決まった訳じゃない」

 私が地下牢に捕らわれている間に他の場所に移送された可能性もある。先ずはここの探索からと視線を巡らし、埠頭に残されている木箱の陰に身を潜めた。

 姿隠しの術を解き、探査の術を発動させる。でもすぐにそれが不可能だと気付いた。


「ダメだわ、反射が多過ぎる……」

 海賊達のアジトは天然の洞窟に手を入れたもの。その岩肌に放ったエコーが跳ね返ってしまい探索が上手くいかない。

 音を拾うヒアーボイスも、構造が複雑化しているアジト内では何処を目標にすれば良いのかも分からない。


「く……」

 親指の爪を噛みながら思慮を巡らす。出した答えはアジトに残った者達に聞く。というものだった。


「先ずはそこに居るヤツから……」

 スックと立ち上がり、木箱の陰から男めがけて早歩きで接近する。途中、木箱の確認作業をしていた男が私に気付いた。


「お嬢ちゃん。何処から入って来たんだ?」

「姫様は何処?」

「え……? がっ!」

 男を睨み付けながら、その首に向かって真っ直ぐに腕を伸ばす。男の首には空気で出来た首輪を取り付けてある。手の動きによってギュッと締まるヤツをだ。


「答えて! あそこの牢屋に捕らわれていたお姫様は何処へ連れて行ったの?!」

「あ、ぐ。し、知らな、い」

「本当に!? 嘘を吐くと死ぬわよ!」

「ほ、本当だ。お、れは知、らな……」

 手の平をグーへと変化させると男の首から鈍い音がする。直後、首を押さえていた腕がダラリと下がり、その目が虚ろに変わる。私はそのまま海へと投げ捨てた。


「次っ!」

 船が出航してからもうかなりの時間が過ぎている。未だアジトに捕らわれているならともかく、船で移送されたのだとしたら急がなければ船を見失う恐れが高い。次いで見つけた海賊も姫様の行方を知らないと言うので処分して次を探す。私の中の焦りは苛立ちへと変わるのにそう時間はかからなかった。



 ☆ ☆ ☆



 姫は船に乗せた。四人目でようやく姫様の行方を知る者を捕まえる事が出来た。私は男の命を即座に刈り取り、隠し港に取って返す。そして埠頭に浮かぶ一艘の船に飛び乗った。

 この船。帆などは無くて池や湖で見かけるオールを漕ぐタイプの小舟(スワンボートではない方)だ。けれど空気を操る事の出来る私にはそんなのは関係ない。後方に向かって吹き出させるだけでボートは前へと進んで行く。しかし、港を出た所で強風によって生じた波に乗り上げて大ジャンプしてしまい、慌てて船にしがみ付く。


「あ、焦った。危うく海に投げ出される所だったわ……」

 その所為で折角乾いた服がまた濡れてしまった。


「海賊船は何処?」

 風が吹いている方向から予測して海賊船の行方を探す。いくら漕ぎ手が居るとはいえ基本は帆船だ。風下にいるに違いない。


「見つけた!」

 帆を大きく膨らませ、海の上を走る二隻の船。方向的には北東へと向かっている様で、その船影は卵大の大きさまでになっている。

 その船影を目標と定めて船を進ませる。けれど、風に乗った帆船に追い付く事は容易な事ではなかった。

 一見穏やかに見える海原も、場所によっては潮流が激しかったり波立っていたりとさまざまな顔を見せる。海賊船みたいな大きな船なら問題はないのだろうが、調子に乗って船の速度を上げればさっきみたいに大ジャンプして海へと真っ逆さま。かといって速度を緩めれば帆船は遠ざかる。能力の細やかな調整が求められた。

 そうして調整のコツみたいなものが分かってきた頃、卵大だった先ゆく二隻の帆船が運動会の大玉ころがしに使う玉くらいの大きさになった時、二隻のうちの一隻が右へと方向転換をする。


「あれ? どうしたんだろう?」

 船首を右に向けて船体を晒したその直後、船体から幾つもの黒い煙が放出された。


「マズッ!」

 船を進ませていたジェット噴射の術を解いて前方に向かって慌ててシールドを張る。直後、青々とした空に浮かぶ黒い点でしかなかったソレはボーリングの玉よりも大きくなって私と周囲に降り注いだ。


「きゃぁぁっ!」

 ぼっちゃん。ばっしゃん。と水柱がいくつも立ち、ひっくり返るかと思うほどに水面が荒れ狂う。貼ったシールドに幾つかは当たっていたから危うく死ぬ所だったとゾッとした。


「アイツ等なんちゅー事をしやがるんだ!」

 こんな人畜無害の小動物の様に可愛い幼気いたいけな少女に向かって、艦砲ぶっ放すなんて正気の沙汰じゃないっ!


「チィッ。今度は左側で砲撃をするつもりね……」

 撃った船は今度は左へと船首を向け始めていた。左右に大砲が付いている船の場合、撃った大砲に玉を込めている間にもう片側に付いている大砲を使用する。連続して砲撃をするには右へ左へとジグザグに航行する事になる。


「そうはさせるもんですか!」

 張っていたシールドを解いて、ジェット噴射で船を高速移動させる。コンピューターもなく、自動追尾なんてものもないこの世界では、攻撃をするには目測や憶測で判断するしかない。こうして動き回っていれば当たる確率は限りなく低くなり、焦れた観測手は次なる手立てを講じる。


「そりゃもう、乱射よね」

 おおよそで位置を決めて砲撃をしてくる。その際、一斉に打つのではなくて二つか三つ。撃って距離を測り、その後予測と共に一斉砲撃。相手は小さな小舟だ。当たらなくとも近くで水柱が上がるだけで沈没の危険がある。


「でも残念」

 いくら漕ぎ手がいるからといっても帆船である以上は九十度。もしくは百度か百二十度か。それ以上に方向転換してしまうと今度は帆に逆風を受ける事となって船は失速。あるいはマストが折れてしまいかねない。その上、積まれている砲台にも射角というものが存在し、攻撃を受けない場所がある。海賊船が左へと方向転換したのならば、自分は右方向に進めば一切の攻撃を受けずに済む。その攻撃を受けない場所というのは――


「船の真後ろだ」

 船首には恐らく衝角ラムが付いているだろうが船尾には武装はなく、居住スペースが外に向かって大きく突き出ているだけ。その真下に入ってしまえば攻撃を受ける事もない。ついでに大きなその図体が船を一緒に引っ張っていってくれる。まあ、波が巻いているから乗り心地は良くないんだけどね。

 そして私はオーバーハングした船体を見上げ、どうしたものかと途方に暮れていた。

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