第18話 とらわれしもの
盗賊らしき男二人の後をつけ、奴等のアジトを突き止めたまではよかったが、つけていた事を気取られてしまい日焼け男に私の存在がバレてしまっていた。これ以上隠れていてもデメリットしか無い為に、術を解いて男を拘束する。
「な、なんだこれは!? 一体何が巻き付いているんだ?!」
人には見る事の出来ない不可視な空気の帯で拘束されているのを、男は戸惑いながらも己の力でもって対処をしようと試みる。けれど、自然界の一つの事象である空気に人間程度の力が通用するはずもなく、男がいくら力を込めようがそれが解かれる事はない。
「こうなったら仕方ない。さっき話していた『あの人』とやらが誰なのか? どうして私を攫おうとしていたのか? 教えてもらえないかしら?」
私が見た目通りの小娘だからなのか。それとも怖さが全くないからなのかは分からないが、男は鼻で笑う。
「教えなかったらどうするつもりだ? 拷問でもするつもりかな?」
「拷問か……そうね。それも良いわね」
「フッ。残念だがオレは特殊な訓練を受けていてな、そうそう口は割らないぜ?」
「あら、拷問は痛め付けるだけだと思ったら大間違いなんだけど?」
拷問と聞くと暴力的なシーンを思い浮かべるだろうが、それ以外にも拷問と呼ばれるようなモノは沢山ある。
男は私の様な小娘が出来る拷問なんてたかが知れているのだと高を括っているのだろう。その表情には余裕が見える。
「ハッ! 他に何があるってんだ?」
「そうね……」
私は自分の唇を触る仕草をしながら、上目遣いで男の顔を覗き込んだ。
「快楽を与えられ続けるのも拷問なのよね……」
「か、快楽だと……?」
ゴキュリ。と男の喉が嚥下する。私の目を見ていた男の眼球が徐々に下がって指で触れている唇に止まり、次いで同じ歳の女の子よりは大きい胸に止まる。そして下腹部へと下りていくのだが、胸で止まっていた時間が長かったのは気の所為か。おっぱいか。男はやっぱりおっぱいなのか?
ともかく、崖っぷちの殺人犯の様に追い詰められていない所為か事情を話してくれそうにもなく、進むか引くか。彼をどうするか。どうしたものかと思案をしていると左腕に鋭い痛みが走る。
「うっ!?」
見ると腕には五センチ程の赤い筋が刻まれ、ジワリと血が滲んでいた。遥か後方に視線を向ければ、日焼け男と一緒に居た色白男が何かを投げたような格好で固まっている。
見つかった。そう思った瞬間私の思考は逃げの一択になった。一つの術を使用中に、同種の力であっても能力の追加使用が出来ない以上は日焼け男をこのまま放置して森の中に逃げ、頃合いを見て姿を消す術に切り替えて逃げ切るしかない。幸い、森を抜ければ国境の町ルナ・スヴイェートがある。そこまで逃げ切れば安全だ。
「(出来れば黒幕の
そう思いつつ日焼け男の横をすり抜けて森への一歩を踏み出す。そして二歩目。イメージでは二歩目も大地をガッチリと掴んで加速する為に蹴り出した筈だった。けれどその二歩目は足がもつれて気付けば私は地面に四つん這いになっていた。
「あ、あれ……?」
私の中では二歩目三歩目もしっかりと大地を踏み締めて、男達を振り切って森の中へと逃走していた筈だった。けれど現実は、その場からほとんど動く事なく四つん這いになっている。その手足も次第にプルプルと震え出し、遂には自重を支える事が出来なくなって地に伏した。
「こ、れは……いっ、た……」
長い間正座していた様な痺れた感覚が全身を覆っていた。両手をしっかりと地面に付いて体を持ち上げようにも、生まれたての子鹿の様にプルプルして力が入らない。そんな私をさっき何かを投げた色白の男が顔を覗き込んだ。
「生きていたのか」
「そうみたいだな。だが、得体の知れない力を使うから気を付けろ」
「得体の知れない力?」
「ああ。今まで見ない何かがオレの体を拘束していた」
日焼け男は体を動かして自由に動ける事を確認していた。
「なんだそりゃ」
「さぁ? 見えない何かとしか言えねぇな。ところで、これは何をしたんだ?」
「なに、ナイフに麻痺毒を塗っていただけだ。死にはしない」
「なるほどな」
色白男に短く答えて私の顔を覗き込む日焼け男。
「悪いな嬢ちゃん。機会があったら嬢ちゃんの言っていた拷問ってヤツを試してやるからよ」
ニタリ。と日焼け男が笑む顔に、力なき女の末路についての教訓が頭にチラつく。絶対にそうにはなるもんか。と、意を決した所でフツリと意識が途絶えた。
☆ ☆ ☆
ある日を境にラノベやアニメなどでこの言葉を見かける様になったそうである。様々なジャンルで数多口にされてきたこの言の葉は、こんな場面では最も適した台詞であり、誰しもが最早聞き飽きたであろう台詞だ。しかし敢えて私はその台詞を口に出そうと思う。
「知らない天井だ。いや天幕だ、か」
キングサイズのベッドを四つほど並べた様に大きなベッド。四隅から天井へと伸びているポールからは薄いピンクのレースカーテンが垂れ下がる。まさにお姫様ベッドの典型というべきベッド。
手を握ったり開いたり。体の痺れがない事を確認して身を起こす。肩までかかっていた肌触りの良いシーツがサラリと落ちる。そして、自分の格好に慌ててシーツをかき集めた。
「なんで裸!?」
まさか事後!? と、内心ダラダラと冷や汗を流す。かき集めたシーツに隙間を作って頭を突っ込み、ベッドカバーにシミがない事を確認して安堵する。
「良かった。まだ早いものね……」
何が早いのかは取り敢えず置いておき、改めて室内を見渡す。
体育館ほどもある広さに家具や壁紙など全体的に白を基調として、所々に薄いピンク色が混じる清潔感あふれる室内。ウルトラキングサイズといえるベッドがデデンと置かれ、その脇にはクローゼットの扉がいくつもあってドレッサーも置かれている。
壁際には暖炉。その両脇に二つずつの大きな窓があり、吹き込んでいる風が白いレースカーテンを踊らせている。その奥にはテラス越しに空が見えた。
体にシーツを巻き付けてベッドを降り、素足のまま小走りでテラスへと向かう。そのテラスから見えた景色に大きく目を見開く。
白色の石材を基調として淡いブルーの石材をもふんだんに使い、日中は青白く、そして夕暮れ時には燃える様に紅く輝いて、見る者を魅了するクリムゾンキュアノエイデス。ヴァストゥーク城。目の前に佇む優美な城を見て、私は全てを理解した。
「そういう事だったのね……」
荷を受け取った帰りにタイミングよく現れた盗賊達。その盗賊が私の顔を知っていた事や、拷問に耐えうる訓練をしている事など、盗賊らしからぬ技能を有していた。だけど、国家所属の兵士。それも王家を守護する立場の者や汚れ仕事専門の暗部に所属している者なら十分にあり得る。
「物資援助の書簡には国王直筆のサインがあった。だとしたら、今回の一件は第二王子の独断か」
他国の貴族を誘拐なんて、ともすれば関係悪化どころか即戦争にも発展しかねない。なので国王陛下自ら決断を下したとは考え難い。現に私は王城にではなく、城から離れた離宮に捕らわれている事からアイツの独断と判断した。
「どうしてこんな事が平然と出来るのかしら……」
私を手に入れる。ただそれだけの為に自身の親でもある国王陛下の善意に介入し、随伴していた兵士を殺した。許されるべき事ではない。
この事実を明らかにして公式の場で処罰をして貰わなければ、私はともかく私を守る為に散っていた兵士達に申し訳ない。その為にはここから脱出しないといけない訳なのだが……
「ダメね。ここからは降りられそうにもないわ」
テラスの手すりから下を覗き見る。柵もなくただ手すりだけの開放的な理由がその高さにあった。
「うーん。五十メートルはありそう……」
いつかは、空を自由に飛びたいな。と、思っている私だけど、飛行どころか体を浮かせる事自体が激ムズで、単種の術しか使えない現状では無理と結論付けている。
ならば、正規のルートを通って表に出るしかないとドアへ視線を向けると、そのドアからノックの音が聞こえて警戒を強めながら返答をする。もし、あの日焼け男達だったら、今度こそ一網打尽にしようと考えていた。けれど、ドアを開けたのは使用人服を身に纏った四人の女性達だった。
「お嬢様。お着替えをお持ちしました」
「着替え……?」
「はい。白とピンクとブルー。どのドレスが宜しいでしょうか?」
ドレスといっても公式の場に着ていく様な服ではなく、部屋着感覚のカジュアルなドレス。そのドレスを三人の使用人が高々と上げ、最初に入ってきた使用人の女性が手の平で指し示す。私も貴族の端くれ。そのドレスはどれも
「ちょ、ちょっと待って。私が着ていた服は!?」
「お召しになっていたドレスは所々が破損しておりましたので、誠に勝手ながら修理に出させて頂きました。完了は明後日になると伺っております」
「そ、そうなんだ。それじゃ下着を脱がしたのは……?」
「下着は汚れておりましたので破棄させて頂きました」
言って女性は金色のトレーを差し出す。その上には純白の下着が乗せられていた。
「代わりにこちらをお持ちしましたので、お着替え時にお召替えをさせて頂きます」
そして静寂が訪れる。彼女達は私の決断を待っていて、私は一国の王女が如き待遇に戸惑っていた。けれどこのままでは埒が明かない。行動に移す為には取り敢えずマッパをどうにかしないとならない。そう思って、私はドレスの一つを指差した。
「じ、じゃあ、ブルーのドレスを」
「畏まりました。では失礼致します」
深々とお辞儀をしてドア前に並んでいた使用人の女性達が動き出す。選ばれなかった白とピンクのドレスはウルトラキングサイズのベッドに置かれ、私の体を包み込んでいたシーツが女性によって剥がされる。
恥ずかしさで大事な部分を覆い隠そうとする手を払い退け、下着にコルセット。ショースと、慣れた手つきで次々と着せられていく。『まるで着せ替え人形だな』などと思っていると、ドレッサーに座らされて髪を整えられ、髪飾りとリボンを付けられて私のお着替えタイムは終わった。
「では、これで失礼致します」
一礼して退出する使用人の女性達。バタンと閉められたドアを見つめながら、私はボソリと呟く。
「何でサイズがピッタリなの……?」
下着もコルセットもドレスも。身に付けている全てがジャストフィット。服を脱がした時にでも採寸したのだろうか?
「ま、まあいいか。これで自由に動けるし……」
流石にマッパ状態で
☆ ☆ ☆
オレンジ色の中央線が引かれた一般道路並みの広さがある廊下に、真っ赤な絨毯が敷かれている。高い天井からは意匠を凝らした赤地の布が垂れ下がり、その中央には向かい合う二頭の黄金獅子が描かれている。ヴァストゥーク王家の紋章だ。
私はその広々とした廊下を足音に気を遣いながら移動を続けている。突然開けられたドアに驚き、動きどころか息をも止める。それを何度か繰り返し、何年か寿命が縮んだんじゃないかと思いながら出口を探し求め、念願の出口を見付けたまでは良かったもののそれが巨大な跳ね橋で、上がったままの橋を見上げて私は途方に暮れていた。
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