第14話 初めての冒険(軽め)

 ――深夜。屋敷の中心部に居を構えたお陰で、雷鳴の音と光に煩わされる事もなく眠りについていた私は、体に異常を感じて目を覚ました。身を起こして見渡すと皆も静かに寝息を立てて眠っていて、ただ一人だけが豪快にイビキをかいている。

 暖炉では燃える物が尽き掛けていて、薪を放り込んでやると息を吹き返してお礼を言うかの如く踊る様に炎が揺らめき始めた。


「にしても、ユーイさんのイビキが凄いな」

 ミーシアさんパーティーの中で、一番体格の小さいユーイさんが一番大きなイビキをかいている。ドワーフという種族に対して映画やアニメの様な豪快なイメージを持つ私だが、それがこのイビキだったとしたら不憫でならない。他に設定がある事を祈りつつ、私はソッと廊下に出て、ポケットから宝石ジュエルを取り出して持ち出したランタンに火を灯した。

 街道から離れた場所に建てられた所為もあり、屋敷の中は静まり返っている。時折轟く雷鳴にビクビクしながらも、一人目的地に向かって歩き続ける。頭の中では水曜放送のサスペンスと週末のホラー映画のテーマ曲がエンドレスで流れていた。


「抜け駆けエッチと一人行動って、真っ先に殺されるパターンなんだよなぁ……」

 仲間を置き去りに自分だけとか俺を置いて先に行けというのもそう。あとは結婚を仄めかすなども該当するが、その辺は今の私には関係ない。

 こうして一人深夜行動に出た原因は、夕食のスープをおかわりしてしまったからだ。


「ちょっとお腹が出て来た気がする……」

 ぽこりんと出たお腹を擦る。デュークさんの作る食事はどれもこれも美味しくて、ついつい食べ過ぎてしまう。『育ち盛りなんだからたっぷり食えよ』と、大盛りで寄越すものだから、最近は少し体が重くなった様に感じている。このままいくと、十五歳での御披露目会にはでっぷりとした姿を晒す羽目になりそうだった。


「トンでもない事だわ。控えなくちゃ」

 でっぷりとした将来が現実の物とならない様に。と、気を引き締め直してトイレに入った。



 この世界のトイレは一部を除いて水洗式になっている。白磁の器の後ろに据え付けられた、これまた白磁のタンクの中に予め水を入れておき、必要に応じてレバーを動かすとタンク内の水が流れる仕組みだ。


「えっ!?」

 事を済ませてレバーを引いても流れぬ水に疑問を抱き、タンクの中を覗いてみると有る筈の水が無い事に気が付いた。


「どうして……?」

 タンク内が濡れている事から水が入っていた事は確実だ。けれど今はタンク内から忽然と消えてしまっている。

 真っ先に思ったのは補充の忘れである。けれど、このパーティーに水の宝石ジュエルを持つ者は多く、その誰もが忘れているとは思えない。

 次いで思ったのは、私達以外の誰かが水を抜き取った場合である。しかしこれも、ミーシアさんが言っていた『足跡が有ったけど埃が積もっていて最近のじゃない』という証言とは噛み合わない。


「じゃあ、どうして……」

 他の可能性を考えていた時、私の耳が異音を捉えた。


「水の滴る音……?」

 光源を移動させ、タンクの後ろをランタンの灯りで照らし出すと、タンクに走る一筋の亀裂から水が染み出している事が分かった。


「これが原因かぁ……」

 火の宝石ジュエルの使い手なら亀裂部分を溶接する様な事も出来ただろう。けれど宝石ジュエルビギナーの私ではタンクごと丸焦げにしかねないので、翌日起きた時にでも水の補充をお願いしようと思いトイレを後にした。



 ☆ ☆ ☆



 ――朝。昨日の嵐は夜明けと共に去ったようで、実に清々しい空気を肺一杯に吸い込んだ。荒れに荒れた庭園も、強く降った雨の所為で葉が折れて幾分かはマシになっている。今は草葉に乗る水滴が朝の光を輝かせて幻想的な光景を映し出しているが、やがては元の鬱蒼と茂った庭園に戻ってしまうのだろう。私の隣にはユーイさんが立ち、私と同じ様に朝を堪能していた。


「はぁ、気持ちが良い……」

「ん。爽やか」

 風に乗って運ばれて来る緑の香りに混じり、芳ばしい香りも鼻に届いてくぅとお腹が鳴る。


「おうぃ嬢ちゃん。そろそろ朝メシが出来るから、皿を出してくれ」

「はぁい」

 背中に届いたデュークさんの声に返事を返してから室内へと戻った。


「あれ? ミーシアさんは……?」

「んー? トイレでも行ったんじゃないか?」

 トイレのタンクの件はミーシアさん達に教えてある。永住する訳じゃないから直さなくても問題はない。それが彼等の出した結論だった。

 そうして食事の用意をしていると、トイレに行っていたと思しきミーシアさんが、興奮冷めやらぬ様子で戻ってきた。


「ねぇねぇ、ちょっと来てくれる? 私トンでもないものを見つけちゃった」

「なんだ? トンでもないものって?」

「隠し通路よ。それも地下室へのね」

「地下室だぁ?」

「ええ。扉も塞がれていたし、もしかしたら未発見の場所かも」

「しょうがねぇな」

 腰を上げたデュークさん達と私は、浮かれ気味のミーシアさんに隠し通路がある場所へと案内される。そこは玄関ホールにある二階へと続く大階段の裏側だった。そのほぼ中央部分の板が一枚外されていて、ぽっかり開いた穴には地下へと続く階段が見えていた。


「ほう。確かに地下へと続く階段があるな……」

「でしょう? 足跡もないから誰も立ち入ってはいないみたいだわ」

 尖った耳がぴこぴこと上下に動く。その耳からは、ねぇ行ってきてもいいでしょ? 的なニュアンスが読み取れた。そしてそれはデュークさんも分かっている様で、あまりいい顔はしていなかった。


「いやしかしだな、オレ達は嬢ちゃんの護衛として雇われてんだぞ? 依頼をほったらかしにして探査をする訳にはだな――」

「私なら構いませんよ?」

 デュークさんに否定され、シュンと下がった耳が再びピンッとなる。


「え? いいのか?」

「ええ。私も何があるのか見てみたいですし、その護衛って事なら問題は無いんじゃないですか?」

「嬢ちゃんがそう言うのなら良いが……一応ユーイも行ってくれ」

「ん。了解」

「デュークさんは行かないのですか?」

「オレまで行ったら誰が残りの嬢ちゃん達を見るんだよ。それに朝メシが焦げちまうだろうが」

 ホントはオレも行きたいのだとデュークさんは呟く。


「絶対焦がしちゃダメだからね?」

「だったらとっとと行って戻って来い」

 報告、楽しみにしているからな。と背を向けて手を挙げるデュークさん。エリオンさんと二人の姿を見送って、ミーシアさんがパシリ。と手の平と拳を合わせた。


「さて、それじゃ行きますか」

「はい」

 採集依頼で森へと入るのとはまた違った緊張感が心の底から湧き上がる。何が起きるか分からない不安感。見た事のない財宝が眠っているのでは? という期待感。そして未知なる場所への探究心。それ等がごちゃ混ぜになって私の中で渦巻いている。ゴクリ。と唾を飲み込んだその時、私の背中をポンと叩かれた。


「ようこそ、冒険の世界へ」

「……! はい!」

 ウィンクをして笑んで言うミーシアさんに、私は目一杯元気な声で応えた。



 ☆ ☆ ☆



 地下へと続く階段は思っていた以上に長く、このまま星の中心にまで届く様な錯覚を覚える。長い間誰も手入れをしていない所為もあり、溜まった埃に足を取られて滑り落ちた。


「きゃっ!」

「おっと」

 足を取られて滑り落ちる度、先行するミーシアさんが受け止める。


「何度も何度もすみません」

 助け起こしてもらいながらミーシアさん達は平然としているのを疑問に思い、それを口にする。


「ミーシアさん達はよく平気ですね?」

「ん? ああ。ベテランと呼ばれる冒険者はね、足元にも気を使っているのよ」

 言って壁に手をついて靴の底を私に見せる。


「沼トカゲの皮。それを靴底に使った靴なの」

 沼トカゲ。大陸中央部の湿地帯に生息する生物で、トカゲ。と名が付いてはいるがその実は竜の仲間であると本に載っていた。オオサンショウウオの様な外見をしているが、その体長は十メートルを超え、牛などを丸呑みにするという。

 あらゆる武器を弾き返すと云い伝えられる本場の竜の鱗程には及ばないが、竜種の端くれだけあってその防御力も高く、その皮には目には見えない無数のトゲが付いている為に、至る所で活動をする冒険者を中心に人気がある素材なんだそうだ。

 この皮を使った靴で踏み付けられたら地味に痛そうだな。と思ったのは言うまでもない。


「あら?」

 先行していたミーシアさんが不意に止まった。


「どうかしたんですか?」

「喜びなさいルナ。もう滑り落ちなくても良いわよ」

「……え?」

 ランタンを掲げて行く先を照らし出す。見ると階段が無くなっていて、代わりに所々岩が飛び出した、人の手が入っていない自然に出来たと思しき通路があった。


「随分と深くまで降りてきましたね……」

 振り返って階段を見上げる。降りて来た階段は緩やかにカーブを描いていて、入り口の光はもう見えない。


「通路の先に扉があるわね」

「扉……」

 自然に出来た洞窟内を塞ぐ様にして据え付けられた扉。ドアノブや扉の補強部分の鉄は錆びて茶色く変色をしている。その牛の鼻輪に似たドアノブをミーシアさんが引っ張ると、手にした扉だけを残して枠が崩れ落ちた。それはまるで海外アニメでよく見かけるギャグみたいだった。


「わ、私の所為じゃないわよ?」

 慌てて言い繕うミーシアさんの、なんかほっこりとする姿を見ながら『誰もあなたの所為とは思ってませんよ』と心でそっとフォローを入れた。


 残った扉を壁に立てかけて、改めてその先の部屋を見る。室内には朽ちた木片などが落ちていて、僅かに残った残骸から樽の物だと分かる。中に入っていたと思われる何かは原型を留めてはおらず、外見は無事な樽も中身はデロデロに溶けた何かになっている。


「どうやらここは貯蔵庫だったみたいね」

 室内をぐるりと見渡してミーシアさんが言う。言われてみれば確かに少し肌寒い気がする。


「あら、これは……?」

 棚に置かれた樽に向かうミーシアさん。その樽は、直径十五センチくらいで長さが三十センチくらいの、他に比べると小さな樽。木栓を僅かに動かし、何かを嗅ぐ仕草をしたかと思ったら嬉々として振り返った。


「ユーイ! お宝発見よ!」

「え? その樽がですか?」

「ええ! 中身は何と、葡萄酒よ!」

「んっ!?」

 シュバッ。と、音が聞こえて来そうなくらいに素早く行動をしたユーイさん。出会ってから今まで、行動の全てが緩慢気味だった彼女がこうまで素早く動いた事に驚くと同時に表情筋が引き攣った。


「すっきり爽やかなのにコクが深い。芳醇な香りは何時迄も鼻に残り、余韻を楽しませてくれている。辛口だけど飲みやすい超特級品!」

 満面の笑みでサムズアップをするユーイさん。酒と聞いてからの動きと、これ程までに饒舌なユーイさんを初めて見た気がしてならない。ドワーフは酒好き。という設定はこの世界でも生きていた様で、同時にドワーフ特性が豪快なイビキだけじゃなくて良かったと安堵した。

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