第13話 嵐と洋館

 テーブルに食べさせていたシチューの後片付けもそこそこに、宿のおじさんに申し訳ないと思いつつも宿を後にする。ヴィエラとケイトを馬車に乗せ、ミーシアさん等も乗り込んだ。デュークさんとエリオンさんは御者席に。

 日本での旅館の様に、見送りしてくれる宿屋の女将さんに手を振って、馬車は町中をゆっくりと進んでいく。門を越えると途端に空が広くなる。


「よく寝た筈なのに、まだ疲れが残っている気がするわ」

「昨日一日が濃かったからな」

 首を左右にと倒すミーシアさん。その度に首からコキコキ。という音が聞こえた。フォレストドッグの襲撃から始まり、王女殿下の誘拐。そして侯爵閣下来襲と、私から見ても相当濃い内容だ。加えて私は王女救出の脳内シュミレーションを行なっていた所為で若干寝不足だったりする。ちなみにユーイさんは馬車の動きに合わせるかの様に船を漕いでいる。器用だ。


「でもこれからは、のんびりゆったりの馬車の旅だ。あんな事なんか滅多にないだろうしな」

「油断は禁物よ。これから二日間は野宿になるんだから。野獣に野盗、影法師の脅威に晒される事になるのよ?」

「なぁに、お転婆姫サンの相手するよかマシさ。引き取ってくれた侯爵サマに感謝だな」

 デュークさんが言っていた、侯爵閣下が王都を陥落させた首謀者だ。という話は今はまだ憶測の域を出なく、仮に彼の話を鵜呑みにして行動をした場合には王女誘拐とも取れてしまい、国から指名手配を受ける身になってしまう。なので今はただ、成り行きを見守るしかなかった。



 ☆ ☆ ☆



 テセラを出立した私達は、一路アストルム領へと馬車を走らせる。青々とした空は雲一つ見えずに私達の行く先を祝福しているかの様。……が、そういえばラノベの主人公も行く先々で何かしらの事件に出くわして平穏無事で済む事は無かったなぁ。と思いつつも、どうやら私もその主人公だった様だと置かれた状況に頭を抱えた。


「チクショウ! いきなり降ってきやがって!」

「脱輪しないように気を付けて!」

「わぁってるよ! それより、何処か雨宿り出来そうな場所はないか!?」

 青々とした空は何処へやら。灰色。いや、黒くすらもある雲が見えたと思ったら瞬く間に降り出して、今は土砂降りの真っ最中。結の宝石ジュエルを持つユーイさんのお陰で濡れなくて済んだものの、雨の密度は結界外を埋め尽くす勢いだ。


「左方向に家を見つけたわ! 事情を話して雨宿りさせて貰いましょう!」

「オーケィ!」

 手綱を操り馬車を左折させる。ミーシアさんが見つけた家に近付くにつれ、人が住める様な状態に無い事が分かった。


「こいつぁ、随分と荒れてるな……」

 敷地の外と中を隔てる門扉はその何処にも無く、ただ門柱のみがその場に佇んでいる。門柱を過ぎた先の庭園は、手入れをしないと将来こういう風になるのだという見本の様な状態。その所為で家の外壁まで蔦に侵食をされている。

 屋根は部分的に落ちて穴が開き、ガラスが嵌められていたであろう窓はその尽くが割れていて、カーテンの切れ端が風で舞っていた。


「放棄されて随分と経つみたいね。一応、中を調べましょう。賊の根城になっていたら厄介だわ」

「そうだな。それじゃ、車寄せに着けるぞ」

 デュークさんの手綱捌きで馬車は屋敷の玄関前。車寄せへと進んでいく。そこで馬車を止めると、ミーシアさんとエリオンさんが馬車から飛び降りた。


「デュークとユーイは彼女達をお願い。私とエリオンで中を見てくるわ」

「ん。任せて」

「ああ。気を付けろよ」

 デュークさんの言葉を背中で受けて、ミーシアさんは軽く手を上げてから腰に吊るした剣を引き抜いて玄関へと向かった。

 ミーシアさんは長さが七十センチ程のレイピアにも似た鉄製のショートソードを主武器としている。それに加えて短剣を腰に真横に差し、狭い場所でも立ち回れる様な装備をしていた。

 彼女に続いて屋敷の中に入ったエリオンさんは、弓を主武器としている。魔術よりも長射程ではあるものの、遠距離の目標を射抜くには困難を極め、相当なセンスが無いと扱えない武器だ。そんな彼も接近戦を想定した装備を持っていて、ナタの様な幅広のナイフを腰に真横に差し、投げナイフも持っている。


「それにしても、なんでこんな所に家なんか建てたんだろうな? 貴族サマの考える事は分からないぜ」

 デュークさんの武器は一メートル程もあるロングソード。彼はそれを背に納めていて、当然の様に短剣と投げナイフを持っている。


「こんな所、効率が悪いのに」

 結界師であり、魔術師でもあるユーイさんは基本的に武器は持たない。けれどローブに隠れたその腰には、護身用の短剣を持っている。


「嬢ちゃん。何か知らないか?」

「そう言われましても……」

 学院に通う為、王都に来た時にこの道は通った筈だ。なのに屋敷が建てられていた事すらも覚えてはいない。前世の記憶を取り戻した弊害だろうか? そう答える訳にもいかず


「私が生まれる前に建てられたのでしょう」

 と、答えるしかなかった。


「そういや、嬢ちゃんてまだ十歳だったっけな。もう成人しているかの様な落ち着き様だから忘れてたぜ」

 そりゃまあ、前世を含めて二十七年も生きてますからね。ってこのセリフも久々だな。


「デュークさんはこの道を通った事は?」

「いや。オレ達はリマーニから来たからな、こっちに来るのは初めてだ」

「リマーニからならこっちは通りませんものね」

「ああ」

 リマーニとはテセラの南に位置するノトスユーク王国領に属する港街。この王国は海岸線に沿った細長い国土を持ち、その防衛に困難を極める事から、隣接する国々と友好関係を結ぶ事で防衛の不安を解消して代わりに海産物などを提供している。内陸側に在るリエストラにとって、海産物や塩などの調味料を提供してくれる有難い存在だ。


「リエストラにはお仕事で?」

「ああ。商隊を護衛してテセラまでな。そのまま別な仕事を受けても良かったんだが、折角だから王都で受けようという事になって、嬢ちゃん達と出くわした訳だ」

「そうだったんですね……」

 そのお陰で私達は救われたんだから、いくら感謝してもしきれない。それにしてもリマーニか。国から出た事の無い私にとって、外の情報は気になる。


「……なんだ。リマーニの事が気になるのか?」

「えっ!?」

 心に思っていた事を当てられてドキッとする。


「は、はい。すっごく気になります」

 将来旅立つ時に、まず手始めにリマーニに行こうと思っていた。そしてそのまま海岸線を進み、海に飽きたら内陸部へと入るつもりでいた。


「リマーニはメシが美味い」

「は、はあ……」

 ドヤ顔で言い切ったデュークさんに若干引きながら返事をする。


「特に、クラッベ料理は絶っっっ対に食った方が良い。これを食わないと、人生何年か損をするぞ」

「いや、何十年」

 デュークさんの言葉をユーイさんが補正する。この人、意外に食いしん坊だという事が、先日の宿屋のシチューの一件で露呈している。


「クラッベ料理がですか?」

 クラッベというのは言うなればカニだ。ただ、高さは二メートル、幅が五メートルはあるカニだ。時折砂浜を彷徨き、獲物を見つけるや否やホホジロザメに引けをとらない獰猛さで襲いかかる。

 縦方向は動きも緩慢だが、横方向になるとその動きも素早くてあっという間に回り込み、岩の様に硬くて巨大なハサミを振るって獲物を仕留める。RPGのラスボス並みに逃げられない獣である。これが居るお陰で海水浴をする者は居ないと聞く。


「お? 嬢ちゃん。クラッベ料理はキライなのか?」

「キライというか、大味なんですよねぇ」

 以前に美味しいと噂を聞いて、無理に頼んで取り寄せて貰った事がある。けど、いざ食してみると噂ほどではなかった記憶がある。


「そりゃ、取り寄せれば味は落ちるさ。アレは新鮮なのが美味いのよ」

「そうなんですか?」

「ああ。生ものは腐らない様に水に入れて運ぶ。その時に旨味成分まで水に溶け出ちまうから味が淡白になっちまうのさ」

 という事は、旨味成分が溶け出していない本来の味は……。ゴクリ。と、想像で口の中に溢れ返った唾を飲み込んだ。


「ひょ、ひょれは是非味わってみなければ……」

「おう。あまりの美味さに腰を抜かすぞ」

 そんな絶品料理の話をしていると、私とデュークさん。そしてそれを聞いてたユーイさんのお腹がぐぅ。と鳴った。


「あー。話をしてたら腹が減っちまったな……」

 御者席に寄り掛かり、車寄せの天井を眺めるデュークさん。丁度その時、屋敷内からミーシアさんが戻って来た。


「おう。どうだった?」

「結論から言って誰も居ない様ね。……ただ、床に足跡が複数残ってたけども埃が積もっているから最近のじゃないわ」

「オレ達みたいに雨宿りでもしてたのかもな」

「多分ね」

「よっしゃ。それじゃ準備をするか。嬢ちゃんとクラッベ料理の話をしてたらハラ減っちまった」

 デュークさんは御者席から荷台へと移ると、寝袋やら何やら泊まるのに必要な荷物を下ろしていく。ミーシアさんとユーイさんがその荷の一つを持った。


「ルナ達はそのまま中に入って、エリオンが部屋に案内するわ」

「はい、分かりました」

 両親を失ったショックから未だ生気が戻らないヴィエラに肩を貸し、ケイトと共に屋敷へと足を踏み入れた。



 ☆ ☆ ☆



 屋敷内部は思っていた以上に荒れていた。

 本来、天井からぶら下がって来客者の足元を照らし出し、また豪奢に光り輝き見る者を魅了する玄関ホールの主役。シャンデリアは鎖が切れて見るも無惨に床に落ちている。

 大正時代を彷彿とさせる様な和洋折衷の内装も木材部分は腐り、漆喰部分はヒビ割れて所々崩れ落ちてしまい、中の木材が歪んで飛び出していた。

 更に玄関ホールを飾る為の脇役である調度品も、事前に引き上げたのか持ち去られたのか。台座のみを残して消え失せていた。


「あそこの部屋だ」

 中に居たエリオンさんが部屋の場所を指差す。そこは通路と通路に挟まれた部屋で、窓は無いものの暖炉がある部屋で稲光に怯える必要はなさそうだ。


「適当に座っててね」

 テキパキと宿泊の準備を進めるミーシアさん達。デュークさんは暖炉前にドッカと居座り、食事の準備をしている様子だ。そしてその脇に見慣れない包みを見つけた。


「その包みは何ですか?」

「ん? ああ、これか? これはバーバリーの燻製だ。テセラで買い込んでおいたんだ」

 バーバリーとはいわゆる猪だ。クラッベとは真逆で、大人でもウサギサイズしかなく、煮たり焼いたりしても獣臭くて食べられない。唯一食べられる方法は燻製にする事。皮を剥いで肉を削ぎ、日干しした後で燻す。そうする事で獣臭が消えて食べられる様になる。


「ま、クラッベ料理にゃ及ばないがな。コイツも中々イケるんだぜ?」

 包みから取り出して、鍋にぼちゃぼちゃ入れていく。入れて一煮立ちさせたら、ぶつ切り野菜を加えて更に煮込んでいき、最後に調味料で味を整える。


「へい、おまち。バーバリーと野菜のごった煮。カチカチのパンを添えて、だ」

 ただ単に全部鍋の中にぶっ込んだだけじゃん。パンも昨日の売れ残りとしか思えない程に固いし……

 その日私は、出された食事をお腹一杯堪能した。

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