第12話 王女殿下救出作戦

 草木も眠る丑三つ時。この世界でもそう言うのかどうかは知らないが、皆が静かに寝息を立てている最中に一人起き出して窓を開ける。

 天を覆う数多の星々の輝きも、見下ろす地には届かない。眼下に澱む漆黒の闇が全てを飲み込まんと欲しているかの様だと思いつつ、ゴクリ。と唾を飲み込み一歩を踏み出して宙を舞った。

 地に足が着くまでは気が気ではなかった。このまま永久に降り続けるのではないか? 影法師に襲われるのでは? という思いが恐怖となって私の身に襲いかかる。けれどそれは無事に着地できた事で杞憂であったと安堵する。そして腰に吊るしたランタンに火を灯し、軍の野営地へと歩き出した。

 軍が設営しているテントは、町の北門を出て直ぐの所に在った。けれど、深夜という事もあって門は閉じていて通れそうになく、宙を飛んで越えようにも町の衛兵さんが物見櫓から目を光らせていた。どうしたものかと思案を巡らせ、一つの答えに辿り着く。その答えとは、昼間王女殿下が攫われたあの隠し通路を通って外へと出る方法だった。



 ☆ ☆ ☆



 その家に誰が住んでいると思えよう。いや、家なんだから誰かが住んでいると見るべきだった。突然の来訪者を驚きの目で迎えた存在が二つ。頭からつま先まで視線を二往復させた所で口を開いた。


「何だぁ? 嬢ちゃん、何の用だ?」

「あ、いや。えっと……ごめんなさいっ、家を間違えましたっ」

 勢い任せで誤魔化そうとしたが失敗し、もう一人の男から呼び止められる。


「待ちな嬢ちゃん。申し訳ないと思っているのなら……分かるよな?」

 下卑た笑みを浮かべて馴れ馴れしく肩に腕を回して言う男。勿論、男が言わんとしている事も理解出来る。


「えーっ、私子供だからわかんなぁーい。じゃあね、おじさん」

 次いで子供だからという理由で押し切ろうとしたが、肩をガッチリ掴まれてしまっていてはどうしようもない。私は大きくため息を吐いた。


「全く、男ってのはソレしか頭にないのかしら」

「ああん? 何をブツクサ言ってんだ嬢ちゃん。そのエッチな体で迷惑料を支払えって言ってんだぜ」

「じゃあ、おじさん達には私から特別な物をあげるね」

「お、おお。なかなか話が分かるじゃねぇか」

 まぁ、あげるというか奪うんだけどね。


「ロブアエラス」

 私がそれを口にすると、おじさん達は喉を押さえて苦しみ出す。未成年に手を出そうとしたのだから殺してしまっても構わないが、隠し通路を使わせて貰うのだしその辺は失神程度で済ませてあげた。うん、私ってば寛大。



 隠し通路の中は当然の事ながら真っ暗だ。テーブルに乗っていた明かりを拝借して通路に飛び込み、時折足を沢山生やした虫に怯えつつ通路を進んで行き止まりで天板を持ち上げる。農機具からの濃い土の匂いに眉をひそませて外に出る。勿論、明かりを消す事も忘れない。


「わぁ、凄い星空……」

 晴れ渡り、月も無く、遮る物が何もない。明かりといえばランタンや魔法頼りのこの世界では、澄み切った星空が十二分に堪能出来た。

 暫くその場に立ち止まり、闇に目を慣らしてから行動に移す。幾ら姿を隠していても相手は聞き耳を立てて周囲を警戒している。その為適度に距離を取って進まねばならず、明かりを灯してしまうと物見櫓の衛兵さんに見つかってしまうからだ。そうして物見櫓に注意を払いつつ北側へ向かうと、街道沿いに同じテントがズラリと並んでいた。


「ここまで並ぶと壮観ね……」

 一つのテントに複数人入れるとしても、約二万人分のテントが並んでいる事になる。侯爵閣下のテントは陣の中央にあり一際大きいので分かりやすいが、兵士さん達用のテントの隙間を通って進んでいく必要がある。そして、今が丁度交代の時間なのか人の出入りがそれなりにあった。


「これは、気を付けないとダメみたいね……」

 最初の難関は、兵士さんにぶつからないようにして進む事。テントの出入り口からだけではなく、テントの後ろからも兵士さんが不意に現れる事からこのミッションの難易度は結構高めと思われる。私は意を決して頷き空気を操作して姿を消す。そして兵士さんが彷徨う野営の地へと踏み込んだ。


 ――数分後。私は掻いてもいない汗を腕で拭いて第一関門を突破した事を喜んでいた。テントの入り口の布をバサリと開けられた時にはビクッと身体が硬直してしまったが、誰とも衝突する事もなくまた気付かれる事もなくすり抜ける事が出来た。そして第二関門。


「(ここは結構厄介かも……)」

 第二関門は第一関門の人の出入りに加えて焚き火の番をしている兵士さんが居る。更に身長よりも背の高い岩がゴロゴロと転がっていて死角が多い。一見、岩の上が安全なルートに見えるが、岩の上には草などが生えていて崩れて落ちると気付かれる。ダンボールがあったらな。と、理由は分からないが一瞬何故か思った。

 右へ左へと視線を巡らし、この関門の最適なルートを探し出す。見つけたのは、焚き火を囲む二人の兵士さんだった。うち一人は焚き火の維持に夢中になっていて、もう人はこっくりこっくりと船を漕いでいる。通り抜けるのはここしか無いと思ったが、実はそれが罠だったと気付いた時には遅かった。


「おい。寝てんなよ」

「ふが? んぁ、すまんすまん」

 仲間に叱咤されて起きた兵士さんが、後ろに大きく腕を伸ばして伸びをする。そして私の体に電流を浴びせた。


「~っ!」

 ビリッと流れた電流に大慌てで口を塞ぐ。私に電流を浴びせた兵士さんは、不思議そうな目で私を見ていた。


「なんだこれ?」

「なんだ? どうしたんだ?」

「いや、ここになんかあるんだよ」

「なんかってなんだよ?」

 兵士さんの影からもう一人の兵士さんが私を覗き込みながら言う。


「んー……例えるなら女のおっぱい?」

 彼等が会話をしている最中も、兵士さんはずーーーーっともみもみもみもみしている。その先に若くてハリがあって弾力が半端ない、今でも十分なのにまだ成長の余地が残されているモノがあるとは気付かずに。


「(それおっぱい! 本物だからっ! 揉まないでよっ! 声が出ちゃうからっ!)」

 私はその理不尽な攻撃を必死になって耐えるしかなかった。先端にアプローチがあろうとも、声を出してしまえば気付かれてしまう。そして気付かれればこのミッションは失敗に終わる。だから、危なく声が出そうな場面であっても我慢した。


「なんだそりゃ。お前まだ寝ぼけてんじゃねーの? 顔でも洗ってこいよ」

「…………そうだな。そうするか」

「ぁんっ」

 揉むの止めて下ろした指先が、一番敏感な先端を掠めて通り過ぎた。その所為で我慢が臨界を越えてしまい思わず声が出てしまった。


「……ん? 今、何か言ったか?」

「いいやなにも?」

 両手で口を抑えてはいるが、バクバクバクという心臓の音で気付かれてしまうのではと更に鼓動が早くなる。絶体絶命の大ピンチ。それを救ってくれたのは別の兵士さんだった。


「おいそこの二人。こっち来てちょっと手伝ってくれ」

「了解」

「分かった」

 離れていく二人の兵士さんの背を見送って危機は去ったと安堵する。その場に崩れ落ちた私は、岩に背を預けて脱力する。


「(揉まれた、だと……?)」

 今の人生もることながら、前世でだって揉まれた事すらもなかったおっぱい。立ち去っていく二人の兵士さんの背を睨み付けて、この償いは必ずさせると心に誓った。



 セクハラ兵士さんが戻って来ないうちにその場から離れると、いつの間にか第二関門を通り抜けていた。難関を突破した喜びも確かにあるのだが、それ以上に憎悪が燃え盛っている。今はもう何処へ行ったか知れぬ兵士さんの代わりに近場に居た兵士さんを睨み付けていてハッと気付く。


「(ハァ……落ち着くのよ、ルナ。これからが本番なのだから、あれくらいで取り乱していてはダメ)」

 深呼吸を繰り返し、冷静さを取り戻す。そして、次なる関門に目を向けて絶句した。

 第三関門は正に難所と言っていい場所だった。踏みしめる地面は、数日前に降った雨が未だ乾いていないのか。それとも、誰かが捨てたのかは知らないが、水分を含んで湿っている。こんな所を歩こうものならたちまちのうちに通った痕跡が残ってしまう。かといって乾いている場所には兵士さん達がたむろっていて通れない。八方塞がりかとも思えるこの状況で、私の頭脳は答えを導き出していた。


「フライ」

 毎度の事ながら口に出さなくても術を使う事が出来る。けれど、術名を口にした方が私に都合が良いので口にする。……いや、術のイメージがしやすいので口にする。

 私の頭脳が導き出した答えは、『そうだ、空を飛べば足跡も付かないじゃないか』と、いうものだった。『フライ』とは名ばかりのこの術、実際は地上から二、三センチ浮いているだけだ。一応は大空も飛ぶ事が出来るが、バランスを取るのが非常に難しくて墜落しかねない為に怖くて飛べない。今も、良く転がるボールの様なものの上に乗っている感覚が半端なく、気を抜くと顔面から泥の中に突っ込みそうだった。


「(そぉっと、そぉっと……)」

 ゆっくりと、それでいて確実に前に進む。今の私は亀よりも歩みが遅い状態だ。


「(もう少し……)」

 残りはあと二メートル。このままなら問題なく対岸に渡れると安堵した次の瞬間、バサリとテントの入り口を開けて出てた兵士さんに驚く。そして驚いた事で術の集中が切れてしまい、思いもよらない事態へと進んだ。


「(……え?! ちょっと待って。足が、足が開いちゃうっ!?)」

 ゆっくりとだけど確実に両の足が外側へと開いていく。でもそれくらいじゃぁ私は何とも無い。自慢じゃないけど私は体が柔らかくて開脚したまま床に座れる特技を持っている。が、今私は透明になっているけれど存在自体が消えている訳ではない。服に付いた汚れは宙に浮いてしまい、それは誰からも見えてしまう。だから泥が付かない様にとスカートをたくし上げたのだが……


「(こんな格好、誰かに見られたら……)」

 どうしようと思いつつも、あられもない姿を周囲に晒している自分に妙にドキドキする。このまま術を解いたら目の前のあの人はどんな顔をするのだろう? と、思いを巡らせて、無意識に実行に移そうとした時にお尻から伝わる冷たい感触で我に返った。


「(私ってば一体何を?!)」

 淑女として道を踏み外しそうな所だったのを間一髪で引き戻してくれた泥には感謝の言葉もない。けれど、べちゃんと付いた泥は今も下着に絡みついて気持ち悪い事この上なかった。


 どうにかこうにか持ち直して無事に泥沼を渡り終えた私は次なる関門の前に立つ。王女殿下救出作戦と銘打って、数々の危険に身を晒しながらも突破してきた関門も残りは後一つ。眼前に佇む侯爵閣下が御座おわ居城テントさながら難攻不落の要塞に見える。けれどここを攻略しない事には、侯爵閣下の悪事を暴くどころか王女殿下をお救いする事も叶わない。ゴクリ。と唾を飲み、濡れてずれた下着の位置を直して最後の関門に挑んだ。



 ☆ ☆ ☆



「……。……ナ。ルナってば」

 体を揺さぶられて我に返る。見るとミーシアさんが心配そうに私を見つめていた。


「え、はい。なんですか?」

「なんですか。じゃないわよ。折角のシチューが盛大に零れているわよ」

「え? あ……」

 指摘を受けてテーブルを見ると、白い液体が広域にぶっかけられていた。スプーンに乗せたシチューはその尽くが口に入らずにテーブルに食べさせていた様だ。

 結局の所、王女殿下救出作戦バージョン十二トゥエルブは失敗に終わった。作戦指揮所で待ち構えていた侯爵閣下に行く手を阻まれてテントの奥へと進む事が出来なかった。もっと別な角度からのアプローチが必要だろう。汚れたテーブルを掃除しながらそう結論付けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る