第11話 テセラの夜

 護衛依頼。

 ルナルフレ・アストルム以下四名を護衛対象とし、対象をアストルム領内アストルム男爵邸に送り届ける事。

 完遂宣言は依頼者によって行われ、報酬は完遂後に手渡しで行う。


 依頼者ルナルフレ・アストルム。

 受領者Cランク冒険者ミーシア。


 羊皮紙に目を通し、記入漏れがない事を確認して頷く。私の背後から紙を覗き込んでいたミーシアさんが言う。


「報酬の件、本当に良いの?」

「はい、勿論ですよ。こんな騒動の最中に請け負ってくれるのですからこれくらいはしませんと」

 王女殿下の事もありますし。と、こちらは小声で耳打ちする。


「そ。それじゃ、有り難く受け取っておくわ」

「はい。改めまして、宜しくお願いします」

「任せてちょうだい」

 差し出された手をガッチリと掴んで握手をする。柔らかな手指の中に確かに存在する硬質化したタコが頼もしく思えた。



 ☆ ☆ ☆



 ギルドを出た頃には、陽もだいぶ傾いていた。今日はこの町で一泊する事を告げられて、夕食を摂るべくあてがわれた部屋へと移動をする。そして部屋のドアを開けて唖然とした。

 偶然空いていたという六人部屋は、宿屋の最上階に位置していた。部屋の中央には円形のテーブルが置かれ、左右には三つづつのベッドが並んでいるのだが……。

 その内の一つ、右の真ん中のベッドに王女殿下が括り付けられていた。手足をベッドの四隅にガッチリと繋がれ、ご丁寧に猿轡までされている。慌てて拘束を解くと、血相を変えてトイレに駆け込んだ。どうやらギリギリであったらしい。


「も、漏れるかと思った……」

 トイレから出てきた王女殿下が最初にもらした呟きだ。そして私をキッと睨みつけた。


「あなた達、この償いは絶対にさせますからね」

「そう言われましても、王女殿下が不用意に飛び出してしまった所為で人攫いの目に止まってしまったのです。私達が近くに居たからこそ何とかお救い出来たものの、そうでなければ奴隷として他国へ売り飛ばされていたかもしれません」

 この国には奴隷制度は無いが他の国にはあるそうだ。この国でも女子供が失踪する事件が時折起こり、人攫いが捕まる事もある。


「王女殿下はもう少し御自身のお立場をご理解頂きたいのです」

「う……」

 たじろいだ様子を見せた王女殿下。あの出来事は攫われた当人には恐怖でしかないだろう。これで王女殿下も少しは落ち着いてくれるだろうと内心で安堵する。そこへヒョイと、大きなカゴを抱えたミーシアさんが顔を出した。


「どうかしたの?」

「いいえ、何でも無いですよ。ところで、そのカゴに入ったパンは一体……?」

「ああ、これ? 今日は宿屋自慢のシチューらしくてね。部屋に持っていってくれって頼まれたのよ」

 部屋の中央に置かれたテーブルに持っていたカゴを置きながら言うミーシアさん。次いで入室してきたユーイさんが人数分の取皿を置いていく。その席の一つに何食わぬ顔でちょこんと座る王女殿下。先程の憤りも何処へやらだ。

 そうして、宿屋自慢のシチュー待ちをしている私達の耳に、階下から騒がしい声が届いた。


「なんか騒がしいわね」

「シチュー、豪華」

「なるほど、それでか」

 ンな訳あるかい。思わずツッコミを入れたと同時に、金属鎧を着込んだ何者かが室内に雪崩れ込んでくる。数は五人。揃いの装備から見て冒険者や野盗ではないようだ。


「何者!?」

 腰の短剣を抜き放ち、侵入者へと切先を向けるミーシアさん。ユーイさんはというと、黒色の宝石ジュエルをバッグから取り出して防衛の構えを見せた。そんな彼女達に私は、私の知り得た情報を伝える。


「ミーシアさん、ユーイさん。彼等は敵ではありません。武器を下ろして下さい」

「え……?」

「それ本当なの?」

「ええ」

 彼等の中に見知った顔があったからとかではなく、金属鎧に刻まれた紋様に見覚えがあったからだ。

 王国貴族たるもの、この紋様を知らずして家名を名乗る事は許されない。その紋様は国王陛下より直に授与された紋様であり、陛下に次ぐ権力を持つ御方のもの。

 その紋様を授与された御方が鎧の重みで床を軋ませ、開け放たれたままの部屋の入り口に立つ。

 私はミーシアさん達よりも一歩前へ出ると、スカートを持ち上げてカーテシーを行った。


「お久しゅう御座います侯爵閣下。アストルム男爵が長女。ルナルフレで御座います」

 カーテシーを終えて視線を上げると、侯爵閣下の厳しい顔つきが幾分か和らいだ。

 この御方の名はオーリエンス・アイヘナル・エンレンホス侯爵といい、このリエストラ王国で国王陛下に代わって東方方面を治める御方だ。


「おお。そなたはあのルナルフレ嬢か。しばらく見ないうちに大きくなったものよな。それに、美しくなられた」

「有難う御座います」

 私を見つめるその目は、孫やひ孫を見るおじいちゃんのソレだ。


「色々と話をしたい所ではあるが済まぬな。こちらが最優先であるのでな」

「はい。承知しております」

 そう言っている最中にある一点に視線を注ぐ侯爵閣下。そして視線の方に向き直ると、その場に膝を付いて頭を垂れた。


「ご無事で何よりで御座います王女殿下! 王都が落ちたとの報せを受け、このオーリエンス。気が狂うかと思いましたぞ」

「良く参ってくれましたオーリエンス卿。早速ですが、動かせる兵は如何程になりますか?」

「は。約二万になります」

「では、そなたに命じます。オーリエンス・アイヘナル・エンレンホス侯爵。そなたに指揮権を委ねます。可及的速やかに進軍し、王都内部で奮戦をしている者と共に都を奪還せよ」

「はっ! 勅命、謹んでお受けいたしますっ!」

 侯爵閣下の言葉に兵士達がガシャシャっと敬礼をする。その音を聞いてから侯爵閣下は立ち上がってこっちを向く。


「ルナルフレ嬢。王女殿下は私の方で御預かりしようと思うのだが、良いか?」

「仰せのままに」

 まあ、ハッキリ言って王女殿下を持て余していたのも事実。何かにつけて矢鱈と王都に戻りたがる王女殿下を引き取ってくれるというのだから断る理由はない。


「うむ。コールージュはるか」

「は。こちらに」

 燕尾服姿の男が部屋の入り口に現れて、左手を自身の胸に添えて軽く会釈する。


「王女殿下を屋敷へと案内せよ。くれぐれも失礼のない様にな」

「畏まりました。それでは王女殿、ご案内致します故、どうぞこちらに」

 左手で階下を示すコールージュさん。王女殿下はそれに首を横に振る。


「いえ、それは今ではありません。今はシチューが先です」

「し、チューで御座いますか?」

 戸惑いの表情で侯爵を見つめるコールージュさん。侯爵はそれに何も言わずに頷いていた。


「では、ご準備をさせて頂きます」

「お腹ペコペコなので手早くにお願いしますわね」

「畏まりました」

 深々とお辞儀をしてから階下へと向かったコールージュさん。再びやって来た時には二人の女性の使用人を伴っていた。

 ちょっとやそっとでは壊れそうにもない無骨で重厚なテーブルに、金の糸で刺繍がされたシルクのテーブルクロスか敷かれ、黄金色の燭台に火が灯される。高価たかそうな花瓶に薔薇の花が生けられて、良く磨かれたワイングラスに赤ワインが注がれると燭台の炎を逆さに映した。


「ナニコレ……」

 テキパキと晩餐の準備が整えられていくサマを唖然として見ながらミーシアさんが呟き、ユーイさんがそれに頷いて同意する。六人パーティ向けの部屋のテーブルだけが別な空間と化していた。


「うむ。それでは頂くとしましょうか」

「ええ」

 待ってました。と言わんばかりに満面の笑みを浮かべてカゴに入ったパンに手を伸ばす王女殿下。それを柔らかな表情で見つめる侯爵閣下。と、急に顔を引き締めてこちらを向く。


「そなたらも気にせずに遠慮なく食すが良い」

「は、はぁ……」

 半ば反射的に返事をするミーシアさん。こうしてテーブルだけ別な空間の晩餐が始まった。



 ☆ ☆ ☆



 ちっちゃなお腹をぽんぽこりんに膨らませ、王女殿下は非常に満足そうな笑みを浮かべていた。それを孫かひ孫を見る様な目で見ている侯爵閣下。そして、グラスに注がれたワインを飲み干して私の方を向く。


「ルナルフレ嬢。そなた等はこれからどうするのだ?」

「はい。私達はこのまま領地へと向かい、そこでヴィエラとケイトを養生させたいと思っております」

「ならば、兵を幾人か護衛に就けようと思うのだが?」

 侯爵閣下の申し出に、申し訳ないと思いながら首を横に振る。


「その申し出は誠に有り難いのですが、冒険者を雇い入れておりますので無用に御座います」

「そうか」

 そう短く答えた侯爵閣下がヴィエラとケイトの方を向く。


「ヴィエラ嬢、ケイト嬢。そなた等の仇はこのワシが取る。そなた等も亡きご両親に恥じぬ様、気をしっかりと保て生きるが良い」

 有難う御座います。辛うじて聞き取れる程の小さな声。それを発したのはヴィエラかケイトか。それは閣下にも聞こえていたのか満足そうに頷いた。


「では、野営地に戻るぞ。王女殿下もどうぞご一緒に」

「はい」

 侯爵閣下にお姫様抱っこをされた王女殿下が室内で警戒をしていた兵士と共に立ち去るのと入れ替えに、デュークさんとエリオンさんがやって来る。


「いやはや、嬢ちゃんの周りは騒がしいったらありゃしないな」

「別に望んでいる訳じゃ無いんですけどね」

 困った表情で答えると、デュークさんは肩を上下させた。


「んで? 今度は誰が来たんだい?」

「エンレンホス侯爵閣下ですよ」

「ああ、なるほど。それで姫サンを連れていったのか」

「はい。まぁ、ぶっちゃけ持て余していましたからね。侯爵閣下の申し出は非常に有り難かったです」

「はっはっは。嬢ちゃんも言う様になったな」

 デュークさんに言われて自分でも驚く。デュークさん等に毒されたのだとしたら正さないと不味いなと思った。


「それで? 侯爵サマは何しにこんな安宿に来たんだ?」

「別に安くはないわよここ」

「え、そうなのか?」

「そうよ。王女サマや貴族サマが居るんだもの、それなりに値段がする宿屋を選んだつもりよ」

「そいつは失礼した。で、何の用だったんだ?」

「王女殿下をお迎えに来たんだと思いますけど……あ。兵を伴って来られた様ですから、王都へ行くのかもしれません」

 侯爵閣下の話から推測するとそうなる。


「へぇ……その兵の数は分かるかい?」

「えっと、確か二万とか……」

 デュークさんはどうして兵の数が気になるのだろうと疑問に思っていた。その数を聞いたデュークさんは顔を顰めた。


「そいつぁ随分と準備のいいこったな」

「それはどういう意味ですか?」

「いくら何でも早過ぎだって事さ。王都が落ちて一日と半。その事を報告したのがつい数刻前だ。仮に別ルートで早馬が走っていたとしても、そんな短期間に二万もの兵を集められるかね」

「それは確かにそうですが……」

「まるで、予め起こる事が分かっていた様じゃないか?」

 ゾワリ。と毛が逆立つ様な錯覚がした。デュークさんが言いたいのはつまり……


「影法師の王都侵食には侯爵閣下が関わっていると……?」

「ま、そういう可能性もある。という事さ」

「デュークってばそういう陰謀論が好きよねぇ」

「いいじゃねぇか。しがない冒険者の楽しみの一つなんだからよ」

 デュークさん達は空想上の話でいいかもしれないが、もしもその話が本当だとしたら……


「王女殿下の身が危険です!」

 私なりに出した結論を口にすると、ミーシアさん達が驚きの目で私を凝視する。


「いや、嬢ちゃんあのな。全部想像だから真に受けられてもちょっとな?」

「そ、そうよ。全部コイツの妄想なんだから気にする事はないわ」

 妄想ってなんだよ。別にいいじゃない。と、痴話喧嘩へと発展を遂げた二人をよそに、一人王女救出のプランを立てていた。

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