第10話 拉致られた王女殿下

 人混みの中に消えた王女殿下の後を追いながら、神の祝福ギフトを使う。

 ヒアーボイス。便宜上そう名を付けてはいるが別に口に出さなくても使用はできる。それを周囲の上空に設置をして町の人達からの声で王女殿下の行く先の情報を集める。しかし、起動直後に眩暈に襲われてよろめき、家の壁に凭れかかって頭を抱えた。


「う……く……」

 ケイトがスリに遭った時とは違い、広範囲に設置をした所為で不特定多数の人の声が私の頭の中に一気に流れ込んでくる。その為に脳が処理をしきれないものと思われた。けれど、能力を解除してしまえば王女殿下の行方も完全に分からなくなってしまうので、少し無理をしても解除する訳にはいかなかった。


「ちょ、鼻血出てるわよ。大丈夫なの?!」

「あ、はい。さっきちょっと鼻をぶつけてしまって……」

 私を追いかけてきたミーシアさんが心配そうな表情でハンカチを差し出してくれた。


『何をするのですか無礼者っ!』

「居たっ!」

「えっ?! どこっ!?」

 王女殿下の声が能力にヒットする。そしてその位置をミーシアさんに指し示した。


「あそこの路地裏に入っていくのを見ましたっ」

「オーケイ。ルナはここで休んでなさいっ」

 そう言って走り出すミーシアさん。通行人とぶつかる。と思った瞬間にひらりと躱して通り過ぎていく。私はというと、能力を広範囲から路地裏周辺へと切り替えて脳の高負荷状態から脱する事が出来た。だいぶ楽になり、大きく深呼吸をする。


「もしかして、かなり不味い状態だったのかも……」

 今にも沸騰しそうだった脳みそが冷却されていくのを感じながら独りごちる。この能力、多用はしない方がいいかもしれない。そう思いながらミーシアさんの後を追い掛けた。ミーシアさんは路地裏で立ち止まり、辺りをキョロキョロと見渡している。どうやら彼女は殿下を見失ってしまったらしい。


「ダメ。居ないわ」

「えっ?! そんな筈は……」

 そうとぼけるも、王女殿下の声はきちんと能力で追っている。どうやら彼女は何者かに拉致されたらしく、目の前の一軒家の地下へと連れ去られたようだ。その家のドアを能力を使ってちょっとだけ開けてやる。


「あ、あの家。きっとあそこです!」

 指し示した家のドアが、能力によって軋みを立てながら開かれてくのだ。怪しさ大爆発である。これはバタンと勢い良く開いてはダメだ。閉め忘れた感を漂わせながら、ゆっくりと徐々に開けていくのがコツだ。


「ルナはここに居て」

 スラリと剣を抜き放ち、足音立てずに忍び寄る。室内をチラリと覗き見て、抜身の剣を仕舞った。


「誰も居ないわ……確かにここなの?」

 手を腰に当て室内を見渡すミーシアさん。ここで私のおとぼけ第二弾が発動する。


「そんな筈は……あれ? どうしてテーブルの下から風が?」

 勿論その風を吹かせているのは私の能力だ。微かに動く私の髪を見たミーシアさんは、テーブルを乱暴に退かして目を凝らす。


「ここね」

 そう言うと、腰に差してある短剣を抜いて床に突き立てた。テコの原理を使って床板を持ち上げると、土が剥き出しの通路が現れる。ミーシアさんはその穴を睨み続けている。


「隠し通路か。どこまで繋がっているのかしらね……」

 王女殿下のうめき声は、既に家屋内にはない。方向、距離から察するに、町の外へと向かっている様だった。

 その隠し通路に躊躇なく飛び込むミーシアさん。手に短剣を持っているとはいえ暗がりから襲われるかもしれないというのに。


「ルナ。あんたは戻ってなさい」

「えっ!? でも!」

「ここからはあなたを庇う余裕はないかもしれないのよ。王女サマは私が必ず連れ戻すわ。だからあなたも信じて待っていて」

「……分かりました。ミーシアさんもお気を付けて」

「ええ」

 そう言って微笑むと、ミーシアさんは暗がりの中に消えていき、私はそっとその後を追った。



 地下通路は町の外まで繋がっていた。農作業をする用具を仕舞っておく為の小屋。その床が出口となっていた。

 その床板をソッと持ち上げて中の様子を伺い、誰も居ないと判断したミーシアさんは、屋内から外の様子を伺って問題なしと判断したのか野外に飛び出した。


「あれか!?」

 ドア前で目を細めていたミーシアさんの姿が不意に消える。慌ててその後を追って野外に出ると、黄金色に染まり始めた麦穂を波立たせながらミーシアさんが畦道を駆けていく姿があった。


「(早っ!?)」

 姿勢が低い所為なのか。風魔法の応用をしているのかは分からないが、畦道で足場が悪いにもかかわらず疾走していくミーシアさん。その姿は、スピードで以って獲物を捕えるチーターだ。その狩りの対象となっているのは二人の男性で、一人は痩せた男。もう一人は体格の良い男だ。その体格の良い男の脇には白いドレスの少女が抱えられている。


「(彼等が誘拐犯……)」

 知ってか知らずか。不届にも王族を攫ってしまったのだ。彼等の行く先は地獄しかない。

 疾走を続けていたミーシアさんが腰の剣を抜き放つ。何者かの接近に気付いた男達は振り返り、迎え撃とうと剣に手を掛けたがそれが抜かれる事は無かった。

 男達の首が飛ぶ。ミーシアさんは未だ男達には到達しておらず実に不自然な出来事だったが、私は見た。ミーシアさんが腰のポーチから黄緑色の宝石を取り出していたのを。

 空気を操作して作成した望遠レンズには、全ての様子が映し出されていた。


「(風の魔術を使ったのね)」

 風を圧縮して鎌鼬と化して放つ攻撃魔術があると聞いた。恐らく、走りながら呪文を唱えて有効射程に入ると同時に解き放ったのだろう。


「(これが冒険者。数々の死線を潜り抜けて来た人……)」

 私達は術を行使する為に立ち止まって集中をしないといけない。術を習い始めたばかりの初心者との違いなのだろう。世界を旅する為にはこれくらい出来なきゃいけない。

 頑張るぞ。と、フムスと鼻息を出しながら空気を操り、光の屈折率を操作して景色に溶け込んだ。



 ☆ ☆ ☆



 ひと気の無い裏路地に入り、術を解く。そして何食わぬ顔で冒険者ギルドを訪れると、店内はてんやわんやの大騒ぎの最中だった。


「よぉ、嬢ちゃん。姫サンは見つかったのか?」

 大騒ぎの中からデュークさんが軽い感じでやって来る。


「王女殿下はミーシアさんが連れて……あっ」

「あん?」

 つい口を滑らせてしまったが、タイミング良く喧騒が会話を遮ったので助かった。家屋から引き返した事になっている私が殿下が救い出された事を知る訳がないのだ。


「王女殿下はミーシアさんにお任せしました」

 と、改めて言い直す。


「そうか。こっちはまあ、見ての通りだ」

 店内では冒険者ギルドの職員であろう者達が忙しなく動いている。彼等の形相はまるで世紀末だ。


「大騒ぎですね」

「国の首都が落ちたんだ。そりゃ大騒ぎにもなるさ」

「そう、ですよね……」

 町や村じゃなく、首都が無くなったのだ。今になってようやくその意味の重さを知る。


「では、王女殿下が御生存している事を一刻も早くお伝えせねばなりませんね」

 王女殿下が生きている事が知れれば、こんな重苦しい空気も僅かは軽やかになるに違いない。けど、そう思わない人物が居た。


「それなんだがな嬢ちゃん。王都は何者かによって滅ぼされた・・・・・って事を忘れるなよ?」

「え……?」

「影法師の侵食があるのを分かっていて護りを解く筈が無いからな。誰かの暗躍があったと見るべきだろう」

 キリ。と奥歯を噛み締める。もしそうだとしたら、一体誰がこんなとんでもない事を仕出かしたのだろう?


「紅玉石の魔力切れなんて間抜けな真似はしねぇだろうからな」

「魔力切れ……?」

「なんだ。紅玉石についてまだ習ってなかったのか? じゃあ、暇潰しにレクチャーしてやろう」

 言って前を見据えたままで腕を組み、デュークさんは紅玉石について話し始めた。


 紅玉石は二種類の鉱石で出来ている。ドワーフの冶金技術とエルフの錬金技術の粋を集めて作られたこの石は、北方海の孤島でのみ採掘出来る黒曜石を、魔力を蓄える術式を組み込んだ赤い石で覆った魔石だ。

 これにより、黒曜石単体では三時間程度しか使用する事が出来なかった浄化能力も、約二日にまで拡充する事が出来た。しかし、魔力を込められるのは結の力を有する者だけという制約がかかり、それ以外の力は受け付けなくなってしまった。


「幸いなのは、結界師がそれほど稀有な存在じゃねぇって所だな」

「確かにそうですね……」

 ヴィエラは勿論のこと、クラスメイトの中にも結の宝石ジュエルを持つ人が何人も居た。その所有率を考えれば、世の中には多くの結の宝石ジュエルを持っている人達が居るだろう。


「紅玉石の魔力切れも辺境の村ならあり得るが――」

「あり得るんだ……」

「――王都でそれはまず無い。必然と別な理由に行き着く訳だ」

「その理由って……?」

 ゴクリ。と唾を飲み込んで次の言葉を待った。


「紅玉石が破壊された場合だな」

「……紅玉石の破壊って、そんなに簡単に壊せるモノなんですか?」

「ああ。ああ見えて意外に脆いらしいぞ。床に落として割った。なんて話も聞くくらいだ」

 耐久性が陶器と同じかよ……


「けどよ、そこにも疑問が生じる」

「どんな疑問ですか?」

「浄化能力の有効範囲を広げるにはそれだけ石をデカくしなきゃならん。あれだけの規模の街を包み込むなら相当だ。リエストラは王城を中心に栄えた都市、紅玉石も城の中に安置されて厳重な管理がなされていたはずだ」

「で、では、何者かが王城に忍び込んでこんな事を!?」

「あるいは、内部を自由に動き回れるヤツ。とかだな」

「それって……」

 デュークさんが示唆したものは、王国の中に裏切り者が居るかもしれないという事だった。


「そんな思い詰めた顔をしなさんな。これはあくまでオレの推測なんだからよ。今からそんな顔ばかりしてると、将来シワくちゃの婆さんになっちまうぞ?」

「なりませんよっ!」

 頬をプッと膨らませてそっぽを向く。向いた方向からミーシアさんがやって来た。


「なぁに大きな声を出しているのよ」

「おう、お疲れ。姫サンは?」

「そのまま置いておいたらまた逃げ出しそうだったから、宿屋のベッドに縛り付けてきたわ」

「おま、それって拉致監禁とかになるんじゃないのか?」

「そこはホラ、面識がある貴族サマに丸投げしましょ?」

 私の頭に手を置いてミーシアさんが言う。面と向かって言われるとあまりいい気はしないんだが? まぁ、私もお父様に丸投げしようとは思っているから同じか。


「さて、それじゃ依頼書を作っちゃいましょうか。こっちに来て」

「あ、はいっ」

 ミーシアさんの後について受付カウンターへと向かう。そのカウンターに、冒険者ギルドの職員が顔を引き攣らせながら応対の為に席についた。


「えっと、本日はどの様なご用件でしょうか……?」

「依頼書の作成をお願いしたいの」

「あ、えっと。王都が影法師の侵食を受けた影響で、今現在は…………依頼を受け付けてはいないのです」

 途中、チラリと同僚の方に視線を向け、向けられた同僚は首を横に振って腕でバッテンを作る。それでもミーシアさんは構わずに話を進める。


「依頼というのはこの子達の護衛なの。こう見えてもこの子、貴族サマなのよ?」

「え……?」

「こう見えては余計だと思うんですけど?」

 ごめんごめん。と軽い感じでポンポンと頭に手を触れるミーシアさん。いい加減、子供扱いにも慣れ始めてきたなと自覚しつつ、一歩を踏み出してスカートを持ち上げる。


「わたくし、ルナルフレ・アストルムと申します。この度、領地に戻るにあたって護衛の依頼書の発行をお願いに参りました」

「……へ? アストルムって……もしかして男爵令嬢様?」

「はい」

 再びチラリと視線を向ける職員さん。しかし今度は同僚ではなく、男性の職員に向けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る