第9話 襲撃

 時が経つにつれ黒一色だった空にグラデーションが生まれ始める。王都陥落から馬車の中で迎えた二日目の朝は、何処となく重い雰囲気で包まれていた。

 食事を済ませ隣町へと出発する。山の稜線から顔を覗かせた太陽は東へと向かう私達の目を焼いている。眩しさのあまりコートのフードを深く被って俯いていた姿勢が元に戻り始めた頃、前方から幌付きの馬車が三台。やって来た。デュークさんはそれに手を振って進行を止めさせる。


「この先へは行けねぇぞ。影法師の侵食を受けた」

「何!? 王都かが?!」

「信じられん……」

 商人達は口々に言う。商隊を護衛している冒険者は顔を顰め、王都へ向かうはずだった乗客は唖然として話を聞いている。


「どうかなさいましたかな?」

「ああ、ガフールさんっ」

 ガフールと呼ばれた商人に他の商人達がデュークさんの言葉を伝える。


「何と! それは何時の事ですか!?」

「昨日だ。実際に見てきたから間違いない。血痕は見当たらず着衣のみが街中に落ちていた」

 デュークさんの言葉に乗客がざわめき始める。初老の女性は手を合わせて神に祈り、若い人達は『噂は本当だったんだ』と囁いている。


「オレ達はこのままテセラへと向かうが、あんた達はどうする?」

「でしたら、ご同行させていただけませんかな? 王都経由でエイナへと向かうつもりでいたのですが、王都が通れないとなると別な道から回り道をしなければならない。王都で降りるはずだった乗客も降ろさねばなりせんからな」

 王都の西側にある街エイナは王都から約三日の道程だった。王都を通らず回り道をするとなると倍の日数では済まない。それだけ野盗や獣に襲われる危険が増えるし、その分護衛料金が嵩む事となる。商隊にとってはとてつもない痛手だろう。


「了解だ。それじゃ準備が整い次第、出発をするとするか」

 デュークさんと商人達。それぞれが馬車へと戻り手綱を操る。元々東へと向かっていた私達はともかく、王都へ行くはずだった商隊は馬車を方向転換させなければならない。それが三つともなると少々時間を要する。


「デューク!」

 馬車の屋根に乗っていたミーシアさんが屋根から顔を覗かせた。


「どしたぁ?」

「嫌な風が吹いているわ。急がせて」

「チッ。了解」

 舌打ち一つして御者台から降りるデュークさん。私はミーシアさんに聞いた。


「あの、嫌な風って何ですか?」

「害意を持った何かが近付いているのよ。それが影法師なのか獣なのか人なのかは分からないけど、あなた達も注意をしていて」

「分かりました」

 エルフには超感覚が備わっている。ドワーフは毛むくじゃらでは無かったが、エルフにはどうやらこの設定が生きている様だった。


「オレ達が殿を務めるからお前達は先に行け」

 デュークさんがそう言うと、商隊に同行していた冒険者が一歩踏み出して言う。


「オレ達も戦います」

「馬鹿野郎。お前達は商隊の護衛だろうが。お前達まで残ったら誰が商隊を守るんだ? 給料分は働いてこい」

「しかし……」

 冒険者のリーダーと思しき男性が奥歯を噛み締めていた。


「時間が惜しい。とっとと行け」

「分かりました。テセラで待ってます」

「おう」

 デュークさんの拳と自身の拳を合わせて冒険者達は商隊の馬車に乗り込む。手綱を波立たせて商隊は走り出した。


「デューク! ヤツラ方向を変えたわ! 真っ直ぐ商隊に向かっている!」

「チッ!」

 屋根の上からミーシアさんが声を張ると、デュークさんは舌打ちして御者席に飛び乗った。


「エリオン! 走りながら狙えるか!?」

「やってみよう!」

 何時の間にか馬車の屋根に登っている弓使いのエリオンさんから返事が届く。それを聞いてデュークさんは手綱を波立たせて先行する商隊を追い掛けた。



 石材を加工して敷き詰めた都市内の道とは違い、轍や水溜り跡などが残る悪路を通常の倍以上の速度で走り抜ける。現代のようなバネなどは無い為に、突き上げる衝撃がダイレクトに尻に伝わると同時に、馬車が悲鳴を上げている。その衝撃によって睡眠薬で眠っていた(という事になっている)王女殿下が目を覚ます。


「痛っ! 何ですか!? というか、これは一体どういう事ですか?!」

「王女殿下! 敵襲です! ジッとしていて下さい!」

 殿下の上に覆い被さり、四肢を踏ん張るも段差を乗り越える際に宙に浮く。張っておいた空気の層が無ければ、床や壁、王女殿下の唇などに激突してしまっていただろう。


「目標視認、フォレストドッグ五!」

 屋根でミーシアさんが叫ぶ。取り敢えずは影法師で無かった事に安堵はしたものの、すぐに気を引き締める。

 ドッグと名が付いているが、その体躯は馬ほどに大きくて素早い。馬車を引いてない馬に追いつくほどの速度で走る事が出来る、獰猛な獣だ。


「ワンヒット!」

 エリオンさんが叫ぶ。こんなシェイカー状態の馬車から当てるなんてとてつもない腕に驚く。


「クソッ!」

 屋根の上からエリオンさんのぼやきが聞こえた。二射目は外してしまったらしい。


「致命傷はいらねぇぞ! 先行する商隊に近付けさせねぇだけでいい!」

「分かってるよ! ………………よし、ツーヒットだ!」

 屋根の上から嬉しそうな声がする。残りは三匹だ。


「一匹方向を変えた! こっちに向かって突っ込んでくるわ!」

「了解! 馬車を止めるぞ!」

 馬車の速度がみるみるうちに落ちる。デュークさんは馬車を完全に停止させると、御者席から飛び降りる。次いで屋根からもミーシアさんが降りてくる。


「あなた達はここに居て。ユーイ、彼女達を頼むわ」

「任された」

 親指を立てたユーイさんは、ポケットから黒色の宝石を取り出して呪文を唱え始める。


宝石ジュエルに宿し隔絶のチカラ。我等が身を守りし神域となれ」

 大きな結界が私達ごと馬車を包み込む。ユーイさんが張った結界は、重厚でとても安心感があった。


「これが結の魔法……」

「そう。少しくらいの攻撃ならびくともしない。安心していい」

 これ程のものを展開出来る様になるには一体どれだけの修練が必要となるのだろう。そう考えていてふと、馬車の外が静かなのに気が付いた。

 馬車の外からミーシアさんが顔を出し、ドアをノックする仕草をする。


「終わったわよ」

「ん。分かった」

「早っ!?」

 ミーシアさん達が戦闘体制に入ってユーイさんが結界を張ってからそんな時間も経ってはいない。


「エリオンが射抜いてデュークが止めを刺したからね。獣一匹くらいなら瞬殺よ」

 自慢気に話すミーシアさん。ユーイさんが張った結界を解くと、御者席にデュークさんが乗り込んだ。


「出すぞ。あっちの状況も気になるしな」

 先行していた馬車に指を差すデュークさん。商隊も馬車を止めて戦闘を行っていた様子だった。

 馬車を走らせ商隊に近付くと、商人の一人が馬車を見回って被害を確認している。残りの二人はデュークさんと拳を合わせた冒険者を囲み、その冒険者は左腕を押さえて項垂れていた。


「ああ、冒険者さん。どなたか癒しの術を使える方はおりませんか?」

 そのセリフにキャビンアテンダントの姿が思い浮かんだ。御者席から飛び降りたデュークさんが冒険者に駆け寄る。


「どれ、見せてみろ」

 冒険者の傷口を見てポケットから白い宝石を取り出して癒しの術を使う。


「デュークさんって癒しの術を使えるんですね」

「ええ。デュークだけじゃなくて、前衛職は大体使えるわ」

 戦いながらも自らを回復する事で戦線の維持に一役買っているという。ミーシアさんの話を聞いて深く納得をした。


「よし。取り敢えずの応急処置だ。町へ着いたら治療院で治療をしてくれ」

「よかった……」

 ホッと胸を撫で下ろしている女性冒険者。処置をしてくれたデュークさんに深々とお辞儀をする。


「あの。有難う御座いました」

「礼なら後だ。取り敢えず速やかにここから離れよう。エリオン、処理は大丈夫か?」

 どこかへ行っていたエリオンさんにデュークさんが問い掛ける。


「ああ。問題ない」

 エリオンさんがそういうと、冒険者の女性に何かを投げて寄越した。


「これは、フォレストドッグの耳?」

「そっちの取り分だ」

「あ。有難う御座います」

「オーケー。処置も済んだし、ちゃっちゃとテセラに行きますか」

 デュークさんの言葉に商人も冒険者も私達も頷いて、私達は商隊と共にテセラへと向かったのだった。



 ☆ ☆ ☆



 王都から東へ約一日。アストルム領へと至るその途中にテセラは在った。

 人口は約六千人。王都の食糧事情を支える町の一つで、町の周囲の畑には麦や野菜などが栽培されている。

 森から切り出されてきた太い丸太を使った壁がぐるりと町を取り囲み、出入り可能な門に守備隊の兵士さんが睨みを利かせている。その門の兵士さんが、首を傾げて不思議そうな顔をしていた。


「あれ? 今朝、出て行きましたよね?」

「それが、王都が影法師の侵食を受けたらしくて戻って来たのですよ」

「それは本当ですか!?」

「ああ、本当だ」

 兵士さんと商人さんとのやり取りにデュークさんが口を挟む。


「あっ、あなた達は確か……」

「何だ、オレ達の事を覚えているのか?」

「ええ。二日前にここを通った冒険者ですよね。よく覚えています」

 そう言った兵士さんの視線がチラリとミーシアさんの方へ向く。それで何故覚えていたのか察した。恐らくこの人はデュークさんを覚えていた訳ではなくて、エルフなのに華奢ではないミーシアさんの色々と出っ張った所を覚えていたのだろうと。


「なら話は早い。オレ達はこのままギルドに報告をしに行く。あんたは守備隊の方に連絡をしてくれ」

「分かりました。では今よりこの門を閉鎖し、通行を禁じます」

「ああ、頼む」

 そう言ったデュークさんが手綱を波立たせると、馬車はゆっくりと前へと進む。まるで王都の惨状など夢物語の様な日常がここにはあった。活気溢れる喧騒。走り回る子供達。屋台で買食いをしている者も居ればペットの散歩をしている者も居る。それを窓から見て怒りを露わにしている人物が居た。


「王都があの様な事になっているというのにこの者達は一体何をしているのですか?!」

「どうか落ち着いて下さい王女殿下。彼等は未だ王都で起こった事を知らぬのです。その事が知れ渡れば、作戦を立て、部隊を編成し、王都奪還に向けて動き出す事でしょう」

 兎にも角にも王都陥落の知らせを届ける事が出来た。ここからは各方面に向けて早馬が走るだろう。私達はこのまま王女殿下を連れて実家のアストルム領へと向かうだけだ。


「それには、どれだけの時間が掛かるのです?」

「え? えっと、それは……」

 安心させる為に言った言葉に安堵するどころか問返した王女殿下に少し戸惑いながら考える。今から早馬が各領主の下へと走り、兵を派遣して王都付近に陣地を構築するのに数十日はかかるだろうな。


「二十日くらいではないでしょうか?」

 ただこれは東側だけの話だ。侯爵以下の爵位を持つ貴族に出撃命令が下されて、各町や村に常駐する兵をかき集めさせて王都付近に陣地を構築するまでの時間。これで他の三大諸侯と連携を取るとなれば、その時間は延びるに違いない。


「それでは遅すぎます! 王都は今、助けを必要としているのです!」

「あ、ちょっ! 王女殿下!」

 町中をゆっくりと進んでいたのが災いした。殿下は馬車から飛び降りると、何処かへ向かって走り出した。


「どした? 嬢ちゃん」

「殿下が脱走しました! 止めて下さいっ!」

「ああ? またか!? あのお転婆娘め……」

 デュークさんが手綱を引いて馬車を止める。荷台から飛び降りた私は、人混みの中に消えた王女を追いかけた。

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