第8話 最後の王族
影法師によって無人と化した王都より馬車を拝借して少し時間が流れる。真っ直ぐ東へと続く街道の右側の河原で結界を張っていたユーイさん達を拾い、私の実家があるアストルム領へと向けて馬車を走らせていた。
御者席には弓使いのエリオンさんとデュークさんの男性陣が座って手綱を握り、幌付きの荷台の中にはミーシアさんにユーイさん。未だ気を失っている少女と私とヴィエラとケイトの女性陣が乗っている。
「にしても嬢ちゃん。本当なのか? その子が王女サマだなんて」
「んー多分」
「おいおい。頼りないな」
「だってチラリと見ただけだもの……」
去年、お父様に連れられて王城に行った時に廊下で見かけただけ。王女殿下も何処かへ行く途中だった様で実際見たのは一秒か二秒程度だ。
「まあ、目が覚めれば全部分かる事よ」
「それもそうだな」
「それよりも、彼女の方が心配だわ」
言ってミーシアさんがヴィエラを見る。少し前に目が覚めたとユーイさんから告げられて安堵したもの束の間、問い掛けにも応じる事もなくただ一点を見つめたままの状態になっている。まるで植物人間状態のヴィエラを同じ頃に目覚めたケイトが一生懸命看病していた。
「親御さんが王都に居たんだってな」
「はい。ケイトのお父様も……」
ヴィエラの世話をしていたケイトの動きが止まる。そしてチラリと私を一瞥して再び世話に戻る。その目はあんたの両親は領地住まいで良かったわね。そう言っている様に思えた。
「さて、ここまで来りゃもう大丈夫だろう。もうすぐ陽も暮れるし、今日はここまでにして野営の準備に取り掛かろうか」
「そうね」
王都から隣の街までは馬車で一日の距離だ。朝早く出発して夏場は日が暮れる頃に到着をする。けれど今回はお昼を回った時に出発したので野宿をしなければならない。無理に進んでも暗闇の中で影法師に出会すと厄介だし、街も門を閉じているので結局は入れない。
街道から逸れて草原に馬車を止め、野営の準備を慣れた手付きで始めるミーシアさん達。将来旅をするにあたって彼女達を模範にしようと思い立つ。魔術で火をおこして、水魔術で鍋に水を入れて具材を煮込んでいく。
「見てて面白いか?」
薪を拾って戻ってきたデュークさんが、興味津々で見て回る私に声を掛ける。
「はい。私も将来、旅をしようと思ってますので」
「そうか。そういや、神託を受けたって言ってたな。使える魔術は水なのか?」
「あーいえ。火です」
「そいつぁちっと苦労するかもな。水が一番嵩張るからなぁ」
ラノベの様な収納魔法などというチート能力がある訳では無い。個人で持つにも限りがあって、水漏れしない様に加工された革袋を持ち歩くのには三個までが限界だ。それ以上となると馬や馬車に乗せるしかなく、馬も馬車もそれなりに高い。
一番困るのは、水の補給を行うべき町や村がない場合だ。手持ちが無くなれば最悪川や沼の水を煮沸して飲むしかなく、煮沸で全ての菌が死滅するかどうかは怪しい所だ。
一方で、水魔術が使えるのならば何処でも魔力の限り水が出せるので鍋などの調理器具のみを持ち歩けば良いだけ。火魔術は使えなくても火打石は嵩張る事はないし、何処の町や村でも安値で手に入る。
「やっぱり苦労しますかぁ」
「ああ。でも、嬢ちゃんは貴族サマなんだから馬や馬車ぐらい持ってんだろ? そいつに乗せていけば良いだけだ」
取って来た薪をコロリンと火に焚べながら言う。確かにあるっちゃーあるんだけど……
「うーん。馬が先にダメになりそうだな……」
「おいおい。一体何処まで旅をするつもりなんだよ」
「えっと、世界中……?」
上目遣いで首を僅かに傾げる。デュークさんはポカンとしている。
「ははははっ! 世界中ってか。嬢ちゃんの夢はでっけぇなぁ」
豪快に笑うデュークさんに逆に面食らった。
「嘲笑されると思った」
「いや、オレぁ好きだぜ。そういうのはよ」
鍋の中身をかき混ぜながら、ニヤリと笑む。そんなたわいもない話をしていると、ミーシアさんが馬車から降りて近付いて来る。
「なぁに馬鹿笑いしてんの?」
「いや、嬢ちゃんの夢はオレ好みだって話をな」
「夢……?」
「嬢ちゃんは将来、世界を旅するんだとさ」
「ああ、それはモロあんた好みね」
だろう? と再びガハハと笑うデュークさん。
「それで? お前はメシでも取りに来たのか?」
「ああ。それもあるけど、彼女。目が覚めたわ」
馬車の中に居る彼女。ヴィエラとケイトはすでに目覚めている。となれば残るは王女殿下だ。
「丁度スープが出来た所だ。嬢ちゃん、出来立てホヤホヤを持ってってやんな」
持っていた木製お玉で鍋をかき回して、同じく木製のお皿に盛り付けてお盆に乗せる。そして硬そうなパンを添えて私に差し出した。
「じゃ行きましょうか」
「はい」
馬車までの距離は二十メートルほど。スープが溢れぬ様にと気を使いながら、目覚めたばかりの少女に夜食を届けた。
☆ ☆ ☆
少女の名はアリアーナ・クラール・リエストラといった。泥やホコリで薄汚れていた顔は、お湯をつけて固く絞ったタオルで落とされ、色白な肌が露わになっている。彼女は食事を終えるなり私とミーシアさんに頭を下げた。
「助けて頂き誠に有難う御座います。この礼は必ずお返し致します」
「期待させてもらうわ。それよりも、王都で一体何がおこったの?」
ミーシアさんの問いに王女殿下は首を横に振る。
「わたくしにも分かりません」
突然王都から脱出する様に言われ、親衛隊の兵を複数人伴って秘密の抜け道を通ったものの、脱出できたのは殿下を含めて三名のみ。
「うち一人は外へ様子を見に行ったまま戻らず、最後の一人は目の前で影法師へと変じました。教えて下さいっ。王都で一体何がおきているのですか!? 民達は無事なのでしょうか?!」
王女殿下は確か九歳だったはずだ。そんな彼女は恐怖に負けそうになりながらも、王女としての立場を忘れない。……多分本当は、誰かの胸に飛び込んで泣きじゃくりたいに違いない。
「影法師の侵食を受けたという事は、紅玉石の浄化力が消失、或いは破壊、もしくは持ち去られたという事。加護が消失した町や村が無事だった例は、残念ながら無いわ」
「ですが! 我が騎士団は強者揃いです!」
王女殿下の言う通り、リエストラ王国の兵士は強者揃いと聞き及んでいる。けれど、相手はあの影法師なのだ。獣や魔獣などとは比較になんて出来やしない。文字通りの化け物相手にただのヒトである彼等が対抗できるのだろうか?
「彼等と共に内側と外側から影法師を追い立てれば、街を取り戻すのも容易い筈ですっ!」
「あのね王女サマ。今の段階ではこの事態を知っているのはここに居る者だけなのよ? これから隣町のギルドに事情を説明しなきゃならないの。これから王都を取り返すにしても、ギルドで戦力を募り、作戦を立て、人員を適切に配置して、偵察を経てから戦闘になるわ。その期間は短くても二週間で長くなる事はあっても短くなる事は無いの」
「それでは王都奪還の機を逃してしまいます!」
熱弁する王女殿下にミーシアさんは大きなため息を吐いた。その仕草に王女殿下は顔を僅かに顰めたが特に何も言わなかった。
「それはつまり、この場に居る者だけでどうにかできる。と?」
ミーシアさんの呆れとも聞こえた言葉に、王女殿下は大きく頷いた。
「そうです! 我が国最強の騎士団とあなた達が居れば、王都を取り戻す事など造作もありませんっ!」
殿下はそう言い切ったが、私には単なる子供の駄々にしか聞こえない。まあ、歳はたして変わらないんだが。
「王女サマ、あなたに二つ程忠告しておくわ。一つ目は騎士団を過大評価しすぎ。二つ目は影法師を過小評価しすぎ。そして結論として、私達はこのまま隣町の冒険者ギルドに報告をしに行くわ。王都には戻らない」
「王都奪還の誉を捨てるのですか?! 英雄の称号も授与されるというのに!?」
「それを得る為に死んでこいって? あのね王女サマ、称号は生きてこそ意味があるの。死んで貰う称号に何の意味も魅力もありはしないわ。でもそうね、そうまで言うのなら王女サマ一人で行っても構わないわ」
「ちょっ、ミーシアさんっ!」
そう言い放ったミーシアさんに口を挟む。流石にそれは承諾する訳にはいかない。
「そういえば、あなたも貴族サマだったっけ。何だったらあなたがお供して差し上げたら? その場合、受けた依頼は破棄させて貰うわ」
深く冷たい目をしながらミーシアさんは言い、それに答える間もなく踵を返して馬車から離れていく。その後ろ姿を王女殿下はいつまでも睨み付けていた。
☆ ☆ ☆
馬も眠る深夜。虫の音と共に板の軋む音が微かにした。その音を立てた人物は手探りで馬車から降りようとしている。
「どちらへ行かれるのですか? 王女殿下」
「決まっています。王都に、城に戻るのです」
「それはいけません。王女殿下の身に万が一があれば、我らは国王陛下に合わす顔がありません」
「……あなたはあの冒険者の肩を持つのですね。それでもリエストラ王国貴族なのですか!?」
小声ながらも力強く言う王女殿下。王国貴族としては王家に従わなければならない。けれど……
「私は侵食の直後に王都へと入りました。そこには……何もありませんでした。ギルドで私達を笑顔で送り出してくれた
「あなたに私の行動を阻止する権限はありません。私は今なお影法師と戦っている者達の元へと赴きます」
そう言って王女殿下は王都に向けて歩き出す。彼女の説得は無理だと判断した私は、歩み続ける彼女の背中に向かって右手を向けて異能のチカラを解放する。
「……ロブ・アエラス」
それは、神様より与えられた
この術をかけられた者は、金魚のように口をパクパクさせながら苦しみ悶え、やがては死に至る。けれど、流石に王女様を死なせる訳にはいかないので、気を失った直後に術を解除する。
「ごめんなさい」
地面に倒れていた王女殿下を抱きしめて耳元で呟いた。と同時に、草を踏み締めた音に驚く。
「でゅ、デュークさんっ!?」
「嬢ちゃん。一体全体どういうつもりだ? 姫さんに何をしたんだ? 事と次第によっては……」
静かにそう言い放った言葉。まるで刃物のように鋭い気配を纏わせていた。腰に差した剣の柄に彼の手が触れている。問答無用で斬るつもりはないだろうけど、ヘタをすれば……
「王都がああなってしまった以上は彼女は恐らくこの国最後の王族です。そんな御方を死地へと向かわせる訳にはいきません」
抱えている王女殿下の頭を優しく撫でる。
「睡眠薬を使いました。獣用にと買っておいたものですので少し強力かもしれませんが」
流石に
「睡眠薬か。なるほどなぁ……」
側までやって来たデュークさんは、しゃがみ込んで王女殿下の顔を覗き込む。
「けど、いいのか? 嬢ちゃんは貴族なんだろ? 王族に逆らうような真似をしてタダで済むとは思えねぇが……」
「ですが、このまま王家の血を絶やす訳には参りません」
「その為には手段を問わないと?」
まるで刺すような雰囲気を発していたデュークさんが唐突に気を緩めた。
「がははっ。嬢ちゃんアレだな。やっぱ、親父さんにソックリだわ」
「えー……」
娘離れが出来ない緩みまくった顔が思い浮かぶ。あんなのと何処が似ているというのだろう。
「そんな似てますか……?」
「ああ、特に目的の為に手段を問わない所なんかはな」
ニヤリと笑んだデュークさんに、自身の将来を予想して背筋に寒気を感じていた。
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