第7話 王都潜入

 森とは街道を挟んだ反対側の河原で、冒険者四人の声が揃って木霊する。その声は土手を越えて街の外壁に跳ね返っていた。


「ちょっ、声大き過ぎです。影法師が寄ってきてしまいます」

「ああ、それなら大丈夫よ。ユーイが結界を張ってくれているわ。彼女、凄腕の結界師だから」

「そ、そんな事ないですよぉ」

 顔を真っ赤にして照れるユーイさん。見た目私と大差ない歳に見えるのに、凄腕と呼ばれるほどの腕前とは……私にも出来る様な修練ならば是非にご教授願いたい。


「私とあまり変わらない歳なのにそう云われるなんて……一体どんな修練をすればあなたの様になれるのですか?」

 興味津々で聞くも、ユーイさんは目をパチクリさせるだけ。その横でミーシアさんがクスリと笑った。


「修練に近道は無いわ。努力をし続けるしかないの。それに、彼女は八十のおばあちゃんよ」

「えっ?!」

 驚きで目を剥いた。視線を向けた先のユーイさんは、『おばあちゃんじゃない』とミーシアさんに文句を垂れている。


「彼女はドワーフなの」

「ドワーフってあの……」

 ドワーフといえばずんぐりむっくりのお髭がてんこ盛りの種族だったはず。けれど彼女はスラッとしていて、発育が少し足らない十代にしか見えない。私の中のドワーフ像が音を立てて崩れ落ちた。


「ドワーフって樽の様な体型で髭面なのでは……?」

 前世の映画のセリフでは男も女も髭が生えていると聞いた事がある。歩く酒樽とも。そしてエルフとは犬猿の仲だったはず。


「それ、何処のドワーフなの?」

「そ、そんなのは居ない」

 ミーシアさんは呆れた顔をして、ユーイさんはぷりぷりと怒っている様子だ。


「ご、ごめんなさい。私の勘違いです」

 流石に素直に謝った。そして私の肩に、デュークさんの手が置かれる。


「このパーティでは、オレが一番の年下なのさ」

「えっ、じゃあ……」

 土手の草むらに腰を下ろし、弓を手入れしている男性に視線を向けると、『アイツは二番目』と、デュークさんは言った。


「そんな歳の話なんか今している場合じゃないわ。あなたの領地って何処にあるの?」

 ミーシアさんの問いに、私は王都とは反対方向に指を差した。


「東へ七日ほど行った、アストルム領です」

「え……?」

「アストルムって……」

「マジか……」

「まさかそれ、本当なの?」

 四人が驚きの視線を私に浴びせる。


「え……ご存じなのですか?」

「知っているも何も。冒険者内では伝説のお人だぜ。難関と云われた珊瑚の洞窟の踏破。ドワーフの里も救った事があるってぇ話よ」

 デュークさんの話にうんうんと頷くユーイさん。


「引退して貴族になったって聞いた時には、惜しいと思ったもんだぜ。何せ、オレはあの人に憧れて冒険者になったんだからな」

 知らなかった。娘にベッタリの親バカなお父様にそんな一面があった事など。そして嬉しかった。あんな親バカなお父様でも慕ってくれる人達が居る事が。


「という事は、あなたは娘さんなのね」

「はい。申し遅れましたが、アストルム男爵の長女、ルナルフレ・アストルムと申します」

 名乗ってカーテシーを行う。ただ、革製のスカートは固くて持ち上がらないから形だけになってしまったが。


「それじゃあ、あなた達はアストルム領に向かう訳ね」

「はい。取り敢えずは実家に戻ろうと思っています」

「そっか……」

 言ってミーシアさんはデュークさん達を見る。彼等が揃って頷くのを見て再び私の方を向いた。


「それじゃ、私達もあなた達とご一緒させてもらおうかしら」

「え……?」

「何時迄もここに居ても仕方がないし、二次被害を防ぐ為にもギルドに報告しなきゃならない。どうせ同じ方向に行くんだもの不都合な事はない筈よ」

 ミーシアさんはそう言うが……


「それじゃミーシアさん達にだけ負担が掛かってしまうじゃないですか」

「子供の癖に随分と大人びた事言ってくれるじゃない。別にあなた達が加わった所で、私達の懐は揺らぎもしないわ」

「けど……」

「子供なんだから大人を頼りなさい」

 ミーシアさんの申し出は非常に有り難かった。神託の儀を終えたばかりの私達では道中不安だった。行方知れずの盗賊風な者達や野獣。そして王都を侵食した影法師。それ等の脅威に怯えながら移動なんて出来ない。ましてや、無気力状態のままのヴィエラを抱えてなんて不可能だ。


「分かりました。けど、私がミーシアさん達を雇います! それなら問題ないですよね?」

「……へ?」

「こういうのの相場って分からないんですけど……金貨一枚で足りますかね?」

 ヒュウ。と口笛を吹くデュークさん。


「ちょ、人の好意を無視しないでよ。それに金貨一枚は多過ぎるわ。銀貨三十枚が相場よ?!」

「では、私とヴィエラとケイト。三人で銀貨九十枚。かかった食費は別途お支払い致します」

「そうじゃなくて、一つの依頼で三十枚なの……」

 ミーシアさんは言葉を中断して、ブンブンと首を横に振る。


「そうじゃなくてっ! 子供からお金を巻き上げる訳にはいかないわよ!」

「いえ。これは命を救ってくれたせめてものお礼です。ミーシアさん達が通りかかってくれなければ、恐らく私達は生きてはいなかったでしょう。お金で解決するのは失礼でしょうが、今私達にあるのは幾ばくかの金貨だけなのです」

 ニコリと微笑みながら言う。ポカンとしていたミーシアさんは、頭を掻きながら大きなため息を吐いた。


「あなた本当に見た目通りの子供なの? 実は二十歳とか言わないわよね?」

「そんな事はありませんよ。私は正真正銘、今年神託の儀を終えたばかりの十歳です」

「にしては随分としっかりして見えるんだけど……」

 そりゃあ、前世と合わせれば二十七年生きてますからね。


「オーケー。それで契約しましょう。契約書はギルドに寄った時に作るとして、そうね……先ずは馬車を調達しましょうか」

「え? 馬車を調達って何処から……?」

「あそこから」

 ミーシアさんが指を差したのは、影法師に侵食された王都だった。



 ☆ ☆ ☆



 今朝、採集依頼を受けて門へと至る通りには、街を出発する馬車や冒険者達を相手に商いをしていた露店が並んでいた。様々な呼び声が興味を引いた者の心を掴んで離さずに小銭を落としていく。しかし、今はもうその喧騒は欠片もなく辺りには静寂と香ばしい薫りのみが風に乗って漂って来るだけだ。

 露店を切り盛りしていた者は何処かへと消え、店を構えていた者も同様に消え去り、仕入れた商品だけが生ぬるい風に晒されていた。


「何度見てもひでぇもんだな……」

 少し前までは兵士さんだった、道端に転がる槍と鎧だけが残った門を潜って街中に立ち入ると、今度は街の人だった衣服がそこらじゅうに落ちている。それを見たデュークさんが顔を顰めながら言った。


「二度と見たくは無かったわ」

「ああ」

 二人のやり取りでこれが初めてではない事を知る。そして今回が初めての私は、ただただ言葉を失っているだけだった。

 と、何処か遠くで悲鳴が聞こえる。思わず体が反応するも、ミーシアさんが腕をガッチリと掴んだ。


「行っても手遅れよ。余計な事はしないで」

「……はい」

 私にもっと力があったなら。悲鳴が響く度にそう思ってしまう。『仕方がない』ミーシアさんの言葉が頭に響く。


「近くに影法師が居ないのは幸いだな。あいつ等すぐに群れるからな」

 何かで意思疎通をしているらしく、倒すのに手間取ると大勢集まってくるのだとデュークさんが言う。

 そうして辺りの様子を窺いながらゆっくりと進んでいくと、荷車やら幌付きやら屋根付きやら。多様な馬車に繋がれたままで、主人からの出発の合図を待っている馬達が佇んでいた。


「本当に居た……」

 影法師は人しか襲わない。そう聞いた時には眉唾だと思っていたが、繋がれた馬達は何処にも異常は見られる事も無く健康そうに見える。ケイトが言っていた家財を乗せた馬車だけが街に着いたというのも頷けた。


「ああ、奴等は動物を襲わねぇんだ。さて、よりどりみどりだがどれにする?」

 デュークさんの問いにミーシアさんが馬車の一つを指差した。


「あの幌付きのが良いんじゃない? あれなら七人くらい余裕で乗れそうだわ」

「了解。それじゃ、ちょいと拝借してくるわ」

 足音も立てずに幌付きの馬車に近付いて繋がれている馬の手綱を引っ張ると、『やっと出発かよ』と言ったかどうかは分からないが、ブルルル。とひと鳴きして付いてくる。と、その時だった。


「きゃああっ!」

 間近で聞こえた悲鳴にギョッとしたのは私だけではない。デュークさんもミーシアさんも驚きの眼で以って声の発生源である人物を見る。それは小さな女の子だった。歳は私と同じか低いくらいで色白の肌と着ているドレスは泥に汚れて見る影もない。そんな彼女は背格好が同じで容姿だけ見れば瓜二つの漆黒の影に、今まさに襲われようとしていた。


「チッ!」

 舌打ち一つ。持っていた手綱を放り投げて少女へ走り出すデュークさん。少女に近付くにつれ、その姿勢を低くしながら腰に差した剣の柄に手を伸ばす。ミーシアさんは黃緑色の宝石を取り出して魔術の詠唱に入っている。そして私は二人の反応速度に驚きながら、彼女と影法師の間に空気の壁を作り出していた。エアウォール。便宜上そう名付けた術を展開して影法師が少女との接触を阻む。


「おぉぉっ!」

 デュークさんが剣を抜き放つ。鞘から薄いピンク色をした刀身が現れて陽の光を浴びた刀身が益々濃くなった気さえする。そして少女を襲おうとしていた影法師を上下に両断した。両断された影法師は地に落ちる前に霧散して消えていく。唯一の表情である三日月を下にした、血のように真っ赤な口を笑みの形のままで。そして少女は気を失った。


「まったくよぉ……」

「その子を早く乗せて。気付かれる前に逃げるわよ」

「あいよ」

 言ってミーシアさんは御者席に座って手綱を握り、デュークさんは少女を抱きかかえて馬車に飛び乗る。少女を床に寝かせたデュークさんは私を引っ張り上げて馬車に乗せて、その場の全員が乗った事を確認したミーシアさんが手綱を波立たせると、ヒヒンと嘶いて馬が進み出した。

 離れゆく馬繋場ばけいじょうの地面から二つの黒い塊が盛り上がる。塊が誰かの姿へと形を変え終えても微動だにしない事にデュークさんは首を傾げていた。それもそのはず、私がこっそりと能力を使って影法師をその場に拘束し続けている。私が得た神の祝福ギフトは奴らに通じる。倒す事が出来なくても動きを封じる事が出来るのなら影法師に対する対策はいくらでも立てられるといえた。


 床に寝かされている少女の顔を眺める。周囲に居る者だけじゃなく、見知った者の存在も消えていく事象の只中で、次は自分の番ではないかという恐怖に晒されながらも今まで生き残っていた少女。その顔には泥が乾いてこびり付き、同じく泥で薄汚れた衣服は上等な仕立てが……


「あれ?」

「どうしたんだい嬢ちゃん?」

 指の腹を顎につけて少女を見る。デュークさんからは疑問の言葉をかけられているが今の私はそれに答える暇もなく、気を失っている少女を何処で見たのかを脳内検索していた。そしてその検索が去年あたりに差し掛かった時、彼女の正体が判明する。


「この子もしかして、王女殿下?!」

「え……?」

 手綱を握りながら後ろを向くミーシアさん。その視線がまず私へと向けられてそして少女へと注がれた。


「「なにぃ!?」」

 デュークさんとミーシアさん。二人でハモった声は今や無人となった門と城壁に木霊となって跳ね返っていた。

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