第32話 第2回配信対決

「にひ! 今日も勝っちゃうかんね!」


 びしりとポーズを取るゆゆ。


「ぶらありす。」のコラボ効果もあったのか、2回目の配信対決は日程を発表する前から大盛り上がり。

 朝の情報番組で特集が組まれたほどだ。


 ”今日もがんばれ! ゆゆ!”

 ”『ぶらありす。』コラボ良かったよな~。まさかゆゆが銭湯に入るなんて”

 ”ワイもあそこに行けばゆゆが浸かったお湯の中に入れる!?”


「ざんね~ん、源泉かけ流しだし!」


 ”ぐはっ!?”

 ”草”

 ”残り湯はだんきちが美味しく持ち帰りました”


(おい!)


 配信前トークで盛り上がるコメント欄。

 入室者は150万人越え。

 アリス側の公式ちゃんねるも似たようなものだろう。


「お待たせしましたわね、ゆゆ」


 ざっ


 アリスも到着したようだ。


「もふ?」


 振り返るといつものように腰に手を当てて仁王立ちしているアリスの姿。

 少しだけ服装が変わっており、背中のマントは羽織って前を閉じられるタイプに。

 頭の上に乗せたティアラは蠱惑的な光を放つ紫水晶がちりばめられたものに変わっていた。


「今日こそは。

 絶対に負けませんので」


 いつもの勝気なアリスとは少し違う。

 前回より短くしたスカートから伸びる脚をクロスさせ、カメラに向かって流し目を送る。緑と赤のヘテロクロミアが怪しく光ると、何とも言えない背徳感のある色気が漂う。


 みきゅん


 よく見ればアリスは先日ダンジョンで助けたピンクカーバンクルのマジェを連れている。


 しゅるる……


 マジェのピンク色の尻尾がしゅるしゅるとアリスの右脚に巻き付いていく。

 その尻尾の先は、短いスカートの中にまで……。


 ”今日は小悪魔アリス!?”

 ”や、やべぇ! むっちゃドキドキするんだが!”

 ”アリスたんの黒タイツに尻尾が……!”

 ”え、R-17!?”

 ”もしもしポリスメン?”


 どよめくコメント欄。

 どうやら今日のアリスはキャラ変をしてきたようだ。

 ……俺はドキドキしてないからな?


「ひゅう! 今日のアリスっぴはちょいエロ小悪魔路線!?

 よ~し、ウチも!」


 むにゅん


 対抗心を燃やしたらしいゆゆ。

 愛用の高分子ガラスブレードの柄を抱くと、胸のふくらみを強調するように前かがみになり、ドローンカメラを見上げる。


「うふ~ん♡」


 ”草”

 ”草”

 ”言葉選びwww”

 ”いや、可愛いけどもw”


「おいフォロピら、手厳しくね!?」


 普段のキャラが災いして、愛嬌が先に立ってしまったようだ。

 かくいう俺も、家でのだらしな可愛いユウナの姿を思い出してしまい、思わず吹き出す。


「もふww」


「だんきちにまで草生やされた!?」


 ”どっ!”


 きれいにオチがついたところで、今日の対決ルールを字幕に出す俺。


 <<耐久! レイドバトル!!>>

 <<ダンジョンの奥までは普通に攻略、待ち構えるレイドボスに対してどちらがたくさんダメージを与えられるか!>>

 <<手数のゆゆか? 一撃のアリスか? みんなで予想しよう!!>>


 ここは77層ダンジョン。

 ゾロ目のダンジョンにはたまに”レイドボス”と呼ばれる超高耐久モンスターが出現する事がある。

 ヴァナランドの魔窟から漏れ出るマナの偏りの関係で、低レベルモンスターがとてつもないHPを得てしまうパターンだ。


 攻撃力は大したことないので危険は少ないのだが、長期間にわたってダンジョンを塞いでしまう事もあり、結構厄介な存在だ。


 ”レイドボスか~、珍しい!”

 ”高威力魔法を使えるアリスの方が有利じゃね?”

 ”いや、防御力の低いタイプなら、手数の多いゆゆの方がいいっしょ”

 ”レイドボスを探してくるとか、ふたりのプロデューサーは優秀だな!”


 今回も、レイニさんが提案してくれたんだけどね。


「もふふ~(用意~)」


 俺は前回と同じく、スタートの合図をするべく赤い旗を持って二人の間に立つ。


「もふっ!(はじめ!)」


 こうして、ふたりのレイドボス対決が始まった。



 ***  ***


 数時間前。

 77層ダンジョン最奥。


「ちっ、なんでオレがこんなことを……」


 元明和興業社長、現ミウスコンツェルンに属する下請け業者で働く明和 久二雄(めいわ くにお)は薄暗いダンジョンの奥底を駆けずり回っていた。


『おい下請け! 早くしないとミウス・プロモーションの配信が始まるだろうか!』


 腰に下げたトランシーバーから元請け担当者の怒声が響く。

 やる気の出ない作業をダラダラこなしていたのがバレたようだ。


「ああくそ、言われなくても!」


 悪態をつきながらモンスター寄せの器具をダンジョンの天井などに設置していく。

 大がかりなダンジョン配信では、”魅せ攻略”のためにこのような下準備が行われることがある。


「なんだよあの元請けの若造! 偉そうにオレをこき使いやがって!」


 少し前まで自分もそうしていたくせに、元請けに対する呪詛の言葉を吐くクニオ。


「しかもなんだよこれ、クセェんだよ!」


 ガン!


 モンスター寄せの器具が入ったかごを蹴るクニオ。

 何が入っているのか知らないが、丸いオーブのようなものから耐えがたい悪臭が漂ってくる。


 器具は重いしモンスター除けの護符を付けているとはいえ、襲われる可能性もある。

 緊急時には元請けの救助隊が派遣されることになっているのだが、間に合うとは思えない。


 しかも給料は安く、典型的な3K職場である。


「あとはレイドボス用のモンスター寄せ器具を設置しろだぁ?

 設定値はLB33? 何のことかよく分かんねぇよ!」


 ヴァナランド素材加工仲介業を営んでいたため、ダンジョン配信には疎いクニオ。

 専門用語で指示されてもよく分からない。


「しかもめちゃくちゃ重いじゃねぇか!!」


 レイドボス用の器具はひときわ大きく、配信に映らない場所に引き摺って行くのも一苦労だ。


「くそったれ、やってられるか!!」


 ガンッ!


 蹴った弾みで、モンスター寄せの設定値が基準を大きく超えてしまったことに気付かないクニオなのだった。

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