1章 アイドル配信者との生活
第10話 ユウナの事情
「さて、どういうことか詳しく聞かせてくれないか?」
「ぷぅ。そんな大した事情はないですよ?」
まだ少しふくれているユウナ。
さすがに学園の近くでは目立ち過ぎるので、電車で数駅移動し駅ビルの最上階にあるカフェテラスに入る。
平日の午後、客はまばらで少し風も強い。
会話を聞かれる心配は少ないだろう。
「あたしと兄貴は母方の祖父に引き取られて、苗字が変わったんです」
……思ったよりシンプルな理由だった。
10年前の
「最初はあたしも凹んでましたけど。
おじーちゃんや周りの友達も良くしてくれてたんで、まぁふつーの学生生活を送ってたわけですよ」
ずず~っとミックスジュースを啜るユウナ。
なんでもない風に言っているけれど、いきなり父親を失い慣れない土地での生活は大変だったはずだ。
「……俺のおごりな?」
カフェ名物の鬼盛パフェを注文する。
「へへっ、やった~♪ さすがタクミおにいちゃん!
兄貴、体重管理もアイドルの重要な仕事だっ!
なんて言って、あんまり甘いもの食べさせてくれないんですよぉ~。
家でこっそり食べようとしたらすぐにバレるしっ!」
ふにゃり、とした笑顔を浮かべ巨大パフェをパクつくユウナ。
あっさりと餌付けされるちょろ可愛さが少し心配になるが、これが彼女の”素”なのかもしれない。
「ほいで、1年半前くらいですか。
兄貴がいきなり”アイドルダンジョン配信者になって一旗揚げるぞ~っ!”って言いだして。あたしそんなん無理じゃ~って言うたのに……無理やりこっちに連れてこられたんだぞ☆ ひどくね?」
ポーチから星のタトゥーシールを取り出し、右頬に貼るとぱちんとウインクするユウナ。
このタトゥーシールが、”ユウナ”と”ゆゆ”の切り替えスイッチなのだろう。
「それじゃ、昨日言ってた”あたしのヒーロー”って……」
「うん!」
左頬にクリームをつけたまま、にっこりと破顔するユウナ。
「タクミおにいちゃん、うっかりダンジョンに迷い込んだあたしを助けてくれたよね。ずが~んってすっごいスキルで!」
「嬉しかったし、かっこよかったぁ~」
「ずっと憧れてたあたしの”原点”で……ほんでまぁ、ダンジョン配信者になってみてもいいかーって思ったんですよね!」
ごくん!
最後のひとくちまで美味しそうにパフェを平らげるユウナ。
昔の記憶が鮮やかによみがえってくる。
泣きべそをかいて座り込む幼い頃のユウナ。
彼女に飛び掛からんとする魔獣ヘルハウンド。
俺は無我夢中で彼女に覆いかぶさり、右手をヘルハウンドに向かって突き出す。
……俺が”スキル”に目覚めたのはその時だ。
ヘルハウンドを消滅させた謎のスキルは二度と使えなかったけど、珍しいクリーナー系のスキルツリーが発現した。
「ほんまに、かっこよかったんだからね」
にっこりと上目遣いで見つめてくるユウナ。
……そういえば先日の密猟者との戦い、この時とほぼ同じシチュエーションじゃないか。
「もうもう、タクミおにいちゃんはニブいんだから~」
うりうりと人差し指でユウナが俺の頬をつついてくる。
いくら彼女が”ゆゆ”のコスを着ていたとはいえ、今まで気付かなかったのはヒドイかもしれない。
「……他に何食べたい?」
罪悪感が芽生えた俺は、ユウナに向けてメニューを開く。
(……ん?)
その時、3つ向こうのテーブルに座っていたリーマン風の男性がこちらにちらりと視線をやってから店を出ていくのが視界の端に見えた。
(気のせいか?)
もしかして、ゆゆだと気づかれた?
一瞬心配したのだが……。
「やった~! さすがタクミおにいちゃん!
ほいじゃ、このパティシエのこだわりシフォンケーキにギガ盛りアイス、それに粉もんでナポリタン!」
「ちょ、おま、食い過ぎだって!」
大量のスイーツと食事をオーダーしようとするユウナを慌てて押しとどめているうち、そんな小さな違和感は頭の中から消えてしまうのだった。
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