助けたい

 僕は、怖い。逃げたい。この気に及んでも、自分を保身する術を考えている。でも、工藤歩武を助けなくちゃ、この獣は、工藤歩武が死んだ瞬間、工藤歩武から離れ、また他の誰かを死に追いやるだろう。


 工藤歩武は、さっきまで笑っていた。家電製品店で買い物をしていた。

 死んでいく人の誰もが心が病んでいるから、この世で生きることを諦めるのではない。


 獣に取り憑かれ、その道に行ってしまう事もある。



 こないだまで普通だったのに。

 こんなに悩んでいたなら、なぜ相談しなかったのか。

 自らこの世を去った人にみんな言うけれど、本人の意志が獣によって飛んでしまい、死を選ぶ事もある。だから、獣は怖い。



 獣は、魂が身体から離れた瞬間に獣は、その人から離れる。人が不幸になった瞬間を最後まで見届ける。

 獣が離れると、その人は正気に戻るから、自分でもなぜこうなったのか分からないうちに死んでいる。

 ものすごい後悔に苛まれる。愛するものを残してしまったこと、やり残した事に後悔する。




 人は死んで終わりじゃない。


 


 大きな罪を侵した僕が消えたい日々を過ごしながら、それでも踏ん張って生きているのは、今、ここでこの世から離れたら、もっと辛いと分かっているから。




 人が亡くなった瞬間、テレビでしきりに流れる心の相談窓口に僕はいつも違和感を持っている。



 僕達の汚い思いや、心が、その相手に伝わり、その人を穢し、その人の心が汚れてしまうんだと思う。


 だから、僕達は心の光を磨く必要があるんだと思う。


 獣に取り憑かれて、汚い心の状態になってしまっても、僕達は心を少しでも磨かないと自分を守れないんだと思う。




 僕は、工藤歩武を横にする。首の動脈を確認する。僕は、僕に出来ることをする。


 中学生の頃行った林間学校。林間学校でやった救急講習の記憶を辿る。


 僕は、泣きたい。

 もう、泣いてる。涙が止まらない。


 僕のしてることが正しいかなんて分からない。僕の偽善かもしれない。


 これをしたらシスターや神様は許してくれるんじゃないかって、やましい事を思う自分がいる。本当にとことん汚い奴だって思う。


 だけど、僕は一生許されない。僕がした事が消えるわけじゃない。


 僕は、もう二度と正常な思考回路には戻れないと、思う。


 それでもどん底に落ちた僕が出来ることがあるんじゃないか。


 下の世界を知った僕だからこそ、救い出せるものがあるんじゃないか。


 僕よりも、君は、心が綺麗なはず。



 だからお願い。生きて。


 

 心が綺麗な君は、生きていたらどこかで必ず幸せが来るはずだから。


 僕とは違うから。


 生きていれば丸儲けって大スターが言ってたけど、僕もそう思う。




 生きているから、償える。


 生きているから、感謝できる。



 綺麗な君が生きないで、僕が生きている世界は辛い。



 君にも大切な人がいるはずだ。




 助けたい。工藤歩武を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る