野生の直感

 時刻は、22時半過ぎ。


「ゆっくん親に連絡した?」

「僕は、ヒロのうちに泊まるって連絡したよ」

「その手があったか!」

「もしかして、まだ親に連絡してないの?」

「うん。鬼のようにLINEと電話きてるのを無視してる」

「ヒロのお母さん、怖いからね」

「今、電話かけるから、ゆっくん電話に出て」

「えっ? また」

 ヒロは、親に電話する時、いつも僕に電話させる。



…プル、プ、プ、プルル…プルルー

 

『ヒロ!!』

『はい!』

 あっ僕ヒロじゃない。

『あらぁ、ゆっくん?』

 声色が急に変わる。

『あっ、すみません。夜遅くに』

『ごめんねぇ。またヒロがご迷惑かけてるみたいねぇ』

『いえ、すみません。あの、今日は僕の家で勉強してまして、勉強に集中してたら、こんな時間になってしまいました。携帯をサイレントモードにしてて、ヒロ、お母さんの電話に気づかなかったらしくて…』

 こういう時、僕はどこからともなく嘘が出る。

『そうだったの。ちゃんと携帯確認しなさいって普段から言ってるんだけどねぇ。ヒロちゃんと勉強してるのかしら?』

『あの、次のテスト赤点だったら、修学旅行に行けないので、必死に勉強してましたっ!』

『そうなのねぇ』

『すみません。夜遅くなってしまったので、ヒロうちに泊まります』

『ごめんなさいねぇ、ご迷惑おかけしちゃって。ヒロにしっかりしなさいと、伝えておいてくれる? ゆっくんがいると、私も安心だわ。ゆっくんの親御さんにもよろしく伝えておいて下さいねぇ』

『はいっ! すみません』

『夜も遅いから、電話切るわね。じゃあ、ゆっくんヒロの事よろしくね。いつもありがとうね』

『はいっ! 失礼しました』


 ヒロにグッドポーズをして見せる。ヒロは胸を撫で下ろす。


 窓の外を見ると、工藤歩武が眼鏡をつけた男性と会話していた。工藤歩武は、左手に高級店の紙袋を持っていた。その紙袋は、行く時には持ってなかった。

 そして、眼鏡の男性がタクシーを止めた。工藤歩武は、その人が止めたタクシーに乗り込もうとしている。



「ねぇ! ヒロ大変。行っちゃう!」

「大変だ! 俺、先に行ってタクシー拾ってくる! お会計よろしく!」



 僕は、急いでお会計をする。お釣りは、いらないので!って言おうとして、やめる。僕がバイトやお年玉をコツコツ貯めたお金をむげにはできない。どんなにお釣りを待つ時間がロスだとしても、お釣りはもらう。


 足だけ足踏みしている。早く、早く。


 お釣りを受け取る。


 100円玉が手から抜け落ちる。あぁ、僕の100円がどこかへ転がりゆく。

 よりによって、なぜ1円ではなく、100円なのだろう。うまい棒10本買える。100円を追いかけたい。


「すみません。その100円は、貯金箱へお願いします!」


 僕はそう言い残し、ヒロの後を追いかける。タクシーに乗り込む。


「どっちの方向に行った?」

「あっち」

「見失った?」

「見失ったけど、とりあえず行こうゆっくん」

「こっちの方向は、あのマンションの方?」

「来た道を戻ればいい」

「僕、道覚えてないや」

「俺が覚えている」

 そう、ヒロは記憶力がいい。記憶力がいいのに、その記憶力を勉強に決して使わない。

 僕は勉強が出来なきゃ駄目だと思う人間だけど、ヒロは、大事なことを知ってれば生きられるという人間だ。




 僕達は工藤歩武のマンションらしき場所に、戻ってきた。そしてタクシーを降りた。


 

 この後どうしようと、思っている僕の傍らでヒロが、「とりあえずここで待とう」と、言った。

 ヒロはなぜ僕が工藤歩武を追いかけて来たのか、理由は聞かない。


「どこの階に住んでるのかも分からない」

「大丈夫さ」

 ヒロがマンションを指した。

「ほら、あそこ」

 ヒロは3階の角部屋を指を差して言った。うっすらカーテンから光が漏れている。

「あそこの部屋が工藤歩武の部屋だなんて、保証はない。カーテンで中は見えないし」

「大丈夫さ」

「何が大丈夫?」

「工藤歩武が高所恐怖症で、マンションの5階以上に住まないようにしているって前にテレビで言っていた。それにあのカーテンは、工藤歩武のインスタでよく出てくるカーテンと同じだ。ほら、よく見て。あのカーテンの上の方、穴が空いてるだろ? あれは、工藤歩武の愛猫、くるみが引っ掻いて穴あけた傷と同じ形だ」

 目を薄めてカーテンをよく見る。確かによーく見ると穴が空いているようだ。

「ヒロこわっ」





 しばらく張り込みを続けていた。外からは、何も見えない。部屋の状況は変わりない夜の12時近く。僕は、そわそわしていた。さっきから、カーテンが揺れている気がする。

 工藤歩武の部屋らしき所から、黒いモヤが少しずつ出てきている。



「ヒロ、ヤバい気がする」

「俺もそんな気がする」

「ヒロ分かるの?」

「分からないけど、野生の直感」

「ヒロどうしよう」

「中に侵入しよう」

「どうやって?」

「俺に任せろ!」


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