尾行
消えてしまいたい。
本当に、苦しくて、自分を見失う。漠然とした苦しさから、ある日突然のように、消えてしまいたい気持ちによくなる。
シスターを悪く思うことはもうしたくない。それなのに、心の中ではシスターを罵倒する言葉と、シスターを傷つける想像が次々浮かんでくる。精神科では、これを侵入思考とか、幻覚とか言うらしい。
もう、辞めてほしい。お願いだから、終わってほしい。
これは、僕の心の穢れだ。穢れた心に獣が付き、獣が付くときれいな人や物をバカにするようになっていく。どんどん心の中の光が淀んでいく___。
それがまた辛い。獣は自分では祓えない
『もうやめてくれ!お願いだ』
心の中で叫ぶけど、止めるのは自分だ。人から見えないけど、心の中はパニックだ。次から次に流れてくる汚い想像に対処できない。これが本当の自分なのか、偽りの自分なのかも分からない。分かるのは、自分は最低な人間だって事だ。
『ゆう殿が思っているのですよ。ゆう殿は、私達の仲間です。ゆう殿は人に不幸になって頂きたいと思っているのですよ。これはゆう殿の思考回路です』
クックックと、不気味な笑いを浮かべている。
こんな自分を
自分は何のために生まれ、生きているのだろう?
シスターは、『この世は魂の修行ですよ』と、おっしゃっていた。
魂の修行をしにきたのに、シスターを大事にできず、闇に負け、シスターを罵倒し、心が汚れ、どんどん転げ落ちる僕は、生きている意味はあるのだろうか?
ヒロは「こら。またやってる」僕の右手を握って上に上げた。
「あぁ」
僕は、無意識にペン先を自分の胸に強く当てていた。制服がペンの後に凹んでいる。自分を傷つけようとする気持ちが働くと、そうなっている。
『チキショウ。こいつ、こいつ傷つけるかッ』
マァの舌打ちが聞こえる。獣は、人間が傷つくのが嬉しい。自分で自分を傷つける行為も獣にとっては、栄養となる。マァは、ヒロに威嚇して、爪を出しているが、ヒロは、ひらりと避ける。ヒロには獣が見えてないのに、いつも獣を避けることができる。すごい。
「あぁ、じゃないよ。ゆっくん。ねぇ、ゆっくん、今日は電気屋寄ってこうぜ」
「何買うの?」
「修学旅行に持ってくゲーム」
放課後、ヒロと、家電製品店へ来た。5階まである少し大きな家電製品店だ。
「ゆっくん、この紅の冒険 楽しいらしいぜ。あと、どうぶつの国に、ピロミン5、マサオパーティ、マサオカートまである」
「一緒にやるならマサオカートだね」
「おっ! ゆっくん一緒にやってくれるの?」
「うーん、僕はいいかな」
「なんで? ゆっくんは、やっぱりさ、さえないよ」
「さえないって何? 僕はおめめパッチリさ」
「おめめパッチリってなんだよ」
ヒロは僕が言う事によく笑う。何が面白いか分からなくても笑う。
「ヒロが好きなゲームを選べばいいさ。ヒロのお金なんだから」
「えー、じゃあ、マサオカート買おーっと」
ヒロは財布の中身を覗く。目を見開く。まさか、お金がない?
「お金はある?」
「ある」
まさか?
「今度、洋服買うお金は、ある?」
「ない」
そっちか。修学旅行の洋服を買うお金がないのか。
「マサオカートやめたら?」
「いや、俺は、マサオカートを買う。ゆっくん、また土日におじさんとこのバイト行かない?」
何が何でもマサオカートを買いたいらしい。
「ヒロのおじさんとこのバイト? 農家のバイト?」
「そう。土日や、連休に行こう。それでさ、バイト代でかっこいい洋服を買おうぜ」
「農家の仕事好きだからいいけど」
「じゃあ、決まりな! これで心置きなくマサオカートを買える」
ヒロは嬉しそうな顔をしている。今のヒロは、修学旅行の洋服で頭の中がほとんど埋まっている。
「僕、カメラとか、イヤホンとか、電子ピアノとか少し見たいんだけどいい?」
「いいぜ。確かカメラは1階。イヤホン、電子ピアノは3階だね。ここと別の階だね。そしたら、先に俺、マサオカート会計してくるよ。会計終わったら、他の階に移動しよう」
ヒロが、会計を済ませている間、僕はレジ近くの半額商品を何となく、見ていた。
ヒロは楽しそうに、レジのお姉さんと話ししている。
レジの奥のエスカレーター。
上の方から人が降りてくる。黒いダボッとした服に身を包んだ長身の男。大きなハットを被っている。
緩い服の上からでも分かるスタイルの良さに目が行った。スタイルがいいんだなぁ、僕があんな帽子を被ったら、小人と間違われる。
鳥肌がした。
パチッ
目が合った。
手元の商品に目をやる。そしてまた見る。やっぱりいる。
その男に付いた獣と僕は、目が合った。獣は、人間と目が合うことなんてないと、思っているから、目が合っても気づかない。マァは、知らない振りをしている。他の獣の事になると無関心だ。獣につられて負のものは、やってくるけど、獣同士がつるむことは殆どない。
「ゆっくん、会計終わったよ〜」
「ねぇ、ヒロ、付いてきて」
「えっ? どこ行くのゆっくん」
僕はかけてエスカレーターを降りた。その男を追いかける事にした。
「えっ? ゆっくん、カメラは? ピアノは? イヤホンは? ねぇ、見なくていいの?」
「ヒロ静かに」
「えっ? えっ? うん?」
「ヒロ静かに」
「はい」
エスカレーターを駆け足で降りる。
男が店を出る姿が見えた。見失わないように急いで店を出て、左右に首を振る。左に男が見えた。急いで近づき、距離を保ってそっと歩く。
「ちょっと、誰追いかけてるの?」
「僕は、知らない男」
「えっ? 知らない人ストーカーしてるの? 犯罪だよ」
「ヒロは知ってるでしょ? えっと、あの…」
「いや、いや、俺あんな男知らない。俺の友達にあんなスタイル良い人いないし」
「いや、ヒロは知ってる。あの男を」
「俺知らないから。俺を犯罪者にしないでくれ」
「ヒロは憧れてるあの男に」
「いや、いや、確かにスタイルはいいけどね、知らない男に憧れないから」
「いや、えーっと、あの人だよ」
「何? どの人よ。こんな探偵ごっこみたいな事しなくても」
「えーっと、今日、ヒロが見せてくれた雑誌の。女子の見てたやつの…アイドルの」
「工藤歩武?」
「そう工藤歩武!」
「えっ? えっ? 俺たちアイドル尾行してるの?」
「まずいよね」
「えー、うん、そうだね。心臓バクバク楽しいね! 最高!」
「へっ?」
「最高じゃん! 有名人に会えちゃってしかも、尾行してるんだよ」
「へぇ、へっ?」
「さぁ、今日は長い、頑張ろうぜ!」
頭のネジが飛んでいる。ヒロは僕が後をつけている理由も理解せず、尾行を楽しみはじめた。ヒロが横にいれば心強いから、とりあえず良しとしよう。
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