第2章 工藤歩武を追って

工藤歩武

 今日も僕は、窓の外を眺めている。薄い雲がゆっくりと流れ、泳いでいる。

 


「ねぇねぇ、見たぁ? 工藤歩武くどうあゆむのドラマ」

「見たぁ見たぁ」


 のんびりしている僕の横で女子の声が聞こえる。


「この雑誌見てー」

「あっ! 工藤歩武! かっこいいー」

「へぇ~今は、こういう男がもてるのか」

 ヒロが女子にちょっかいを出している。

「中川くん何?」

「俺もかっこいい男を研究しようと思って」

「そうなのぉ? 今は男子でも男性アイドルファンはいるからね」

「ちょっとだけ、この雑誌貸して」

「えーやだー」

「すぐ返す!」

「えー」

「すぐ返すから」

 僕が今見てるのは空だけど、ヒロの真剣な眼差しが想像できる。

「うーん」

「すぐ返すよ」

「うーん、しょうがない。すぐに返してね」

 嫌な予感がする。大きな足音がいち、に、さん。

「ゆっくん、ほら、これ見ろ!」

 僕の顔の前に雑誌がある。

「ゆっくん、これ、工藤歩武。かっこいいだろ。こういう男子がモテるらしい。修学旅行は、こういう格好にしようぜ」

 ヒロと放課後に洋服を見に行ってから、1週間が経っていた。修学旅行まであと1ヶ月半。ヒロはきっと、修学旅行の前日まで女子にモテる洋服の話をするだろう。

「同じ格好で行ったら笑われるよ」

「ゆっくんは、さえないな。ほら見て」

 言われるまま雑誌を見る。心がザワッとした。頭の上でマァがヒッヒッと引き笑いをしている。


 目鼻立ちがくっきりしていて、長い前髪を流した髪型。かっこいい人がかっこいいジャケットを着ている。顔に手を添えて、ポーズを取っている。その腕にはアクセサリーがかっこよく飾られている。

 男の僕が見てもかっこいい工藤歩武という人物の周りには、黒い物がいっぱい付いていた。もちろんこの黒いものは、他の人には見えない。そして、黒い物と一緒に大きな獣が一匹、工藤歩武と一緒にポーズをとっていた。

 僕は鳥肌がした。


 シスターの元で獣について学んだ僕は、シスターの元で学ぶ前よりも獣が見えるようになっていた。それは、シスターの元を離れて気づいた。

 目に見えないものの大切さを学びながら、目に見えないものを大切に出来ず、暴言を吐いた僕は、目に見えないものの恐ろしさと戦っている。これは、今の僕に、自分がしたことだろ? しっかり学べと言っているのだろうか。


『なんて素晴らしい。素敵な写真ですね。ゆう殿もこのようになれますよ。ゆう殿は、わたくし達の仲間ですから。ゆう殿は、美しい』


 マァは、精霊のマネをよくする。マァだって分かってるのに、元に戻れるんじゃないかって、時々、騙されて、振り回される。今も心のどこかでマァじゃなくて、きれいな精霊の声であって欲しいって思っている。こんな自分が余計に嫌だ。

 でも、精霊は人の事を決して褒めたりしない。それは、人が褒めるとつけ上がる生き物だから。褒めてしまうと、そこで自分は出来るんだって成長をやめてしまうから。本当に美しものは、人に厳しい。それは、人の成長を望んでいるから___。

『うるさい』

 また心の中で暴言を吐く。こんな日々にうんざりだ。


「なぁ、ゆっくんかっこいいだろ」

「…うん、そうだね」

「なんだ、ゆっくんは、歯切れが悪いな」

「かっこいいよ、すごく。かっこいいけど…」

「何? なんか付いてる?」

 ドッキと、心臓が1回鳴る。

 ヒロは僕に霊感がある事を知っている。僕が、シスターの元を去ってから、自分の霊感を人にさらけ出さなくなった事もヒロは分かってる。だけど、時々何かあると聞いてくる。

「えっ? ううん、なんでもない」

「何があるなら言えよな。と、に、か、く俺らはこういうイケメンに近づく必要がある!」

 ヒロの良い所は、しつこそうで、しつこくない所だ。

「うん」

「頑張ろうゆっくん」

「が、頑張ろう」

 ガッツポーズをして誤魔化してみる。ヒロは、さっと振り返って女子に雑誌を返した。


 世の中は獣で溢れている。良い人に見えるあの人も、この人も、色々な人に獣はついている。心が綺麗だって、獣の方がその人より力が強かったら付いてしまう。


 雑誌を見ながら話ししている女子達だって、小さな獣が後に付いてケッケッケッと笑っている。



 昔より、今の時代のほうが生きていくことが難しい。獣が溢れている時代。

 マァの爪が僕の頭にグイグイささる。頭痛がする。頭を擦るけど、爪は抜けない。僕にはそんな力はないから、爪を抜くことは出来ない。

 工藤歩武って人物が気になって仕方ないのをこらえながら、空を見る体制に僕はなる。

 どうか、僕の嫌な予感が的中しませんように。あの獣は、マァとは違う類の悪さをするものだと、僕は直感で感じた。




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