獣のマァ

 僕とマァが出会ったのは、去年の夏。

夏なのに肌寒くて、これからどうなってしまうのだろうと、絶望の縁に立たされていた時だった。出会ったというときれいな表現だけど、そんなきれいなものじゃなかった。正確には出会ったのではなく、マァに狙われていたが正しいのかも知れない。


 マァは獣で、人間を不幸にしようとしている。マァ達、獣はいつも人間の隙を狙っている。



 町中には獣に取り憑かれた人間がたくさんいるし、精神科に入院して心が壊れてしまった人のほとんどには獣がついていた。

 獣に取り憑かれないようにするには、正しい心で正しく判断できるようにしなきゃいけない。心の中の光が強くなれば、なる程、獣は人間にちかづけなくなっていく。



 僕は人より少しだけ、霊感が強くて、街にいる獣が見えた。人につく獣がボヤボヤ煙のように見えた。


 

 そんな僕をシスターが見つけた。曖昧に獣が見えていると、人が怖くなったり、人生が生きづらくなるからと、僕を教会に連れて行って下さった。確かに僕はよく分からない生きづらさを幼い頃から抱えていた。


 それから月に1回だけシスターの礼拝に行き、心について学ぶようになった。自分の汚い部分も見なきゃいけないから、辛いこともある。正しく獣について理解し、霊感を鍛え、自分や周りを守っていく人間になることが、大切だった。

 でも、僕にはできなかった…。



 マァと出会ったあの日、僕の心の中の汚いものを水晶で見せて下さったシスターを傷つけた。罵った。僕の中の汚いものを見たくなくて、シスターのせいにして、シスターの周りで微笑む人をうらやんで呪った。

 僕がこんなはずないって思った。誰のせいでもなく、僕自身の心の闇なのに、誰かのせいにしたかった。


 心をきれいにするには、自分の中の汚いものと対峙し、受け入れ、少しずつ捨てなきゃならない。

 でも、自分の汚い物を見るのは、怖い。辛い。人のせいにしたい。そして、辛くて助けて欲しい。


 『心をきれいにするために人は、修行し生まれてきます。どの人にも辛いことはあります。それを乗り越えると、心が磨かれるのですよ』よく、シスターはこういった。



 シスターが僕を追い出しは、しなかった。だけど、水晶でシスターが僕の心の闇を見せて下さった後、シスターが僕達を守るために下さった御守を僕は壊してしてしまい、そこにはいられなくなった。

 故意に壊した訳じゃない。僕の心が汚くて、御守はそれに耐えられなくて壊れてしまった。

 シスターの弟子たちは僕に酷く怒った。当たり前だった。

 どれだけのお力で僕を守って下さっていたのか、僕は気づけなかった。御守が壊れたのをシスターのせいにした。僕の心があまりに汚れていた事を僕は受け入れられなかったし、気づかなかった。シスターが僕にしてくれた全てに対して暴言を吐いた。決して言ってはならない教会の神聖な場所で、僕は、僕の心の闇に負けた。


 僕はシスターに見限られたと思った。その方が都合が良かったから。僕は逃げるように、その場を去って、シスターやシスターのお弟子さん達にごめんなさいも、ありがとうも言えぬまま、もうあの教会には行っていない。


 心を磨けば、磨く程、人生には壁が立ちはだかるから、嫌な事が起きたり、壁が現れたりするのは、当然で、1つずつ乗り越えて磨いていく事をシスターは、教えて下さった。

 僕は今まで何を学んで来たのだろう。




 魔の存在ってのは、心が汚い人だけじゃなく、心が綺麗な人の隙も狙っている。

 テレビの有名人がイメージが悪くなると叩かれる。大抵、叩かれるのは、イメージの良かった芸能人。無傷な人もいるのに、叩かれる人はとことん叩かれる。

 綺麗な人ほど魔に取り憑かれると、一気に真っ黒になる。白い絵の具が黒に染まるとどうにもならないように、光る所にある黒は目立つ。



 僕もマァと出会ったあの日、マァに狙われていた。シスターから離れ、御守もなくなってしまった僕をずっと狙っていた。奴らは少しでも人間が不幸になれば嬉しいんだ。そして、獣って奴らは綺麗な物が汚れるのはもっと嬉しい。シスターの元で心を磨いた僕が汚れるのは、きっと獣にとっては嬉しい事だろう。


 獣に付かれた人間は、心も汚れ、正常な判断が難しくなる。そうすると、ますます汚れて、更に悪いものが付いていく。

 マァは教会から出て、ゆっくりと歩く僕の後をつけてきていた。

 薄暗い外は、もうすぐ雨や雷が振りそうだった。


 他の人に取り憑くように、マァは僕に取り憑いた。僕は人に取り憑く瞬間、彼らが静電気をパチって発するのを感じていた。

 パチッ。頭の上が光る。僕は、僕についた獣に気づいた。


 心の中でシスターに助けを求めて、パニックになって、おかしくなった。そして、助けて欲しくて、助けてくれないなら、呪うとも思った。

 すごく情けなく、汚い僕がいた。


 人間が自分自身の力で獣を払う事は出来ない。シスターにしか出来ない。今更、獣を祓ってくれなんて、シスターには言えなかった。そんな事も分からずに、その時の感情に身を任せて、酷い事をした。

 後悔がいくらあっても、後悔しきれないくらい、後悔の波に襲われた。


 僕は、獣の恐ろしさを知り、獣が見えていながら、獣のいる汚い自分を受入れて生きていくしかなかった。


 それは、心の中の闇と対峙する時の倍辛かった。


 獣は僕に『ゆう殿、わたくしは来ましたよ』と、精霊の口調を真似して、精霊のフリをして僕に近づいた。


 獣には名前はない。僕は、僕の心を汚して、僕を苦しめるこの獣に同情した。獣になる前はきっと、精霊だったり、生きていた人間だったんだと思う。


 それが何かの拍子ひょうしに穢れて、自分を見失い、獣になり、人を不幸にするものになってしまった。

 同情すればする分だけ、獣は人を騙そうとしたり、すがってついてくるから、同情してはならないけど、獣が僕に見えてしまった。



 僕は僕についた獣を受入れて生きていくしかできないから、僕に獣がついて1ヶ月後その獣にマァと名付けた。僕を傷つける事をとことん考えるこの獣は魔物だ。だから、魔物まものでマァと名付けた。





 マァは、今日も嘘をつく。

『ゆう殿にわたくしは幸せになってもらいたいのですよ』

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