第9話 れいじの功罪と和解
れいじは話を続けた。
「僕はレイプによって生まれた子供だった。
れいじという名前は、母親が夜中にレイプされたという意味で、名付けられた名前だった。
母親は僕に教科書を丸暗記することを教えた。おかげで僕は、学校を休みがちでも勉強に遅れることはなかった。
大学は奨学金制度で進学したが、そこに父親と名乗る人物が現れたんだ」
僕は思わず絶句した。
れいじの父親というのは、れいじの母親をレイプした相手。
ということは、れいじは父親に似ているということなのだろうか。
いや、娘は父親に似るというから、反対にれいじは母親に似ているのかもしれない。
しかし、今まで養育費も払わず音信不通だった父親が、今頃になって出現するとは神出鬼没を通り越し、なにか目的があるに違いない。
目的は金だろうか? それとも最悪の場合、悪事に利用しようとしているのだろうか?
そういえば、昭和のスター山口百恵は似たようなパターンだったという。
山口百恵は、私生児として生まれたが、父親は認知はしていた。
ときおり、母親には会いにきたが、実娘である百恵とはなつくことはなかった。
養育費もろくに払わなかったが、百恵がスターになった途端に親権を返せといって現れたという。
百恵は、やはり実父を憎んではいたが、死ぬ間際には和解したという。
なんといっても、百恵は実父から出生したのだから、いつまでも確執を持ち続けるのは虚しいことであろう。
れいじは深呼吸をしながら告白した。
「僕は、父親と名乗る男を相手にしなかった。実際、それが事実なのかどうか、血液検査をしたわけでもないのにわかる筈がないじゃないか。
結局、僕は父親と名乗る男を追い返す形になってしまった。
その後、その男はホームレスになり、死亡したという」
僕はため息をついた。
やはりレイプをした罰が当たったのだろうか?
れいじは更に話を続けた。
「ところが、その後母親の実家に、父親の日記と聖書と運転免許証が郵送されたんだ。宛先人はまったく知らない女性だった」
通常、運転免許証や日記を他人に渡すことはない。ということは、盗まれたに違いない。
このことは僕の想像であるが、れいじの父親はホームレスになり、そのホームレス仲間からカバンを盗まれたと予測できる。
れいじは話を続けた。
「僕の母親をレイプした憎むべき男は、同時に僕の父親でもあった。
その父親と和解できなかったことは、僕の一生の不覚だった」
古川さんは、大きくうなづきながら答えた。
「私も自殺を考えたこともあったわ。でも、人は生きているんじゃなくて、生かされてるのよ。
神によって、そして周りの人によって生きる場所とチャンスを与えられているのよ。だから生きる義務があるのよね」
れいじは答えた。
「僕は、午前零時に生まれたかられいじと名付けられたが、午前零時というのはアナログ時計でいえば、てっぺんを意味する。
だから僕は、てっぺんから落ち、再びてっぺんを目指すつもりで生き抜こうと思うんだ」
僕と古川さんは、思わず納得したかのような笑顔になった。
「人生は束の間という意味でのへベル。一瞬先は闇か光か、誰にもわからない。
しかし、一秒前ともいえ過去に戻ることは許されない、片道切符が人生である。なーんて本の受け売りだけどね、お互い過去より、今を大切にして生きていこうな」
れいじは笑顔になり「元気でな。また縁があれば会おうよ。今度はサクセスストーリーを聞きたいな」と手を振りながら、去って行った。
僕と古川さんに、覚えたばかりのゴスペルを披露した。
「私は主にふれられて あたらしく変えられた
イエスの御名をほめ歌おう 私は変えられた
イエスの恵み イエスの愛 何ものにも代えられぬ
主を愛して主に仕えよ 新しい心で
イエスの御名をほめ歌おう 私は変えられた」
古川さんは怪訝そうに「イエス様って、人類の罪の身代わりになって十字架にかかったんでしょう。だから信じるだけで救われるというわね」
僕は「そうだよ。罪というのは誰しもがもつエゴイズムのこと。
お布施も肉体修行もいらない。ただ信じるだけで救われるんだよ」
古川さんは、少し不思議そうな顔をしたが、僕の胸にかかっている十字架をみつめながら「私も信じてみようかな。イエス様とやらを」
僕はなんともいえない、心に虹がかかったような平安を感じた。
虹というのは、神と人との和解のしるしであるが、古川さんがイエス様を信じて、これからまっとうな人生を歩んでくれることを願った。
僕は、性的被害にあったが、なぜか加害者であるジュリー氏を憎むことはできなかった。
それはジュリー氏も、もしかしたら少年時代、被害者であったという思いからである。
ただし、これは僕個人の勝手な想像だが、ジュリー氏は幼いときからそういった環境に置かれ、自分を可愛がってくれ信頼できる大人から被害を受けてきたので、それが性的被害とは気づいていなかったのではないだろうか。
ハグと同じように、気にいった者同志のたわむれだと思い込んでいたのであろうか。またジュリー氏の周りには、そういった人が多く、それが当たり前のように行われていたのだろうか?
ただ大きな悲劇は、ジュリー氏はエンタメの世界では成功者であり、権力者でもあった。だからそれが正しいことだと信じ込んでいた、裸の王様、お山の大将であったのではなかろうか。
そうなると、ジュリー氏も性的被害がもたらした被害者でもある。
今日もまたニュースで飛び込んできたLGBTの悲劇。
ある会社の上役が、部下のLGBTをアウティング(暴露)し、それが原因でその部下は精神疾患を引き起こし、会社側が労災認定をしたという話。
芸能人みたいにカミングアウト(自らLGBTを名乗ること)する人もいれば、アウティングされることを恐れる人もいる。
しかし聖書の御言葉通り
「隠していたものは露わにされるためにあるのであり、覆いをかけられたものは、取り外されるためにあるのである」(聖書)
しかし僕の不幸中の幸いは、性的被害にあっても、自分がそれをする側に回らなかったことである。
被害者が加害者になり、そこに性的被害のスパイラルが生まれる。
このスパイラルの輪を、どこかで打ち切らねばならない。
僕も古川さんも、性的な過去を持つ者同志だが、今は神によって生かされ、苦しんでいる人の力になろうとしている。
少なくとも犯罪防止には役立っているという自負がある。
僕は古川さんの前で 讃美歌を披露した。
私は主に触れられて 新しく変えられた
イエスの御名をほめ歌おう
私は変えられた
イエスの恵み イエスの愛
何ものにも代えられぬ
主を愛して主に仕えよ 新しい心で
イエスの御名をほめ歌おう
私は変えられた
そう、僕は神から愛されている。
古川さんがつぶやいた。
「私も今村君みたいに変えられたいな。イエス様によって。
今村君を見ていると、神様が後ろ盾になって下さるから大丈夫といった強さがあるわ。私もできたらそうなりたいな」
僕は思わずアーメン(神様、その通りです)と言い、手を組んでお祈りのポーズをした。
それに答えるように古川さんは「ハレルヤ」(神様、感謝します)と笑顔満載になり、僕と同じようにお祈りのポーズを始めた。
僕と古川さんは恋人未満友達同士といった間柄ではない。
しかし、僕はイエスの愛、与えるだけの愛で古川さんを見守っていきたい。
これから古川さんは、恋人ができ、もしかすると結婚するかもしれない。
これからどんなことがあろうと、どんな状況に置かれようと、古川さんにはイエスキリストと共に生きてほしい。
気が付くと夕焼けの淡い光が、僕たちを照らしていた。
END(完結)
性被害を受けた僕の心を救ってくれた元AV女優 すどう零 @kisamatuma
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