第8話 日本の国際化と過去からのチェンジ
僕は古川さんが元AV女優という過去に負けて酒や麻薬に走るのではないかと心配していた。
現在のAV業界は昔のように儲かっているとはいえない状態。
AV業界はいくら真剣に作品に取り組み、税金も払っている(消費税なら小学生でも払っている)といっても、所詮は不道徳な世界であり、半年もすればAV業界に舞い戻ってくる人が後を絶たないという。
知的財産所有権と謳ってはいるが、AV業界であることには変わりはない。
古川さんは、過去が暴露するのを承知の上で、人の心を癒そうとしている。
数年前から、ホスト問題ー一部の悪質なホストにより、売掛金が払えずサラ金から借金を繰り返し、風俗業界に入る羽目になるという惨状が増加している。
特に夏休みになると、この問題が多くなっている。
しかし、ホスト自身も大学四年のとき一流大学を卒業し、一流企業に内定が決まっていたが、大学四年でホストをしていたことが暴露し、内定も取り消されたと言う実例もある。
まあそのホストは、雑誌にまで掲載されるほどのかなりのイケメン有名ホストであったが。
しかしホスト自身も、女性客からだまされて売掛金を押し付けられ、跳ぶ(ある日、突然行方不明になる)というケースも多い。
まあホスト業界というのは、横のつながりが多いから、どのホストが跳んだかというのはすぐわかる仕組みになっている。
また、警察から抜き打ちで売上チェックもあるという。
ホストクラブは、二十年前以来あるホストが警視総監の娘をだましたという過去があるので、警察からは目の敵にされているという。
これから夏休みになると、ゆうたまー夕方の繁華街のたまり場ーにおいて悪質ホスト問題が勃発するシーズンとなる。
一部の悪質ホストが二十五歳以下の若い女性を食い物にするという現実は、本人のみならず家族、親戚にまで悪影響を及ぼしているのである。
ホストのつけをため込んだ女性客の売掛金九百金を支払った家族もいる。
日本の若者はよく言えばシャイであり、悪く言えば愛想がよくない。
一時は繁華街へ行くと、ホストのキャッチが多く、なかには歩いているだけで後から腕を組んでくる売れないホストもいる。
気が付けば五人のホストに取り囲まれているというパターンである。
しかし相手が、三十歳以上の女性だとホストの方が、恐縮して「すみません」と言って去って行くが、二十五歳までの若い女性だと絶好のカモである。
女性の場合の雇用形態は、正社員でもなく、派遣社員か契約社員という極めて不安定な雇用形態。
男性社会において常に上役の顔色を伺い、明日はどうなるかわからないという不安感から、ホストのいっときの甘い言葉に惹かれていき、ホストがあたかも自分の人生に希望の光をともしてくれる男性に見えてくる。
ホストクラブの形態は、初回料金は千円であり、数あるホストの中から指名ホストを決める。
指名ホストは永久制であり、別のホストに指名替えはできない。
そんなことがあろうものなら、ホスト同志客の取り合いでケンカになり、殺傷事件にまで発展しかねない。
客を取られたホストが待ち伏せをして、客をとったホストに頭の後頭部をアイスピッグで刺したという出来事は日常茶飯事であるという。
指名されたホストにとって、女性客は銀行口座に入金してくれる金ヅルのようなものである。あくまで入金のみであって、ホストが客に返金するということは一切あり得ない。
この金ヅルからいかにして、シャンパンを入れさせるかがホストの力量であるが、そううまくいくことはない。
なぜなら、つけという名の売掛金制度だからである。
最初、女性客に使わせる金額は、ドリンク代三千円程度である。
その安価なときに、ホストは女性客と信頼関係をつくっておき、結局はホストのいいなりに金を使わせるように仕向けるのが、悪質ホストである。
やはり女性は、男性に頼りたい、白馬の王子様を待ち望んでいるという本能がある。特に孤独な女性ほどその傾向が強いが、その心の隙に忍び込むのが悪質ホストである。
三千円でホストに会えるのは、三回目まで。
四回目からになると、女性客に売掛金で金を使わせる。
金額的に十万円を超えると、女性客が払えないケースが多いが、風俗に行って払う女性までいるくらいである。
ホストにシャンパンタワーをねだられて、いいなりになっているうちに、売掛金が五百万円を超え、ホストが客の家に取りに来て、母親が払ったという悲惨なケースもある。
ちなみにシャンパンタワーというのは、一度につき百万円であり、四回では五百万円になって当然である。
古川さん曰く「私はただ、黙って相手の傷に寄り添うことができたら」
そうだな。過去を思い出しても何もならない。
ただ黙って、自分に寄り添ってくれる母親のような人がいれば、どんなにか心強いか。それによって、犯罪防止の役割ができたらと古川さんは僕につぶやいていた。
古川さん曰く、AVを辞めた後は、酒浸りになっていた過去があったという。
現実を忘れ、自分の心を守るためには、酒浸りになるしか方法はなかったという。
ネットには人気AV嬢として「私はエロを追求していきます」なんて強気なことを書いていたが、心の中は「死にたい、消えたい」と思っていたという。
自殺も考えたが、しかしやはり自分がこの世に存在している限り、なにかやるべき義務が残されていると思ったという。
古川さんは、相変わらず金髪の少女に話しかけている。
最初は挨拶しても無視だった少女は、古川さんに涙ながらに訴えかけてきた。
「ねえ、私どうやって生きたらいいの?」
古川さんは、ただ黙って聞いている。
なにがあったのとも尋ねようとしない。
いや、尋ねたところでペラペラと口上手に話せるといったタイプの子ではない。
だから自分の悲惨な心情を金髪でごまかし、それとは裏腹に誰かに振り向いてもらいたいと金髪を目立つ材料にしているのだろう。
僕の体験上、性被害などというのは人にそう簡単に話せるものではない。
「お久しぶり。桃木ルイさん。若い頃はお世話になったものだよ」
スーツ姿の一見紳士風の中年男性が、にやけたような顔をして古川さんのもとに近づいてきた。
古川さんは、一瞬ギョッとした表情をしたが、すぐにポーカーフェイスに戻った。というよりも、ポーカーフェイスを演技してみせたといった方が正解だろう。
「おい、桃木ルイさん、一発やらせろよ」
古川さんは、ポーカーフェイスを貫いている。
僕は思わず顔が青ざめそうになった。
古川さんは毅然として言った。
「今の私は桃木ルイではありません。あなたとお話しすることは何もありません」
男は、チーッと舌打ちした後で言った。
「すみません。あなたは過去から脱却したんだよね。
でも苦しいことに、僕は脱却していないんだ。過去の遺物がまだ残ったままだよ」
過去の遺物? 借金取りに追われているという意味なのだろうか?
突然、男は涙を浮かべて語り出した。
「僕には生まれたときから、親父はいなかった。心のどこかで親父を求めていた。
ホームドラマで父と子がケンカするシーンがあると、うらやましくて仕方がなかった。親父というものを、体験してみたかった」
僕は思わず、絶句した。
僕には生まれたときから親父がいた。
親父はいつも仕事で帰宅するのは、九時過ぎ。
家族で夕食を囲むことはそうなかったが、昔は給料日ごとに近所の料亭に連れて行ってくれた。
ときどき酔っ払って母親を殴ったり、また外面がいいのが災いして、名義貸しをしようとして、父の実母と母親に叱られたりもしたが、トータルするといい親父である。
生まれたときから親父はいないということは、その男はいわゆる未婚の母の元で産まれたのだろうか。
そして相手の男も、父親であることを認知していなかったに違いない。
「あなたは姦淫してはならない」(十戒)
というが、やはり同棲も含めて結婚前のセックスは男女とも悲劇を招く。
男は続けた。
「実は僕は、レイプ被害の子供なんだ。そう、僕の母は身元もわからない男からレイプされ、中絶できない時期になって僕を産んだんだ。
あっ、申し遅れました。僕の名前はれいじといいます。午前零時のれいじです」
僕は思わずため息をついた。
「先ほどは失礼極まりないことを言ってしまって、申し訳ありませんでした。
でもこうでもしなきゃ、僕みたいな人間、誰からも相手にされないような気がして。だからわざとワル目立ちしてみたんです。本当に申し訳ありませんでした」
れいじと名乗る中年男性は、深々と頭を下げた。
「でも、僕はそこから努力して必死に這い上がったんだ。
小学校のときから、教科書を丸暗記して成績を守り、奨学金で大学に進学したんだ。そんなとき、僕の親父と名乗る男が、僕の目の前に現れた」
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